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堺屋太一&と中山弘子合作の「区立美術館愛住館」構想は断念を

2014年01月16日 | 堺屋太一美術館問題

管理人は、新宿区議会議員時代に小学校前で営業を始めた「のぞき見劇場問題」に取り組んだことがあります。 雑居ビル地下に「のぞき見劇場」という名の「興行場」をつくったことから、階段幅などが法令に違反していたことを暴露し、閉鎖に追い込みました。その体験から堺屋太一研究所ビルを改修して、新宿区立美術館にするには、「建物の使用目的を事務所から美術館に変更する」建築関係法令や「東京都高齢者、障害者等が利用しやすい建築物の整備に関する条例」(建築物バリアーフリー条例)をクリアー出来るのか、出来ないのかを新宿区都市整備部建築指導課長に昨日、電話をしました。課長は、文化観光課長からの事前打診はあった。もし、改修工事の建築確認申請があった場合は「建築関係法令やバリアーフリー法等」については適法として確認をするとの「コメント」でしたが、「既存不適格建築物」だとして「適法」と逃げる場合もありますので油断は出来ません。【参照】「長谷川オフィスニュース」自分史・区役所通り「のぞき見劇場顛末記

しかし、管理人は幾つかの問題点があることを指摘したいと思います。

①議会には、愛住町2番地5号の住宅地図と物件資料しか提出されていません。よってgoogleの地図と画像から判断せざるを得ませんが、google画像からは1階に史子(ちかこ)画伯のアトリエが(上層階では大きな作品の搬出入が不可)、4階が自宅だったと考えられます。(現在は港区に自宅があるようです)建物は「RC造4階建」ですが、〈鉄筋コンクリート構造は大きく二種類に分けられ、柱と梁で構成するラーメン構造、壁面と床版など平面的な構造材で構成する壁式構造がある。実務上は低層建物の場合、この2つを組み合わせた壁式ラーメン構造である事も多い〉との解説があります。そうしますと、1階と2階は2~3の部屋に区切られていると考えられますので、壁を取り払ってギャラリー(展示室)として大きな部屋にすることは不可です。ギャラリーは大きな部屋をパーティションでもって仕切るのが一般的です。

日本芸術院事務局に電話で確認したところ、池口史子画伯が芸術院賞を受賞した作品名は「深まる秋」で、大きさは162.1×227.3ということですから150号だと思います。この作品だけではなく「洋画界の大家」ですから、当然200号(259.0×181.8)~300号291.0×197.0)の作品もあると考えられますが、これらの作品をこのギャラリーに展示して新宿区民がゆっくりと鑑賞できる水平距離と天井高さは「事務所ビル」として設計されていますから不足していると考えられます。

因みに、現在美術館を建設中の大分県立美術館施設整備方針案[PDFファイル/439KB]を見ますと(一部省略)『B.常設展示室、企画展示室、県民ギャラリーを設けます。常設展示室は、ジャンルごと(南画、日本画、洋画、工芸等)に適正な展示環境を維持し、季節が感じられるよう時季に応じて展示替えできるスペースとします。企画展示室は、国内外の優れた作家の企画展や話題性の高い巡回展などを幅広く開催できるよう、様々な形態や大きさの展示品に対応可能なスペースとします。県民ギャラリーは、グループ展や個展などを通じて、県民が創作活動の成果を発表できるスペースとします。主催者控室等も配置するなど、利便性の向上を図ります。C.収蔵部門 収蔵庫、一時保管庫、写真撮影室などを設けます。収蔵庫は、県立芸術会館が収集してきた大分ゆかりの作品など貴重な収蔵品を安全に保管するスペースとします。梱包材の収納スペースや荷解き場を設け、トラックヤードと搬出入口は、十分な広さを確保します。』とありますが、この小さなビルに収蔵庫や梱包材の収納スペースや荷解き場が、玄関アプローチにトラックヤードと搬出入口がつくることが出来るのでしょうか。

大分県美術館推進局設計担当者に電話で聞いたところ、天井のアングルグリッドは4.07×4だそうですので、壁面のピクチャーレールから、300号の大作をワイヤーで吊った場合でも、12~3㍍以上離れたところから鑑賞できることになります。美術界での基準はありませんが、鑑賞する作品の大きさ(号数)は、ギャラリーの天井高と壁面からの水平距離によって自ずと規定されてしまいます。

②「ユニバーサルデザイン」「都建築物バリアーフリー条例」から考えると、現在のトイレ以外にオスメイトやおむつ台がある「だれでもトイレ」を新設することが出来るのでしょうか。エレベーターや廊下も管理人が使っているハンドル型電動車いすが乗降と通行可能な広さと幅があるのか甚だ疑問です。また、3~4階の(株)堺屋太一研究所社員達の入り口と美術館入り口は分けなければなりませんし、障がい者用の駐車場を確保できる玄関アプローチ面積が不足していると考えられます。「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」には「授乳施設その他の青少年、高齢者、障害者、乳幼児の保護者、外国人等の円滑な利用に資するために必要な施設及び設備を備えるよう努めるものとする。」となっています。

③昭和51年に「公立社会教育施設整備費補助金交付要綱」がありました。現在は補助金制度が廃止となってはいますが、補助金対象の市町村立博物館(美術館も含む)建物は660㎡でした。国の望ましい基準面積だった考えられますので、堺屋太一研究所ビル全体でも509.86㎡、無償貸与面積は268.3㎡しかありませんので、如何に狭隘な面積であることが明らかです。新宿区立文化センターのギャラリー(展示室)は、面積266.2㎡。天井高2.9㍍。内寸法14.0㍍×17.5㍍です。

博物館法第2条と博物館登録審査基準(通達)によって、登録美術館になるためには東京都教育委員会へ登録しなくてはなりませんが、土地と建物の権利関係(権原)と税法上に将来の不確定要素が多分に含まれています。新宿区大京町にある「公益財団法人佐藤美術館」は登録美術館となっています。

以上、区からの提供資料が少ない中で検討しましたが、堺屋太一氏と中山弘子区長合作の「区立美術館愛住館」構想は白紙に戻すべきと考えます。先の総務区民委員会は、これからの現地視察を決めたようですが、議員が一度も見てもいない物件を、「区立美術館愛住館設置条例」を議会提案していこうとするのは、正に「拙速」で「独断専行の誹り」は免れません。区と議会のあるべき「手続き論」から見ても大きな瑕疵があります。区の文化芸術施策全体に関わるような計画は、第一回定例会の区長の「施政方針」なり、せめて全員協議会や各派幹事長会での説明など、議会と区民に説明責任を果たすことが地方自治の基本であり、議会制民主主義の倣いだと考えます。


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