#親子は写し鏡 #子どもが生きている実感を法則にできない のは #親が組織依存症だから#自分が確かにされる初め #母子の微笑み返し #私の感性の気づき理解実現 発達トラウマ障害(DTD)のご相談は,こちらへ。agape☆gmail.com 但......
Ontogeny of ritualization in man. イギリスのThe Royal Societyが1966に出しています。
p.339 第3パラグラフの1行目。
私が毎日礼拝の様々な元(もと)を一覧表にしようとしていますけれども,毎日礼拝の最初の元として繰り返し思い出すものは,聖書の神様が「とても善い」と認めてくださることに,驚き感激する中で,内的な促しがある,ということです。つまり,驚き感激する中で,聖書の神様の内的な促しがありますと,バラバラに二分されて対立した敵同士が仲直りして一心同体になっているように見える,シャローム平和が,徹頭徹尾,輝くことになります。聖書の神様が「善し」として下さることに,驚き感激する中で,内的促しがあることが、互いに大切にし合うことになる訳は,「それぞれ固有の」響きとスピリットを持つ2人が,互いに対等でありたいし,しかも,一心同体になりたい,という(訳注:最深)欲求があるからです。
暗号解読は,実に愉快で,意味深長です。
けさ、森有正の文献を何冊か読み返してみましたが,「わたくし」,「同一性の感覚」,「内的促し」、「内的促しが人格の基礎」,「内的促しが自由の基礎」などの点で,エリクソンとおんなじ、キリストのいのちについて述べていることが分かりました。
不思議ですね。
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