東海市のスナック「ゼロ」にて
鎌倉研さんのライブ
休憩挟んで…
っていうよりも
休憩中もずっとステージにいてまして
雄さん…
宿泊場所の
"Sweet Home anjo"のことを語る…
なんでも
"Sweet Home anjo"から途中
立ち寄り湯に寄って
ここ東海市に来ようと思って探してたら
最近引っ越した"Sweet Home anjo"
のすぐ近くに
「安城コロナ」があって
そこに立ち寄り湯があることを
たまたま…みつけたことを喜色満面…
まるでコロンブスが大陸を発見したような感じで
話してくれる雄さん…
雄さんの喜び???が
ひしひしと伝わってきました…笑
そんな退屈を全くしない休憩をはさんで
第2部
まずはお店の従業員というか
ママさんかな…
詳しくは「ゼロ」の常連さんじゃないからわかんないけど…
鎌倉研さんが紹介します…
「私の…元…愛人」…笑…
第2部のはじまりの
最初の一言がこれですからね…笑
女性が
「元、なのよ!!捨てられたのよ!」
とノリツッコミをすれば
鎌倉研さん
「金が続かなかった…笑…金のかかる女なのよ!」
さらに
ノリツッコミ!!…笑
ここで鎌倉さん
「スマホでちょくちょく録られてる方もいますけど、そこには肖像権というのがあって、歌ってるところを動画で録ると著作権、そのどちらもない鎌倉研…笑…ただし、動画、写真、必ずSNSにあげること…笑…では、「ゼロ」が誇る歌姫(お店の女性)と一緒に…」
「花のように鳥のように」
いやあ…
独特の味のある鎌倉研さんの唄が強烈に沁みる…
まさに…昭和歌謡…日曜でも…昭和かよう
こんな素敵な歌がきけるんだったら
「ゼロ」にかよう!かよう!…笑
演歌…演歌…これでええんか…笑
はい!エエのよ!…笑
昭和の「スナック」のこの雰囲気に
ぴったりあった感じ…
さらに
雄さんの泣きのギターがめちゃいいのよ!!
「ありがとー!ありがとー!こうして、みなさんも一人2500円払えば、一緒に歌えますけど…あ、もう2500円払ってる??(チャージ代のことねっ…笑)…いろんなところで歌っています…日本中行ってるんですけど、こうやってお店の方と歌うのは初めてですね…嬉しいです…いろんなところに行くんですけど…1年に1回、必ず特殊な場所に歌いに行きます…それは、大阪刑務所…毎年6月に刑務所に慰問にいくんです…受刑者は1400人、1400人がいっぺんに入る場所がなくて、体育館でやるんですけど…朝2回、午後1回の3回公演…受刑者は鎌倉研が聴きたいからと言って、リクエストがあって呼ばれている訳ではなく、たまたま「慰問」があって、仕方なく体育館で俺の歌を聞かされる…「慰問」と言ってますけど、彼らには「拷問」かも知れない…笑…聴きたくもないかも知れない歌をね…聴かされる…笑…これを20年やってるんですよ…1年に2回行くときもあるります…女子刑務所にも行きました…佐賀県の鳥栖という街にある九州に一つしかない女子刑務所…やっぱ20年やってると,刑期を終えて出所する方たちがでてくるでしょう…その方々の中で、ライブハウスに来てくれる方がいるんです…すごいでしょう…実にありがたい…今まで廻ってる中で3回あった…鳥栖の女子刑務所に歌いに行ってから何年か経ったときに福岡に歌いに行ったときに、女子の元受刑者が訪ねにきてくれたことがあった…さらに、あと二つあるんですけど、そのうちの一つを紹介しよう…
群馬県の前橋…場所がライブハウスじゃなくてクラブ…オネーチャンがいっぱいいててソファーがいっぱいあって真ん中が広くてダンスが踊れるようになっているような…そこで、リハが終わって呑んでたら、ママさんが祝儀袋もってきて「これ、研さん」と…「これ、ギャラじゃないですよ…あそこに座ってる方のご祝儀ですよ」と
その方はパンチパーマに薄い茶色のサングラス掛けててスリピースをばちっときめてて、両サイドに女の子がいてて…
ちょいと挨拶にと「俺のこと、どこのライブハウスで知ったんですか??」と尋ねたら…」
ここで
お客さんが答える!
