AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

オキチサン

2012年05月28日 | カテゴライズできない
4月上旬から放映スタートした手塚治虫原作、BS時代劇『陽だまりの樹』もいよいよ大詰めを迎えようとしております。
先週の第8回目は、万次郎と添い遂げるだろうと思われていたおせきさんが、アメリカ使節団の通詞であるヒュースケンに手ごめにされるというまさかの展開に、原作を知らない視聴者さんにはおそらく大変ショッキングブルーな内容であったことでしょう。
まぁこのヒュースケン、実は万次郎も下田で警護していた当初から手をやいていた好色毛唐で、とにかく若い女を見ると見境がつかなくなる。

BSドラマでは完全にハショられてしまっていたが、ヒュースケンが日本に赴任してきたばかりの下田でも、お吉という娼婦に一目ぼれして関係をもってしまい(というか強姦)、後々このシガラミが彼の運命を大きく左右させることになる。お吉は自分を捨てたヒュースケンを心の底から怨み、その後虎視眈々と復讐の機会を窺い続けるのである。

実はこのお吉、齋藤きちという実在のモデルがいて、『唐人お吉』というタイトルで小説にもなっており映画化もされている。
小説上ではかなりロマンチックに創作されているそうだが、手塚先生はそこを過酷な真実に近い形でこの『陽だまりの樹』に盛り込んでいるのだ。




お吉の入浴姿を見てから欲情がおさえきれないヒュースケン。
とにかくすぐ手ごめにしてしまう性欲の塊のような人物。



万次郎もヒュースケンの女グセにはほとほと手をやいており、「おぬしいつか女で身を滅ぼすぞ」と忠告しながらも、禁欲生活を強いられてきた若い彼の気持ちをくんで、できるだけ自由を与えたりいろいろ配慮してやっていた。
そのお人よしが、今回のような悲劇を生むことになろうとは・・・




ラシャメン(洋妾)という言葉を初めて耳にしたのは、浪人時代、初に見にいった人間椅子のライブでだった。
その時に演奏されたそれまで未聴であった“人面瘡”という楽曲にぶっとばされ、次の日くらいにその“人面瘡”が収録されている『夜叉ヶ池』のシングルCDを中古レコード屋で探し当て購入してしまったほどである(のちにベストアルバム『人間椅子傑作選』に収録)。




とにかくこの楽曲にハマりにハマっていて、古風な言い回しの難解な歌詞もそらで歌えるようになり、その頃京都の予備校で知りあった人間椅子フリークで博識の女の子に歌詞の意味を詳しく解説してもらっていたのを思い出す。
この楽曲において、注目すべきなのは3番の歌詞である。


“横浜の波止場はぬばたまの 黒船が闇夜に消え失せる 

洋妾お駒の首吊る床の間は メリケン憎しと散りぬる女郎花”


“黒船”という単語が出てくることから、これは幕末の時代のことを歌ったことが窺い知れる。
ちなみに“黒船”や“闇夜”というのは、黒を意味する“ぬばたまの”にかかる枕詞である。
洋妾(ラシャメン)とは、万次郎が説明してるように西洋人の妾になった者への蔑称であり、そういった女性は日本人から相手にされなくなり、一生蔑まれ続けるというのが当時の日本の風潮だったらしい。
つまり二行目の歌詞は、洋妾のお駒が己の行く末に絶望し、自分を捨てたメリケン(アメリカ人のこと)を呪いながら床の間で首を吊って自害したという悲劇を歌っているワケだ。
ちなみに女郎花(オミナエシ)とは秋の七草の一つで、女郎は昔の娼婦のこと。つまり女郎花の花が散るのと、洋妾お駒の命が散るのを掛けているってぇ寸法だ(あれ?江戸っ子みたいなしゃべり方になってる?)。

う~む、やっぱ和嶋さんは天才だなぁ。


思えば浪人時代、手塚治虫と人間椅子の作品に夢中になり、そこから色々なことを学ばされたよなぁ~
おかげでみごと第四志望の大学に合格したもんな。





今日の1曲:『人面瘡』/ 人間椅子
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ポゼストファッション

2012年05月27日 | やっぱりメタル!!
2年くらい前にオープンした壁にサイケなスプレーアートが施されたオシャレなアパレルショップの前を車で通ったら、その店員らとオシャレな仲間たちが外でたむろして談笑してるのを横目で見やり、「ケっ、スカした連中どもが。関係あらへんわ」と思いながら通り過ぎようとしたのだが、そのメンバーのひとりがポゼストのロゴTシャツを着ているのに思わず二度見してしまい、危うくハンドル操作を誤りかけた。

こういう連中が聴く音楽といえば、気取ったヒップホップとかアバズレチックなR&Bの類と相場が決まっているのだが、まさか悪魔主義的なポゼストの音源をipodに常駐させてるなど、ちょっと想像ができない。
それともポゼストのバンドロゴもSUICIDAL TENDENCIESと同様、こういったカジュアルファッションブランドの一部として最近リバイバルされてるのだろうか?

