#悪い良心の人 = #遠慮や忖度の人 #子どもっぽいニッポン人#エリクソンの文体 #臨床的文体 #問題行動の見方に通じる #美しい全体像 #聖書のギリシャ語 むごい養育環境研究(ACE研究)が明らかにしたこと 南原繁先生......
「発達トラウマ障害 Enpedia」
をご参照ください。
昨日の続きで,Childhood and Society から。p.418の,第3パラグラフから。
日本で,なぜ,猟奇的事件や,暴力暴走事件が日常的に各地で起こり,企業不正が次々起こり,おバカな教員と教育委員会がウソトゴマカシをやり続けるのか,
昨日、ハッキリと判りましたでしょ。
今日は,その反対、聖書の神様が予定しているパートナーになる人間のあり方が,ハッキリ判るところです。
わが国では,他の大国以上に,あの子どもがあの大人のパートナーです。私ども夫婦は,ウソのない毎日礼拝を,来るべき方(訳注:キリスト)が来る約束としてとても大切にしています。ウソのない毎日礼拝にあっては,自分たちは仲の良い仲間になるスピリットが1つに家庭の隅々まで行き渡りますし,子どもの頃には,子どもの時期の大切さ,一心同体に成る心の習慣,仲の良い仲間になる意識,痛い目にあっても,不屈に湧き出す心からの優しさが,繰り返し湧き出てきます。
「いのちの水」という言葉が,新約聖書のヨハネ伝第4章10節にありますね。それは,聖書の神様のことですし,聖書の神様のお名前「生きている実感」そのものです。それは,内側から,泉のように湧き出るものです。抑えようとしても,抑え付けることができない,圧倒的で静かな歓びなんです。
ウソのない毎日礼拝は,生きている実感と,それに必ず伴われる,この世のものとは思えない神秘的で非常にリアルな歓びを味わう至福に至ることに決まっています。
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