ルターも、物の見方によって、おんなじものが、時には悲しく見えますし、穏やかで信頼感に満ちた状態で見える場合もありと言います。繰り返しますが、見る眼、その眼差しが、人生の別れ道なのです。
悲しみというこのよくあるヴェールは、折り合いがつかずにいる気持ちを隠すものですが、聖歌隊で爆発的に、その気持ちが表に出ました。このヴェールに関して申し上げれば、マルティンが悲しいのは、彼がうつ病だからだと言えるかもしれません(精神分析医で実際にそう言ってきた人もいます)。また、マルティンがうつ気分であったことに、私どもでしたら、うつ病の臨床像と呼ぶようなものを時に示したのでした。しかし、ルターは、神に由来すること、葛藤のしがいのあるものがあらわになることと、挫折に由来することとをハッキリ区別しようとする人でした。ルターが挫折を悪魔と呼んだ事実から、ルターが手近なラベルを診断に使っていたのが分かります。ルターメランヒトンへの手紙に、「私は公開論争では弱いのですが、ひとりもがく様なときにも弱虫なのです」と書いています。「私が、私とサタンの間でやっていることをこのように呼ぶならば」と書いています。マルティンの悲しみは、伝統的な「トリスティティア」、つまり、「宗教的動物」のうつ的な、この世に対する気分、と呼べるかもしれませんね(実際あの大学教授はそう言いました)。「宗教的動物」と言う視点で見れば、悲しみは1つの「自然な」気分ですし、人間の現実状況に最も正直に当てはめたことだとさえ言えるかもしれません。この物の見方も、また、ある程度は受け容れなくてはなりません。それは、マルティンが修道院生活を、伝統的な「トリスティティア」にふさわしいものではないと思ったことが明らかになる程度はそうなのです。すなわち、それは、マルティンが自分の悲しみを信頼できないでいたことが明らかになる程度であり、彼が後になって、この鬱的気分を全く捨て去って、時には、落ち込みから有頂天にまで、時には、自己卑下から他者虐めまで、気分が暴力的に浮き沈みしたのでした。ですから、悲しみとは、第一に、ルターが若かったころの全般的な症状でしたし、当時当たり前だった態度のなかでは、1つの症状でした。
ルターはずいぶん気分の振れ幅(swingとエリクソンは言っています)が大きかったのですね。ほとんど情緒不安ですね。その中でも悲しみ・悲哀がルターの全般的な気分だったのです。しかし、よく考えてみれば、最深欲求に応えようとすれば、その答えがすぐに見つかるものではありませんから、悲しみに包まれるのも当然です。エリクソンも人間の現実状況を考えたら、悲しまざるを得ないことを今日のところで記しているほどです。でも、悲しみは当時の時代の気分でもあったのでしょうか?