POSSESSEDは1985年にデビューし、その時点で既にデスメタル的なスタイルを打ち出していたパイオニア的スラッシュメタルバンド。
何をかくそう、1stアルバム『SEVEN CHURCHS』には“DEATH METAL”ってタイトルの曲が収録されていたりして、おそらく彼らが最初に“デスメタル”なる言葉を発言したのではないかと。
まぁ最近のブラストビート多用の演奏技術の具わったカチッとしたサウンドのデスメタルではもちろんなく、この時全員高校生ってこともあって演奏は粗暴以外のなにものでもなくテンポも悪いが、そのサウンドはもうはちきれんばかりの暴虐性に溢れており、現代のデスメタルなんかより何倍もの破壊力がある。
「666ーーー!!」とか、「セイターーン!!」などの背徳的なフレーズを吐き散らし、“ジ・エクソシスト”とか“ペンタグラム”とか“サタンズ・カース”とか、楽曲タイトルからしてヒネリもクソもない中学生レベルの発想力で、決して頭が良さそうではない。ただ、ベース兼任で加入したヴォーカル(初代ヴォーカリストは彼女の目の前でピストル自殺したらしい)のジェフ・ベセーラの凶悪なヴォーカリゼーションはかなり注目に値するものがある。
いや、亡きDEATHのチャック・シュルディナーにも影響を与えたというのだから、彼こそがグロウルヴォイスの原点というべき存在なのかもしれない。
数年前のヴァッケンフェスでの復活ステージでは車椅子姿で登場したらしいけど、彼が現在どういう状況なのか、私も詳しいことは知らない。

ちなみにギターのラリー・ラロンデは実はかなりのテクニックの持ち主で、後にテクニカルミクスチャーバンドPRIMUSで活躍している。



今日の1曲:『DEATH METAL』/ POSSESSED
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ヒョウタンツギ

2012年05月22日 | 二酸化マンガ
手塚治虫の奇想天外文庫シリーズ『よろめき動物記』を某古書店より入手。おそらく、『フサンの謎の七書』ばりの稀覯書であろう。

本書には、様々な動物をテーマに手塚先生流のナンセンスさで描いた2ページ程の読み切りマンガが全35話収録されている。
馬、熊、タコ、鬼、幽霊・・・・と、これは動物かいな?みたいなものまで多肢に渡っている。
まぁ新聞に載ってるいしいひさいちマンガ程度のもので、正直それほどオモシロイ内容ではないが、本書において注目に値するのが、最終話でなんと「ヒョウタンツギ」が題材になっていること!

手塚作品でここまでヒョウタンツギがフューチャーされてる話って、他にないんじゃないかなぁ(と思ったのだが、『妖蕈譚』という手塚先生の短編小説で、世界がヒョウタンツギに飲み込まれていくさまが不気味に描かれているらしい。小説ってことはマンガじゃないのかな?)。

ヒョウタンツギは、実は手塚治虫先生の妹である手塚美南子さんが幼少の頃に発案したクリーチャーだったりする。


本人によれば、ヒョウタンツギは茸の一種であり、常にガスを口から噴射し、スープに入れて食べると汗が出るほど温まるという。
人にむやみに危害を加えることはないが、たまに人間の顔に乗り移ったりと予測不可能な行動に出る。ヒョウタン状の頭部をそなえ、自らの頭から仔を宿すというおそるべき生態を持ち、繁殖性がすこぶる強くいろんなところに生えているため、たまにヒョウタンツギを踏んずけて足をすべらしたりすることもある。



実体は一種の菌類で、スープに入れて食べると冬の季節料理として珍味この上なしとされているが、生で食べると中毒を起こし死に至るともいわれている。
実際『ブッダ』の主人公のシッダルタは、農家で出されたヒョウタンツギ(仏典では、スーカラマッタヴァであり、キノコ説と豚肉説がある)を食べて食中毒を起こし命をおとしている。



私は常々、このヒョウタンツギをクトゥルー神話体系の万魔殿に加えてはどうかと考えている。
とにかく生態が不条理以外のなにものでもなく、神出鬼没にして奇怪で極めて宇宙的な存在である。


不定形の存在“ヒョウタントゥギア”なるグレート・オールド・ワンを考案してみた。
(右のアイテムは私愛用のヒョウタンツギ耳掻き)
いかがだろうか?

今日の1曲:『愛しのマキシン』/ Donald Fagen
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青春レゲエ

2012年05月17日 | まったり邦楽
と、まぁシンプルなタイトルのこのアルバムは、Little TempoのTicoと、元Determinationsのicchieがタッグを組み制作された、なんか聞いたことあるようなタイトル通り、彼らが青春時代に流行っていたのであろう80年代の名歌謡曲をシットリとレゲエ風にアレンジしたカヴァー曲集。
女性ヴォーカルで統一されており、エゴ・ラッピンの中納良恵やTICAの武田カオリなどが参加しているほか、ゲストプレイヤーにはギターで元Dry & HeavyのThe K、TICAの石井マサユキ、キーボードにicchieの嫁のYOSSY、そして仕上げに内田直之氏がダビィにミックスを手掛けるという、その筋のミュージシャンがズラリ勢揃いしている。
オマケにジャケットをイラストレイター兼ジャズシンガーの水森亜土に描かせるという贅沢な作り込みよう。

まぁこれだけの著名ミュージシャンが参加しているので、その辺のしょーもないレゲエカヴァー集なんかよりは耳障りもよく、クオリティの高いアレンジ作に仕上がっている。
ただ、なんか無難というか、各曲のカラーが弱いというか、聴き応えに乏しい。

たぶん、楽曲の題材があまりにもベタすぎてつまらないというのがあると思う。
本作では荒井由美作曲のナンバーが多く、確かに私も幼少の頃に耳にした覚えのある曲ばかりで、誰の耳にもスッと入ってくる印象深い歌メロは、ヒットメイカーというかメロディメイカーという側面で非常に優れているのであろう。特にこの時代のは独特の憂いがこもっていて深みがある。テイノウなラップとかも入ってこないし。
でもそれは逆に実力のないアイドル歌手が歌ってもそこそこいい感じに聴こえるという、大衆向けソングということだ。それがいわゆる歌謡曲なんだろう。
私の場合、幼少時代から青春時代(80年~90年代)にかけて、歌謡曲というものにほとんど興味を示したためしのない人間なもんだから、思い入れもクソもなくピンとこないのも当然というわけである。

本作の中で注目に値するのは、やはり今やCMソングの女王といっても過言ではない武田カオリさんの歌うナンバーが一番シットリ感も際立っており、やはり彼女のカヴァーセンスと透明感のある歌声には感銘を受けずにはおれない。
ただ、カオリさんにはこのような無難な歌謡曲は歌って欲しくないなというのが、いちファンとしての心情である。

まぁ今どきのJポップとかではモノ足りない、30代前半くらいのオシャレなOLとドライブデートする時に流すBGMとしてはうってつけかと。



今日の1曲:『セカンド・ラブ』/ Tico & icchie feet.武田カオリ
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ロッキン・レイヂヲ

2012年05月11日 | 二酸化マンガ
免許更新しに京都の羽束師の教習所に行った帰り、ふと立ち寄ったブックオフの105円コーナーで、行方不明になっていた和田ラヂヲの『ROCKIN' RADIO』を発見し思わず購入。
なんか特殊カバーの左端が破れてるところまで私が所持していたのとソックリだぞ。誰かが知らん間に俺のを売りさばいとったんちゃうか?

『ROCKIN' RADIO』は、音楽雑誌ロッキン・オンに連載されてたギャグマンガで、この単行本は1996年刊行なので、まぁその時期くらいに載ってたんやと思います。
ネタはもちろん洋楽ロックミュージシャン関連が中心で、特にキッスネタが満載です。アクセントとして和田ラヂヲ先生十八番のチャゲ&飛鳥ネタもちょこっと出てきます。
だから90年代にそこそこ人気のあった洋楽ロックをある程度知らんとワケわからんと思われますが、ラヂヲ先生独特のパンキッシュな絵のタッチでなんとなく笑えるのではないかと。
ジャケネタの他、誰もが一度は心の中でつぶやいてしまったことがあるミュージシャンダジャレ(例「オーバーキルのオーバー着る」)など、けっこう下らないのもあるけど、やっぱこの人のセンス好きだなぁ~、『スカの群れ』ん時からファンだった。ラストの一言がけっこう変化球でツボにくるのだ。


