エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

アイコンタクトができない 発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害は、自閉症の子どもみたい

2016-09-30 05:33:00 | トラウマを負う≪本当の自分≫を取り戻す

 
「本当のこと」を言う勇気
  子どもの頃のセンス・オブ・ワンダーほど大事なものはございません   愛着障害について、「威圧的な指導は禁忌」とされていることが、アメリカ精神医学会で、愛......
 

 Paul Frewen , Ruth Lanius (2015) , Healing the Traumatized Self consciousness, neuroscience, treatmet 『トラウマを負わされた自分に対する囚われから自由になること  意識、脳科学、治療』の翻訳。発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども、大人。

 p.293、第3パラグラフから。

 

 

 

 

 たとえば、トラウマを負わされた人たちの中には、人とアイコンタクトができない人もいます。人との関わりや役割になりそうなことは、なんべくご免だ、と言う顔をしますよね。ジェーンと言う、ネグレクトされて、情緒的にも、身体的にも、性的にも虐待されたと言うヒドイ生育歴の女性が書いていますよ、「誰かとアイコンタクトをしたら、私のことがバレちゃいますもん。自分のことを私がどう思ってるのか分かっちゃう、ってことです。つまり、私は良い人じゃない、ってことよ。私はそれを秘密にしておきたいんですもの。それこそ、私が人に知られたくないことなんですよ」と。

 

 

 アイコンタクトができないなんて、発達トラウマ障害(DTD)の人って、まるで自閉症の子どもみたいでしょ。でも、背景になっていることは、自閉症の子どもとは違います。

 自閉症の子どもがアイコンタクトができないのは、主に感覚過剰があって、その情報処理が困ることが背景をなしていることが多いけれども、発達トラウマ障害(DTD)の人がアイコンタクトができないのは、「自分は悪」と思い込んでいることがバレちゃう、と感じているからだと言います。

 発達トラウマ障害(DTD)の人の自己評価の低さと、対人関係の脆さが分かりますね。

 

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お役所仕事は、「人類に対する犯罪」、ナチスと同じ

2016-09-30 05:09:37 | ブルース・ペリー教授の『犬』

 

 

 
自由だからこそ、新しいもを作り出せる。
  ルターは、ドイツ語でタイムリーな小冊子を出版しました。ラテン語でミサをし、ラテン語で本を出すのが「常識」でしたが、ルターは、その「常識」には囚われませんでした。 Y......
 

 発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども。ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog 「犬として育てられた少年」。p158の、第3パラグラフから。

 

 

 

 

 

 

 しかし、州事務所の児童保護局の人たちが、その調査書の正しさに疑いを持ちだしました。児童保護局の人たちは、州の法務長官に調査を依頼しました。このケースワーカーの上司は、調査に対する疑義を耳にして、逮捕されるかもと怖れました。その女性上司が恐れたのも、根拠があることでした。すなわち、殺人教団のメンバーだと非難され、逮捕された警官が詳しく調べられて、(調査に対して)似たような疑いを話した後に、起訴されていたのでした。

 

 

 

 

 

 アメリカでも、お役所仕事があるんですね。このソーシャル・ワーカーも、いい加減な調査報告書を書いていたんでしょう。この女性上司もそのことを感じていたはずです。でも、改めて調査させなくてもいいや、という感じの、いい加減な対応をしていた…

 お役所仕事は、日本でもアメリカでも、ナチスの、アイヒマンと、「人類に対する犯罪」の点で同じです。

 

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子ども性的虐待適応症候群? と、言葉の力

2016-09-30 04:31:50 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
「自分で決める」とガマンの間
   「自分の感じ」。初めて聞くようで、それでいて、日常的に使っている感じもする言葉でしょ。これは日頃あまり意識してない方が普通ですから、ご安心を。「自分の感じ」とは、......
 