「刑務所!!」
すると
研さん
「オチを最初に言うな!そもそも最初からゆうてるやん!受刑者が聴きに来てるって…この話の間がおもしろいねん!!」
「お酒は「オールド・パル」氷もなにも入れずにドボドボと継いでくれて、呑んだら喉が熱い!熱い!!で、その方が語る声は実に渋く…
「こういう仕事をしてると呑む機会が多いと思うけどあんまり呑みすぎたらあきまへん!!」」
話の途中ですが
ここでお客さんが
「さすが、大阪人間、オモシロイ!!」
鎌倉研さん
「大阪の人間がみなオモシロイ訳じゃない…ひきこもりもいますから…笑…で、話に戻って、どこのライブハウスで俺のこと知ったのか…もしかしたらCDを持ってくれてるのかも知れんと、どこで知ったのか訊き出したかった…」…で訊いたら
渋い低音ボイスで
「名古屋に5年大阪に7年…」
この時にピンときました!大阪の7年のときに俺が歌いに行った…12年の懲役をやってた人だと…
で、またまた渋い声で
「こういう仕事をしてると呑む機会が多いと思いますけどあんまり呑みすぎたらあきまへん、鎌倉さん、日本全国に研さんの唄を届けてください…」
僕も渋く低音で
「はい、わかりました…」
「あの時…俺は鎌倉研じゃなかった…高倉健…」
…笑…
まるで下手な落語家よりオモシロイ
サゲもばっちり!!
「マスターから電話をいただいて、その時にリクエストをもらった曲を…」
「酔いどれぼっち」
ちょいと切ない
これまた昭和歌謡
雄さんの添える
ブルースフィーリング満載のギターが
心地よい!!!
まるで鎌倉研さんの唄が「酒」のように
こちらも酔うてきますなあ…
鎌倉さん
歌い終わって
「雄さん、いいギター弾きますね…凄いよね…何が凄いかっていうと…俺の教えた通り…笑…弾くからね…」
ここで
鎌倉研さん
お酒を…
「俺は酔えばなんでもいい…沖縄に行ったらハブのまるのみをのみます…」
ここでお客さんからリクエストが飛ぶ!
「沖縄の歌を歌ってよ」
まるで流しの歌うたいみたいに
すぐと歌える千両役者の鎌倉研さん!
そのときにお客さんの携帯が鳴ると
「大丈夫よ、こっちのボリューム下げるから…」
なんて笑わせて
「十九の春」
唯一無二の唄声はお酒のように沁みる!沁みる!!
な、なんと歌い終わった時に
お客さんからおひねりをいただく鎌倉研さんと雄さん
鎌倉研さん
「もう1回歌おうか!…笑」
雄さん…
目の前にニンジンがぶら下がった競走馬のように??
もう1回…弾く気マンマン…笑
「石垣島にご縁があって、一番多い時に石垣島に1年間で5回、行ったこともあります…Peach(ピーチ)という安い飛行機があって、関空から直で飛ぶ飛行機があって…で、今まで通算すると12、3回行ってますね…向こうで仲間ができて、石垣島の歌を作ろうってことになって、石垣島に野底岳という山があります…そこに伝説があって、歌を作ったんですけど…今日は歌詞カードを忘れてしまってて、まさかこういう展開になるとは思わなかったんで…やっぱ、持ち歩かないといけませんね…沖縄の方がいらっしゃったということで…これでご勘弁していただいてよろしいですか…ありがとうございます…次は、もう1曲マスターからのリクエスト曲を…」
「Urban Shot」
ブルージーに奏でる雄さんのギターを思い切り
フューチャして
その中で鎌倉研さんのしゃがれた歌が響き渡る…
旅愁感も感じられる孤独な男が
微かな夢を持ち続けて…そんな主人公の姿が浮かび上がる…
沖縄出身のお客さんに問いかけるように
「いやあ…沖縄から逃げてきたの??…笑…あ、仕事でですか…いや、私は逃げ回っていますので、ついついそう思ってしまいます…笑…石垣島には、たくさん行っててCDまで作ったんですよ…野底岳の歌も作りました…作った時の石垣島のプロデューサーが倒れてしまって…もう俺をY呼んだりコンサートをしたりとか、そういった状態じゃなくてね…早くよくなってほしいと思いますね…そんなことを思い出させていただきました…」
