本物の癒しこそが、ワーク・スルー。米沢興譲教会の田中信生先生の言葉で言えば「何があっても、大丈夫」。なぜなら、状況に左右されない「突き抜けた悦び」があるからなんですね。
p237の第2パラグラフ。
この心身ともに健全であることに向かっている態度意外に、治療技術でも、臨床科学でも、新しい倫理的見通しに貢献できるでしょうか? この問いは常に、精神分析でも繰り返され、フロイトならではの答えが応えています。そのフロイトならではの答えとは、精神分析は、科学的真理のみを表わすものであり、倫理(ないしは、道徳)を科学的な方法で研究することに賭けているものだ、ということです。これ以外に、フロイトは、世の中に対する倫理的な見通しは、他者に委ねたんですね。
フロイトが、心身が健全に向かっていく態度が倫理的な見通しを持つうえで大事だと言います。それはそれで大事です。また、精神分析は科学的真理だけを扱うのだとフロイトは言ってるみたい。しかし、エリクソンはどうやら、それだけではない、と言いたげですね。
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