「キラーストレス」は、人生をメチャクチャにしかねない信頼は、聴くことから始まる ルターは言葉と声を大事にしたらしい。 Young Man Luther 『青年ルター』p207の......
今宵の聖書の言葉は,「心の泉」と後は,「命の泉」です。
この言葉は,「新約聖書』の4番目のイエス・キリスト物語「ヨハネによる福音書」の第4章に出てきます。
「11彼女はいう、「主よ、桶もお持ちでなく、井戸も深いのにどこからそのいのちの水をお汲みになりますか。12われらの先祖ヤコブよりあなたはお偉いのですか。彼はわれらにこの井戸を与え、彼自らもその子たちも家畜もその水を飲みました」と。13イエスは答えられた、「だれでもこの水を飲むものはまた渇くが、14わたしが与える水を飲むものは永遠に渇かず、わたしが与える水は彼のうちに湧き水の泉となって永遠のいのちに至らせよう」と。」
先ほどの「エリクソンの叡智」と被るところを持ってまいりました。
「命の泉」は,≪私≫なんです。神様の名前に,それが出てくる,というのは,エリクソンですもの。神様のお名前は「私は(私が)あらんとしてあるもの」(関根正雄先生訳)です。≪私≫が2回も出てきます。私どもの≪私≫は,神様の≪私≫とつながっているから,ありがたくも,嬉しくて嬉しくて仕方がないくらいの圧倒的な喜びなんです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます