AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

火の鳥展

2025年03月29日 | 二酸化マンガ
あの手塚治虫が自らのライフワークと宣言した、最高傑作と言って差し支えない『火の鳥』が、今年(去年?)で70周年を迎えたんだそうだが、世間ではあまり盛り上がってない気もするし、私自身も国内情勢が不安定過ぎて盛り上がる心のゆとりもなくて。


そんな折、今月から六本木ヒルズ森タワー52階で、手塚治虫「火の鳥」展が開催されると聞いた時も、「また?!」ってな感じだった。
2年前もこの同じ場所で「ブラック・ジャック」展が開催され、そん時は吉祥寺の『キチムシ』と兼ねて馳せ参じたが、会場限定のグッズもなかなか豪勢でちょっとしたアトラクションも魅力的だったので行った価値はあったなと思ったが、今回はグッズもショボくて、作品は大好きなんだけど、わざわざ行きたいという気分にはなれなかった。

しかし、DEATHのトリビュートバンドLeft To Dieのライブが観たくて急遽東京に行くことになったので、まぁせっかく東京に来たんだからということで、またしても六本木まで赴いてしまったのでした。




六本木ヒルズ森タワーのロビーでチケットを購入しようとすると、そこの受付嬢に「古代エジプト展ですか?」と勝手に決めつけられて「はぁ?」となった。
52階に辿り着くと、火の鳥展の横で開催されていた古代エジプト展は、なるほど長蛇の列ができており大盛況だった。




一方火の鳥展はというと・・・閑散としとったなぁ~
まぁ開催して1週間ちょいくらいだったし、平日の真っ昼間だったしねぇ。
こんなもんかもしれん。
ビュー的に夜に行った方がよかったのはわかってたけど、夜はライブなので仕方なかった。




床には火の鳥の各編のコマの数々を散りばめ、数台の液晶パネルを立ててそこにもコマを映し出すという、発想力のカケラもない施し。
等身大のロビタを徘徊させるとか、AIを駆使した輪廻転生前世占いマシーンとか、もっとそういった創意工夫が出来なかったのかと。




とにかく全くと言っていいほどコスモゾーンを感じれなかった。

こんなんやったら外の景色見てる方がマシですわ。



さっさと原画展ブースへと赴く。
各編の原画はさすがに見応えあった。
やっぱ印刷されたマンガ本で見るのとでは迫力が違う。




ミュージアムショップも一応物色。
事前ネット情報で見た限りでは、購買意欲をそそられるものはあまり見受けられなかった。
なんせ鳥ばっかりやもん。




鳥の生首の詰め合わせ?こえェ・・・



ナニコレ?食べ物?食べたら永遠の命を授かるとか?



『火の鳥』の魅力ってのは、狂言回し役の火の鳥ではなく、各編ごとの登場人物、例えば我王、ロビタ、犬神宿禰、コム、八百比丘尼、チヒロ、直立ナメクジ種族等にあるんだって何回言ったらわかるのか?




今回は2点だけ購入。

火の鳥展サクマ式ドロップス。



今回の火の鳥展、この展覧会の正式名称が『手塚治虫「火の鳥」展-火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴-』っていう、フィオナ・アップルのアルバムばりに長くてワケわからん自己主張の激しいタイトルだったりします。

実はこの展覧会、福岡伸一氏というエラい肩書を持つ生物学者さんが総合プロデュースした企画。
原画ブースにも、福岡氏の「火の鳥」の各編ごとの考察がパネル上に書き連ねてあったが、ネット上でこの福岡氏著の『火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴 生命論で読み解く、手塚治虫『火の鳥』』という、これまたタイトルの段階で自己主張剥き出しの公式本が会場で売られているのを事前に知っていたので、これは興味深くて購入することは決めていた。




100ページくらいの読み物で一気に読んだが、その内容はタイトルの主張をクドいくらい繰り返し力説したもので、まぁ説得力はあるんだけど、真面目クサくて読んでてちょっと退屈な内容だったかな。

本展覧会に自身のオリジナル火の鳥の図を提供した画家の横尾忠則氏との対談の他、手塚治虫が生前対談の中で、死ぬ間際に描いてみせると明言していたが果たせなかった「火の鳥」の結末の最後の一コマを、福岡氏自身が描いた推定図など、興味深い箇所はけっこうありました。

