今宵も、エリクソンの言葉に学びたいと思います。エリクソンって、深いでしょ。人間の心を実によく知っている感じです。Toys and reasons: Stages in the ritualization of experience.から。エリクソンが、エリクソン同様ユダヤ人で、しかも、エリクソン同様に深い、ハンナ・アーレントに触れているところです。
ハンナ・アーレントが、その核心を突いた記事において、強調したのは、政治家ののウソじゃあ、ありません。政治家のつくウソが、大衆に対して、犯罪者の自己欺瞞として、悪さをするとしても、それは大したことじゃぁない、ということです。ハンナ・アーレントが疑ったのは、現代政治においては、ウソつき(政治屋)は、自分に対するウソをつくことから始まる、ということです。「ですから、ウソを言ってる役者自身が、自分のウソとゴマカシの背後に隠している真実を、知らないし、心に留めてもいない」し、「現実との関わりを失くして、劇場からシナリオも聴衆も借りてんです」という訳です。
これは、何も、ヒットラーとその部下だったアイヒマンたちや、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間達のことだけじゃぁ、ありませんよね。
東電、大川小学校の校長や教育委員会、三井不動産レジデンシャル、三菱自動車、…も、ウソとゴマカシをやってるけれども、隠れている真実が分かってウソとゴマカシをやってるんじゃありません。自分にウソを言うことが、最悪の「生きる習慣」になってしまってますから、真実と現実を受け止める感性を、とうの昔に失ってしまっちゃってる訳ですね。
ですから、大きな政治の舞台での、ヒットラーたちや、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間達のウソつきだけじゃなくて、皆さんのご近所の、地域や会社の、小さな、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間達のウソつきたちに誤魔化されないことも大事ですね。しかし、それだけじゃぁ、全く足りないでしょ。そのウソつきドモも知らない、真実と現実に、気付き、心に留めておく、感性と知性と、何よりも、粘り強さ・レジリエンスを身に着けておくことでしょう。
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