 発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども。ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.133の、最後のパラグラフから。 

 

 

 

 

 

 ローランド・サミットが、今や彼の古典的研究となった『子ども性的虐待適応症候群』の中で書いています、「手引き、脅し、悪口、独りぼっち、どうしようもなさ、自分が悪い感じは、子どもが性的虐待されたという恐ろしい現実から生じます子どもが性的虐待されたと言う秘密を洩らそうとしても、大人が黙っていたり、信用しないために、挫かれてしまいます。『そんなことは気にしないの』、『家でそんなことあるわけないでしょ』、『そんなに恐ろしいことを考えてるの?』、『私に2度とそんな話は持って来ないで』、『普通、子どもはそんなことは聞いてこないものですよ、そんな話はしないものですよ』」と。

 

 

 

 

 

 子どもが性的虐待された時にも、それに馴らされてしまう。恐ろしいことですね。しかも、それは、性的虐待する者以外にその話を子どもがしても、相手にしない大人がい続けることで固定化してしまう。助けてくれる大人が一人もいないから、性的虐待にもなれざるを得ない…。恐ろしいことですね

 でも、子どもは、言葉にできなくても、「何か変だ」、「何かがおかしい」、「何かが病んでいる」とは感じているものです。子どもは鋭いものです。ですから、どんなの辛いことでも、どんなに悲しいことでも、それを誰かが「ハッキリ言葉にすること」が、子どもの救いの初めになります

 

 

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インターメッツォ: エリクソンの叡智 : 赤ちゃんの中に芽生える信頼の証

2016-09-30 02:39:50 | 間奏曲

 
「どっちが上か」を争う諍い、および、弱さと絆
   ≪信頼≫を打つ壊しにするもの  大人の成熟って、いいですね。でも「物事を見抜く洞察力」が最初に来るのが更にいい。まるで、丸山眞男教授のような「物事......
 

 人間が信頼しだすその最初って、どんなんでしょうか?

 エリクソンの叡智に満ちた言葉を。Chilhood and Socirty から。

 

 

 

 

 

 赤ちゃんの中に、自分と人を信頼する気持ちが最初に芽生えた証拠は、おっぱいをあげやすいこと、良く寝ていること、ウンチやオシッコをよくすることです。赤ちゃんが受け取る力が徐々について、その力が、お母さんが与える腕前とお互いにやり取りする経験を積んでいくと、赤ちゃんが生まれ持った、身体のバランスを取る力の未熟さのために生じる不快な感じも、赤ちゃんはバランスを取るのが上手になっていきますね。赤ちゃんは目覚めている時間が次第に増えるなかで、いろんな感覚を試して、馴染んだ感じや、これも、あれも、自分の気分の良さと一致するなぁ という感じも、増してきます。様々な、気持ちの良い感じが、それをもらたしてくれる人と共に、お腹がゴロゴロと苦しい感じくらい、馴染のあるものになります。赤ちゃんが最初に手に入れる社会的業績とは、ですから、お母さんが見えなくなっても、不安になったり、怒ったりせずにいられる、ということです。というのも、お母さんが、赤ちゃんの心の中で当てになる存在になったからですし、実際に、赤ちゃんの見通し通りにしてくれもするからです

 

 

 

 

 

 

 ウィニコットの「1人でいられる力」と一緒です。

 その赤ちゃんの力は、お母さんが、まるで赤ちゃんと誠実な約束をしたみたいに、その約束に忠実に従っているみたいに、赤ちゃんの見通し通りに、赤ちゃんを気分良くすること、幸せな感じにする繰り返しと、必ずセットです

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インターメッツォ: エリクソンの叡智の言葉 : 「大事なことは、こころで見なくちゃ」の意味するもの

2016-09-29 08:30:49 | 間奏曲

 

 

 
権力に抵抗するためには、自由が必要だ
   ルターは自由でしたから、今まで通りをやるよりも、自分の感じをどうやったらピッタリと言葉や行動で表現することを大事にできたわけですね。それが、あらゆる創造性の源にな......
 


 

 エリクソンの叡智に満ちた言葉を。Chilhood and Socirty から。

 

 

 

 

 

 子ども達は、人を大事にしますし、人から大事にしてほしいと願っています子ども達は、「失敗しちゃった」と苦々しく言うよりも、「出来たぁ」と大喜びして言う方が好きですよ。ですから、子どもを見た目で判断しちゃいけないんですね。

 

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