その最後の一コマのヒントは、1971年にスピンオフで描かれた6ページからなる「休憩 またはなぜ門や柿の木の記憶が宇宙エネルギーの進化と関係あるか」にあるって論説はおもしろかった。
別巻で軽く読み流した小編だったけど、福岡氏の解説を読んで再読してしまった。
今回の展覧会の火の鳥図は、実はこの「休憩」の1コマだったりします。




まぁこのことに関しては、また心のゆとりができて、やる気になったらブログに書こうかと思います。
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Death is never fair

2025年03月22日 | コンサート
80年代中期から90年代にかけて、エクストリームミュージックシーンで多大なる影響を及ぼした、私が敬愛してやまない伝説のメタルバンドDEATH。

その創設者であるチャック・シュルディナーが癌で亡くなってからも、まぁ日本ではそれほどでもないけど、DEATHの偉業を後世に繋いでいこうとする者は後を絶たない。
DEATHの壮大なトリビュート企画、Death To Allなどを始め、国内外にDEATHのトリビュートバンドが多く存在する。

その中で、私は1年くらい前に存在を知ったのだが、Left To Dieなるトリビュートバンドがあって、どうやらDEATHの初期メンバーが在籍してるとのことだった。
それでよくよく調べてみると、DEATHの2nd『LEPROSY』参加のテリー・バトラー(b)と、DEATHの前身バンドMANTAS時代からチャックと組んでたリック・ロッツ(g)の2人が立ち上げたバンドなんだとか。




YOUTUBEで最近のライブ動画もあがっていて、どうやらテクニック志向に走る前の1st~2nd期の突進型DEATHのナンバーを演りたくっているみたいだった。

で、私がこのトリビュートバンドがまさかの来日が決定していることを知ったのは当日の2週間前のことだった。
「これはアカン!」と思って、すぐさまe+でスマチケを購入し東京までの高速バスを予約し有休をとったのでした。

今回は2Daysで私は2日目に参戦。



会場は代官山のSPACE ODDとかいう聞いたこともないライブハウスで、スマホのナビ機能使ってもだいぶ道に迷った。




なんとか会場に辿り着いて、裏のインド料理屋で腹ごしらえをして入口に向かうと、この手のバンドのライブではだいたい見かける東京と大阪のスラッシュ好きの知り合い二人と5年ぶりくらいに再会し、DEATHの話で盛り上がる。


当日初めて知ったのだが、このイベント、Left To Die以外に3バンド出演するようで、Left To Dieの出番は20時過ぎくらいだと聞いてどうしようかと思った。
一応3バンドとも拝見したが、1バンドは日本のバンドでみな演奏力もあって会場も大変盛り上がってた。

日本が誇るデスメタルバンド、DEFILED。



そして待ちに待ったLeft To Dieのライブがスタート。

1曲目はキタ!「Leprosy」。
イントロの段階で鳥肌が立つ!




続けて「Born Dead」、「Forgotten Past」と、この冒頭の『LEPROSY』からの3連発の時点でノックアウトされてしまった。
想定以上の演奏力!再現度!
私も東京行きを即決したとはいえ、たかがトリビュートバンドと半信半疑で少しナメていた。
大好きなDEATHの初期メンバーに会えるというミーハー心もあったのだ。
半分はDEATH隊のメンバーの演奏で、DEATHの名曲を生で味わえることにこれほどの興奮を覚えるとは!

現在OBITUALYのメンバーで、来日も数回果たしているテリー・バトラーのベースは、やはり初期DEATHを支えていたドッシリとした安定感がある。
生のプレイが見れて本当によかった。




4曲目、記念すべきDEATHのデビューアルバムの1曲目を飾る「Infernal Death」がきたときは、1日目では起きなかったらしいモッシュが早くも勃発。
もちろん私もピットへ突入した。
なんせ5年ぶりくらいのモッシュ(2020年のTTF以来)で、私もあれから随分歳とって運動不足だったので不安だったけど、数回回ったら、大丈夫、全然いけると自信が持てた。
DEATHの楽曲でモッシュできることの幸せ!
日本に来てくれてありがとう!Left To Die!




