明鏡   

鏡のごとく

「足枷」

2017-01-12 20:49:31 | 詩小説


足枷をつけた。

1.5キロと1.5キロの足枷を左右の足に。

何も鎖に繋がれているわけではない。

筋肉の楔形の鎧をつけるために。

老人になったように、両足に、腰に、両肩に背負うという重りをつけて、よろよろと歩くように。

父はいつも足枷をつけている。

麻痺した右足と右手を引きずって歩く。

少しだけ重りの整形をするように、足を固定する軽やかなサポートをつけて。

歳を重ねるということは、肉体や頭脳が軽やかになる一方で、身動きができないほどの麻痺という重りを背負うこともある。

思うように歩き回ることができない。


俺は犬のように歩き回る方がいい。家にじっとしているとおかしくなる。体も頭も。


見えない重りをつけて、右肩が少し歪んでしまった父が言う。


足枷をつけた。

廊下をひたひたと歩いた、見えないものが見えるように、ひたひたと歩いた。

「死の位置」

2017-01-12 14:27:05 | 詩小説


「死の位置がね、肉体の外から中に入ってきた気がする」

という三島由紀夫の生の声は聞こえなくとも、肉声がテープに残っていたという。

もし、今の私に、死の位置というものがあるとするならば、喉仏にある。

そこに絡みつく痰のような滑りが痛みとともにごろごろとしながら転がされているようなところ。

それでいて、肉声を絞り出すところ。

死ぬ前の呪いのように。

黒猫が縁側で金魚の夢を見ながら、目を瞑りながら、喉を鳴らすように。

鴉が道端の死骸を見つけて、みいつけたというように、ひと鳴きするように。

死の位置とは、おそらく、日常が途切れたところ。

日常を毛嫌いした三島の檄は、劇的な非日常の大団円。

私は喉を鳴らしていた。

死んだ後に残る喉仏の形を思って。

兄が、自分の誕生日に、仏になりたい。と言っていた。

死んだら、誰だってなれる。と私は思った。

焼いて白骨になったら、喉のところに残る骨が、仏が鎮座しているように見えるから、喉仏というらしい。

あなたも私も、すでに、座っているのだ。

喉元を過ぎたところにある死の位置に。






死の位置

2017-01-12 10:36:24 | 日記
http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2958073.htm


三島由紀夫の未発表テープ見つかる、命を絶つ9か月前の肉声
 作家・三島由紀夫が自ら命を絶つ9か月前に語った未発表の肉声テープが見つかりました。「死が肉体の外から中に入ってきた」などと死生観についてや、自らの小説の欠点などを語っています。
 「僕の文学の欠点は、小説の構成が劇的すぎることだと思う。ドラマティックでありすぎる。どうしても自分でやむをえない衝動なんですね。大きな川の流れのような小説は、僕には書けないんです」(三島由紀夫の肉声テープ)
 新たに見つかったのは、三島由紀夫がイギリス人の翻訳家に対し語った1時間20分にわたる未発表の肉声テープです。録音されたのは、三島が命を絶つ9か月前の1970年2月とみられ、死についても語っています。
 「死の位置がね、肉体の外から中に入ってきた気がする」(三島由紀夫の肉声テープ)
 テープは、TBSの社内から発見されました。特別に保管されていましたが、その存在はほとんど社内でも知られていませんでした。
 「今回のものは行われたこと自体が知られていなかった。その意味でも貴重なもの。(小説の)欠点について、ああいうふうに語っているのはなかなかない」(三島由紀夫文学館特別研究員 山中剛史さん)

 三島由紀夫の研究者は、「新たな見方を提供する一つになる」と話しています。(12日05:25)