「沖縄とか大阪とかいろんな街のご当地ソングというか、街の歌を作るのがけっこう好きで、今日は真ん前に僕の大学の後輩(私のことねっ!)がいまして…その大学というのが変わった大学で…大学って言っても専門学校に毛が生えたようなもの…日本全国で試験があるんですよ…北海道から、それこそ沖縄まで…俺たちの時代は国立一期校、国立二期校というのがあって、その間に試験があるんですよ…僕は大阪で受けた…土性さんは名古屋でやったでしょう??(はい、そのとおり!)…地方試験…結局、全員そこは、滑り止めで受けるんです…そこを第一志望でくるやつは、あんまりいない…だから、行ったら全員すべり止めで、そこしか受からなかったやつばかりで…すさんでる!すさんでる!!ろくなやつはいない…(鎌倉研さん自身を指さして)こういうのとか(私を指さして)こういうのばかりです…笑…
山梨県の都留市という街…同じ山梨でも甲府とは違います…もっと南の方…その街に…彼(私のことね!)もそうですけど、僕も大学で行って…でも僕の場合、7年間も大学にいてしまった…普通大学は4年ですよね…でも大学がどうしても残ってくれと…笑…君には、いてもらいたいと…まあ、そこまで言うなら仕方ないなと、大学に7年もいてしまった…笑
で、結局、ご当地ソングが好きなものだから、山梨県都留市の歌を作った…「都留ワルツ」…これ、おもしろいんですよ…どっちから読んでも「ツルワルツ」!…どうよ!回文になってる!!…売りはそれだけよ!!後は、何にもないからね…都留という田舎の小さな街の歌…街の中の川とかお寺とか神社とかみなさん、わからないと思いますけど、そこは全体でとらえてもらいたいなと…反対から読んでも「都留ワルツ」」
実はこの歌
想像できるとおり
私からのリクエストでして
だって「東海ワルツ」じゃなくて
東海市で「都留ワルツ」ですからね…
歌に出てくる
「佐伯橋」「桂川」
私…十日市場というところの
桂川荘に住んでいて…
桂川に架かっている
「佐伯橋」は毎日渡ってたんですね…
山女魚のいそうな…ちょとした渓谷のような渓相で…
「三つ峠」
ワンゲル部時代に
よく登ったなあ…
1年生のとき…リュックに砂利の重し20キロくらいしょってね…
ちなみに
旧五百円札に描かれた富士山は
三つ峠山からみた富士山だったんだよ!!
「蒼竜峡」…バイクで遊びに行きました…
「谷村町」…十日市場というところに住んでいた私にとっては
谷村町は東京でいうところの「銀座」「六本木」
名古屋でいうところの「錦」のような場所でした…笑
いやあ懐かしい!!思い出す!思い出す!!約30年前の景色…
めちゃめちゃ心にしみる!しみる!!
さてさて
私だけ喜んでいるのかと思いきや
歌い終わると
お客さんから…割れんばかりの拍手が!!
東海市の人にも
心にしみた「都留ワルツ」
♪今では心の都留ワルツ~
思えば大学を卒業してから
1回も行っていない街だけれど…
「都留ワルツ」に感動してか
お客さんから、沖縄の歌を歌ってと、またまた熱いリクエストが…
鎌倉研さん
「作ろうか…即興で…笑…「野底岳」の曲の歌詞カードあったかな…」と
探しながら…
「石垣島の野底岳…あ、歌詞カードがみつかりました…」
雄さんに「2カポのC」と教えて
「沖縄本島から南西の方に八重山諸島…天気予報では先島諸島って言いますね…八重山諸島と先島諸島の違い…八重山は宮古島は入らない…先島諸島は宮古島から…八重山諸島は石垣島から南西…沖縄本島から石垣島まで450キロ、同じ沖縄県なのに、横浜、大阪間くらい離れています…そこに野底岳という山があって、そこに伝説があるんですが、石垣島の隣に黒島という小さな島があって、そこは向こうの方言でプシマ…江戸時代に石垣島が津波に襲われて、人口の半分がなくなってしまうことがあって…で、隣の黒島の人口が凄く増えてしまっていた…そのときに「強制移住」という、今では考えられないような出来事が黒島でありまして…それは道に棒を1本立てて、その棒がポンと倒れて、その棒のこっち側左側は黒島に残りなさい…こっち側右側は石垣島に移って農作業をしなさい…といったそういう歴史があって…そこで、よくありそうな話ですけど石垣島に行く方と黒島に残る方で別れ離れになる男女がいる訳ですね…女性の方は石垣島に行く…男性は黒島に残ってしまう…男性は「カニムイ」という名前…女性は「マーペー」という名前…「マーペー」は石垣島へいって野底岳という山に登って、黒島の方を向いて祈り続けていたら、その祈ってる姿が岩になった…そういう伝説があります…確かに野底岳という山に登ってみると…人が拝んでいるような岩があります…これは石垣島の島唄で「マーペー」のことを歌った「ちんだら節」という歌…それを鎌倉研が現代語訳して見事にフォークソングとして結実しました!」
お客さんから声が飛ぶ!!