和田ラヂヲ先生書き下ろしキッスカレンダー(4月始まり)も収録されてます。



この話のオチに涙!さすが和田先生。



そういえば、この曲をツレに聴かしたら「なんかゲイシャ・ガールズみたいなや」って言われたことあったっけ。


今日の1曲:『Sure Shot』/ Beastie Boys
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My Name Is MCA

2012年05月06日 | ♪音楽総合♪
数年前に癌が発覚したことはなんとなく知ってたけど、昨年アルバムも出したし金持ちだし大丈夫だろうと気にもとめてなかったんだが・・・・

まさか、Beastie Boysのラッパー兼ベーシストであるMCAことアダム・ヤウクの訃報を聞かされることになろうとは夢にも思ってなかった。
だってまだ47歳よ。「人生そのものが遊びだぜ!」みたいな脳天気グループのいちメンバーが死ぬなんて、想像すらできなかった。


正直“Fight for Your Right”が大ヒットしたデビュー当時のビースティには全くといって興味なかったが、劇的な大変身をとげた3rd『Check Your Head』、そして4th『Ill Communication』を聴いて一気にハマってしまった。
それまでのビースティは、ただのお調子ノリのガキどもが、悪ふざけ感覚で黒人のマネごとをしてるだけのまぐれ当たりのアホアホ白人ヒップホップという印象が強かったが、真剣に音楽と向き合い、生楽器を自分達で演奏してそれを絶妙なセンスとヒップホップ感覚でミックスし、もちろんそこにはDJハリケーンやエキセントリックキーボーディストのマーク西田などの介添えもあってのことだが、パンク、ジャズ、レゲエ、ファンクと様々な要素の詰まったモノ凄いゴッタ煮アルバムを完成させてしまったのが傑作3rdアルバム『Check Your Head』。
まぁ、もともと彼らはニューヨークでハードコアパンクバンドをやっていたので、楽器を演奏するという本来の立ち位置に帰ったまでのことで、素人に毛が生えた程度の演奏力ではあるけれども、あざとさとか力みを微塵も感じさせず、実に遊び心に富んでいるというか、もう彼らの研ぎ澄まされたセンスのみだけで創ってしまった感がある。
で、この3rdで確立した音楽性をさらにスタイリッシュに発展させのが4th『Ill Communication』であるかと。



まぁそれがしはヒップホップに関しては門外漢なんで、これら2枚をヒップホップの傑作なんていったら、ZEEBRAあたりを聴いてるこわいお兄さんにヤキ入れられるかもしれないので、これらはオルタナの傑作といっておくほうが無難であるかと。

ヤウク(私はいまだ“ヤウチ”と発音してしまうクセが抜けないが)は、3人の中ではどちらかというとクールさ担当の人で、甲高い声の二人に対してラップも野太くハスキーで渋い。まぁルックスも一番ハンサムだと思う。
20代の頃、ライブやPVでの彼のスタイルや佇まいに少なからず憧れを抱いており、学生時代カンニバル・コープスのゾンビTシャツや、ノビノビのフィッシュボーンのパーカーばっか着ていた私は、少しストリート系のファッションを意識するようになり、それまでファッションセンス評判のすこぶる悪かったバイト仲間たちにその激変振りを見直されたりもした(まぁ現在はまた元に戻った感があるけど)。
その頃はヤウクと同じく自分もスノーボードにハマっていたこともあり、意識的にビースティスタイルに近づこうとしていた自分があったんだと思う。
まぁ夏でもニット帽を被ってるのはおかしいと指摘されはしたが、それでも20代後半、絶望的なまでにファッションに疎かった私が少なからず輝いていた時代があったのは、やはりヤウクのおかげというほかない。

beastie boys - mullethead (instr.version) MCA gets wild!


容姿のクールなヤウクは、演奏スタイルもやっぱクール。ハードコアナンバーでは生々しいブリブリとしたブッ太いベースを奏で、ジャジーなナンバーではウッドベースをシックに弾きこなす。とにかく彼が紡ぎ出すループするフレーズがとてつもなくクールで、ビースティの音楽性を間違いなく格調高いものにしていた。

R.I.P.



今日の1曲:『Pass the Mic』/ Beastie Boys
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