弱くなるのは、幸いなるかな!合理的に自分を確かにする道 一部しか知らないから、もっと知りたいと思う。一部しか知らないから、人の話に耳を傾ける。 Young Man Luth......
今宵の聖書の言葉は,狭き門。『新約聖書』の最初のイエス・キリスト物語「マタイによる福音書」にこの言葉が出てきます。第7章13節です。
「13狭い門から入れ、滅びに至る道は大きく広く、そこから入る人が多いから。14いのちに至る門は狭く、道は細く、それを見いだす人は少ない。」
ウィキペディアで「狭き門」を見てみると,
「困難であっても多数派に迎合せず、救いにいたる生き方の喩えである」
とあります。これも間違いではないと思います。でも,私はこれは正確ではない,と考えますね。「狭き門」の反対が「滅びに至る道」なのですから,「狭き門」は「いのちに至る門」ということでしょう。イキイキしたいのちに至る道,それは一昨日ブログでお知らせしたように,「私は,幸せな生き方の道すじですよ」と言うイエスの生き方ということでしょう。イエスの生き方は,世間の見方からすれば,損な生き方ですから,文字通り「狭き門」。
ですから,「狭き門」とは,東大の門ではなくて,自分が損して始める,人とのやり取りのある関係,その関係にある,ハジケル様な歓びのある生き方,ということに,自ずからなりますよね。
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