このDEATHトリビュートバンドで目を見張ったのが、チャック役を担うギター兼ヴォーカルのマット氏。
彼はEXHUMEDというゴアメタル系のバンドに所属していて、なかなかキャリアのあるベテランらしかった。
ガス・リオス氏のドラミングもしっかりしていて、彼はマット氏と共にGRUESOMEというバンドに所属してるんだとか。




そのマット氏のプレイスタイル、ヴォーカリゼーション、咆哮、雰囲気全てがもうチャックが降臨したかのように遜色がなかった。
ギターもハンパなく巧くて、見事DEATHの楽曲を再現してくれていた。
まぁVOIVODにおけるダニエル・モングレインばりの適任者といえる。

一方リック・ロッツ氏は、ちょっと存在が薄かった。容貌も全然変わっちまったしね。
ていうか、ギターの音が小さかったんだよねー、PAのバランスの問題かと。
彼のピロピロアーム奏法をもっと堪能したかった。




バンド名にも冠した名曲「Left To Die」はもちろん、私の大好きな「Open Casket」と・・・
気づけばアルバム『LEPROSY』は全曲再現。これで盛り上がらない訳がない!
このライブには、おそらく100%に近い筋金入りのDEATHフリークが終結していたかと思われる。




30年前に本家DEATHの初来日公演を大阪で目撃しているが、あの時はハコのPAが悪すぎてなかなかライブに集中出来なかった記憶がある。
客層が最近食いついたにわか衆感が否めなく、初期の曲で盛り下がるというよくある現象も見受けられた。
今回、DEATHの定番曲「Pull The Plug」の「Why Don’t You!」を皆で叫べた時は、あの30年前の雪辱を果たせたような気がした。
正直30年前のライブより全然楽しかった。
「Zombie Ritual」ではイントロ部分の大合唱も起こったし。




とにかく初期名曲群のオンパレードで休むところが皆無といっても過言ではなかった。
こんな充実のメタルライブは何年振りだろうか・・・・

「Left To Die」辺りですでにお腹いっぱいだったが、ラスト一発「Evil Dead」でもうどんだけーーっ!!って感じ。
いや、これは今年一番のライブになるんじゃないかしら。




たかがトリビュートバンド、されどトリビュートバンド。
原始神母もそうだけど、我々が味わえなかったあの時代の興奮を、この令和の時代に再現してくれ体感させてくれるこういったバンドの存在意義というものは本当にデカくてありがたいと思う。
なんせこういったバンドはファンが観たいものをわかってるし、なんせプロだから再現クオリティーも高い。


だから最近高価になってしまったパロTも躊躇なく買っちゃったよ。
ええもん見せてくれたし。




次は『Spiritual Healing』完全再現とかレパートリー増やしての再来日を期待!

なんてな。
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ジェイミーと戦慄

2025年02月27日 | プログレッシヴ草稿
ビル・ブラッフォードが活動を再開したらしいとの朗報が舞い込んだ矢先・・・
(てゆーか来日が決定!!https://www.billboard-live.com/tokyo/show?event_id=ev-20514


その彼のSNSから悲しい知らせが・・・・


第3期キング・クリムゾンなどで活躍したパーカッション奏者、画家のジェイミー・ミューアさんが、去る2月17日に死去。享年82歳。


ジェイミー・ミューアなんてアーティストは、まぁキング・クリムゾンの音楽を嗜んでいなければ、縁もゆかりもない存在かと思われる。
しかもジェイミーがクリムゾンの作品に参加したのは、たった1枚(まぁクリムゾンの場合、そんなメンバーがゴロゴロいるけど)。

それが、1973年リリースの5th『太陽と戦慄』である。




ただ、ジェイミーはこの作品1枚で、我々クリムゾンファンに強烈なインパクトを与え、その後残ったメンバー(特にビル・ブラッフォード)にも多大なる影響を与えることになる。


ジョン・ウェットン、ビル・ブラッフォードという誰もが知る優等生メンバーに、無名のジェイミー、そしてデヴィッド・クロスというヴァイオリニストが加わった第3期の新編成クリムゾンってのは、一番トチ狂った音楽性を放っていた時期かと思われる。
ブラッフォードは、絶頂期のイエスに莫大な違約金を払ってまでしてバンドから脱退し、クリムゾンに加入している。
彼のクリムゾンに対する憧憬の念は、当時相当のものだったと推測できる。




上のDVDは、20年くらい前にヤフオクか何かで購入したブートレグだったと思うが、これに収録されていた「太陽と戦慄 パート1」のビート・クラブの奇跡のライブ映像がとにかく衝撃だった。

このステージでのジェイミーの変人奇行ぶりは伝説的で、まぁ観てもらえばわかるだろう。

King Crimson - Larks' Tongues in Aspic (1972)


