父親のハンス・リューダーは非常に迷信深い人物でした。
そして、マルティンは、母乳と一緒にこのような迷信を、文字通り飲み込んできたので(なぜなら、母親の方がもっと迷信深いと言われていたからです。ただし、母親は慈悲深い不思議をもっと強調するのですが)、自分の父親のいうことを信じずにはいられなかったのかもしれません。 それは、地中で働く悪魔の悪知恵を連想するときなのです。あと何日かで死ぬような時でも、ルターは、悪魔が部屋の窓の雨どいに腰かけて、お尻をルターに見せているのを見ました。ルターにしてみたら、こんな「現実」はいつでも、アリストテレスやら、聖アウグスティヌスやら、聖パウロやら、聖書やらの、すぐ隣にあったのです。
ルターの疑いは、非常に深いものですね。怒鳴り散らすような父親に育てられた影響でしょうか。しかし、これは500年まえのお話では済まされないと私は強く感じますね。なぜなら、現在の日本には、ルターと同質の疑いに満ちた閉塞感と、その具体化である「ウソとゴマカシ」(著名な企業のウソとゴマカシ、莫大な研究費をもらった、著名な[大学や研究所の]研究者の研究におけるウソとゴマカシ…。)を見れば、ルターの疑いは、きわめて現代的と言えるでしょうね。
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