『太陽と戦慄』は高校時代後半くらいの頃に購入し鑑賞したと記憶してるが、ちょっと難解だった1st『宮殿』にようやく馴染んできた頃で、本作でまた恐ろしくワケのわからんことになってて、まぁ一筋縄ではいかなかった。
ただ、人間椅子の和嶋氏も「天国に結ぶ恋」などで模倣している「太陽と戦慄 パート1」におけるロバート・フリップのあのヘンチクリンな変態奏法は、不可思議にも私の感性に刺さるものがあった。




『太陽と戦慄』は、神秘的なジャケットからも醸し出されてるように、錬金術的なオカルティズムに溢れている。
ロバート・フリップはこの時期、ニューヨークで出会った白魔術師であるという女性ウォリ・エルムラークのソロ作品をプロデュースしたり、神秘学者G・I・グルジェフの思想に強く影響を受けていたという。

本作における一種の密教儀式のような、この神秘主義的インプロヴィゼーションは、指ピアノ、木琴、ゴング、ホイッスル、自転車のパフパフ、ノコギリ、キッチン用品などをかき鳴らす、毛皮を羽織ったジェイミー・ミューアの自由奔放なパーカッションと、異質な存在感が絶大な化学反応をもたらしているのだと。




気だるいリズムに合わせて打ち鳴らされる「バシャ、バシャ」という音は、ジェイミーが水面を手で叩いているのだとか。


ジェイミー・ミューアがクリムゾンを一年足らずで脱退した経緯も実に奇妙なもので、最初はEG社員がなぜか事実を隠していたこともあり、様々な説が尾ひれを付けて流布したらしい。
私が浪人生の頃に知り合った同じ予備校に通っていた人間椅子好きの女の子から聞かされた内容は、いつものごとくクリムゾンのステージで打楽器をシバきまくっていたら、シンバルが彼の足の上に落ちてくるというアクシデントに見舞われたんだとか。
ジェイミーは「ウギャーーーっ!!」という奇声を発してステージから逃走。そのまま謎の失踪を遂げ、二度とクリムゾンに戻ることはなかった。
そして数年後、どこかの修道院に入門していたことが発覚した・・・・というものだった。

後日キング・クリムゾンの特集本を読んで、そこで語られていた真相は、クリムゾンに加入した頃、ジェイミーは仏教に傾倒していたんだとか。
ある日彼は、インドの神秘家パラマハンサ・ヨガナンダの著した『あるヨギの自叙伝』という本を読んで感銘を受け、それから瞑想をはじめ、禁欲生活を選択。
アルコール、タバコなどの嗜好品をいっさい絶ち、精神修行を積んだ末にドラマティックな神秘体験(肉体離脱)を経てクリムゾンを脱退・・・という流れだったらしい。

一度ブックオフで見かけたことがあるが、古本でも高価でよー手が出ナンダ。
この本にはロバート・フリップ卿も感銘を受けたんだとか。




ちなみに、原タイトル『Larks Tongues In Aspic(ゼリーの中の雲雀の舌)』という象徴的なフレーズは、ジェイミーが生み出したもので、この作品がいかにジェイミーの奇抜な発想の上に成り立っているのかがわかろうというものだ。


ジェイミーの魂は、奇想天外な彼の即興センスとクリンとしたチョビ髭、そして神秘的な『太陽と戦慄』のデザインとともに、これからも我々クリムゾンファンの心の中で生き続けるだろう。


R.I.P. Jamie Muir.


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サイクス

2025年02月01日 | やっぱりメタル!!
先月末に突如ジョン・サイクスの訃報が舞い込んだ時は、「え!?」という感じだった。

まだ65歳という若さで・・・


まぁ元来いわゆるスーパーギタリストというものに傾倒するタチではないので、ジョン・サイクスというギタリストをそれほど好きだった訳ではない。
ただ、やはり80年代からHR/HMを聴いてきた者としては、彼が参加した作品を避けて通るのは難しいかと。




一番最初にサイクスのギターに触れたのは、ラジオから流れてきたタイガーズ・オブ・パン・タンのポップナンバー「Love Potion No.9」だった。
ま、これはアメリカのドゥーワップグループThe Cloversのカヴァーなんであるが。
日本ではザ・サーチャーズのカヴァーヴァージョン「恋の特効薬」という邦題で馴染みがあるらしいが、メタラーにとってはパンタンVer.ですわな。




そしてヘヴィ・メタル界にプラントもどき現象をもたらした不朽の名作ともいうべきホワイトスネイクの1987年の大ヒット作『白蛇の紋章 ~サーペンス・アルバス~』



中学生の頃、メタル仲間とのメタルビデオ鑑賞会で「Still of the Night」のPVを目撃したときの衝撃は凄まじかった。
まぁこのPVに映ってるメンバーは実はデヴィカヴァ以外誰もこの曲のレコーディングに参加してないっていうのは後から知らされることになるのだが。
その時初めて私はジョン・サイクスの存在を知ることとなった。




本作はデヴィッド・カヴァデール以外では、ジョン・サイクス(ギター)、ニール・マーレイ(ベース)、エインズレー・ダンバー(ドラム)の編成でレコーディングされ、キーボードでドン・エイリー、そして「Here I Go Again」のソロでエイドリアン・ヴァンデンバーグも参加している。


まず冒頭のリレコーディング曲「Crying in the Rain」からして、サイクスの鬼のようなピクハモ&チョーキング技が炸裂しまくっている。
「Bad Boys」の全編に渡るゾクゾクするようなヘヴィリフ。「Is This Love」での咽び泣くような哀愁の名ソロ・・・と。
とにかく本作におけるジョン・サイクスの貢献ぶりは計り知れないものがある。


レコーディング後のデヴィカヴァとサイクスの間にどのような確執があったか詳しくは知らないんだけど(金払い?)、歴史に残るこれほどの名作を共作しながら彼らの溝は永遠に埋まることはなかった。
まぁたぶんPVの女をはべらせてパツ金にして色気づいて天狗になってたデヴィカヴァが悪いんだと思う。


そして、デヴィカヴァに対する恨み骨頂の復讐心でサイクスがフレットレスベースの使い手トニー・フランクリン、大御所カーマイン・アピスのスリーピースの布陣で結成したスーパーバンドがBLUE MURDERってことで合ってます?




しかもサイクス自らがヴォーカルを担当するという。
これが案外歌唱力があって巧かったりするので驚かされた。
にしても、歌い方にしろ曲調にしろ、『白蛇の紋章』を引きずってるな~ってのが痛いほどわかる。

それが特に顕著なのが「Still of the Night」っぽさの否めない「Sex Child」。
大好きなナンバーだが。



大学時代に所属していた軽音内では次なる2ndアルバムがやたら同期の間で流行ってて、ちょっとしたビッグジャパンアルバムだったらしいが、この頃はメタルに興味なくしててまだ未聴です。

ジョン・サイクスに関してはそんなところです。


R.I.P. John Sykes.
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さらば2024,さらば味園

2024年12月31日 | 晒しな!日記
今年もあと数時間ですね。
毎年言ってますが、早いものです。

家庭の事情もあり、今年ライブ行ったのってAJICOくらいだったんじゃないかな?

今年AJICOの大阪追加公演の会場は、味園ユニバースだった。




その元キャバレー施設であった味園ユニバースの入居しているこの昭和テイストな老舗レジャービル「味園ビル」の2階テナント部分が12月末で営業を終えるというのは、酒飲みではない私にとっても残念なニュースであった。

今日は各店営業してるのかな?
来年は跨ぐのだろうか?




2階の飲み屋街はデカダンな趣の店が列挙しており、新宿のゴールデン街をこのフロアに凝縮させたといったところだろうか?




二階の飲み屋街へは、このヨーロピアンな螺旋通路を昇っていくんだよね。



初めて味園ビルに訪れたのは、数年前の人間椅子のライブの時。




この時期にロックバーのDJ大会に参加した時、意気投合したドラマーの人がいて、その時元ボアダムスのギターと奇人ドラマー吉田達也氏とのノイズユニットZENI GEVAの事が話題にのぼって、同じ店名の”銭ゲバ”っていうバーが味園ビルにあるということで、人間椅子終演後に一緒に立ち寄ったことがある。




ここはロックバーという訳ではなかったが、マスターはロック好きな人のようで、店のドアには人間椅子のお札ステッカーが貼ってあった。




二回目は坂本慎太郎くんのワンマンライブで。




まぁ味園ユニバースはしばらくライブハウスとして運営していくとのことで、また訪れるかもしれん。


こういった風景がいずれなくなってしまうのかなと思うと、やっぱ寂しいですね。




よヰお年を。
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