「それが言いたかったんだ!!話が長い!!…笑」
「フォークソングって言うと反戦歌ですよ…もともとは…俺は全然、そういう歌がなかったけど、唯一、この歌が棒1本隔てて別れることになった琉球王朝に対する反体制の歌としてとらえていただければ…それを見事な綺麗なラブソングに替えさせていただきました…」
「野底マーペー」
はい…
見事にフォークソングとして…生まれ変わったその完成度の高さ!!
なじみやすい…心癒されるメロディー
そして鎌倉研さんの唄…
それは切ないラブソングでした!
寄り添う…即興と思われる雄さんのギターも素晴らしい…
「ぼちぼち時間なので後半戦に行こうと思います…鎌倉研も、ほんの少しだけど有名になりました…受刑者の間でね…犯罪者の中では有名なんです…20年も刑務所に行ってますから…一般人にはあんまり知られてないんですけど…その中で、刑務所で歌う歌があって、受刑者の人が、涙してくれる歌がありまして…「ブラザー軒」…そういうお店が仙台にあって、今でもあるんです…今は「ブラザー軒ビル」になっていますが…そこを歌った歌…明治時代からある洋食屋さん!!アイスクリームとかかき氷とか…そういうお店の歌…これが、ちょっと変わった歌で…よく歌ってるんで…
で…お客さんが「研さん!研さん!!あの歌やってよ!お盆の歌…お盆の…」
「俺、お盆の歌なんてないのよ」というと
「あるやん、研さん、お盆の…死んだお父さんと死んだ妹が出てくる歌あるやん!」
「あれ、お盆ちゃうよ!七夕や!」
そう…七夕の歌
ちょいと季節外れだけど…
「ブラザー軒」
この歌聴くと自然に思い出されるのが
高田渡さん!!
歌以上に…
人柄が好きで…
ライブにも何度も何度も出かけたなあ…
ライブで3曲くらい歌って…あとは…ずっとボソボソしゃべってる!!
そんな高田渡さんの魅力にはまっていた頃のことを思いだす…
この歌
久しぶりに聴いたな…
懐かしくもあり
ちょっと切なく
また…このゆったりとした3拍子のリズムが
お酒にあうんだよね…笑
続いて
「プカプカ」
もうここ、スナック「ゼロ」にぴったりのこの歌
だって…お客さんのほとんどが
煙草「プカプカプカ」
スモークをたかなくても
煙草の煙で
鎌倉研さんのステージに
スモークがたかれてるようになってる???
そんななか
雄さんのギターがブルースフィーリング溢れる感じでええ感じ!!
鎌倉研さん
この歌を歌いながらも…この歌詞の中の一部を取り上げて…
「この歌詞は凄いね…♪俺のあん娘は男が好きで いつも Hu Hu Hu Hu Hu
おいらのことなんかほったらかしで いつも Hu Hu Hu Hu Hu
あんたがあたいのねた男たちと 夜が明けるまでお酒のめるまで
あたい男やめないわ Hu Hu Hu Hu Hu Hu Hu Hu~なんちゅう女じゃ!西岡恭蔵がかいた!西岡恭蔵でてこーい!!」なんて語ったりして…
これにて
本編終了
アンコールは
マスターからのリクエスト…
鎌倉研さん
「これを最後にお時間のある方は残っていただき、芸能人と民間人の集いを…」
と言えば
お店の方が
「この後、流しのお兄さんがいるよ!」
「じゃあ、流しのお兄さんにお任せして」
ラストは
「濡れ色の想い出」
なんだか
濡れ色がどんな色か
おぼろげながらもその色彩がみえうるような
ちょっと切ない心象風景が描けた素敵な歌でした…
鎌倉研さんのライブは
MCで笑いに笑って
歌でほろっとさせる
どこかのアーモンドチョコレートのように
一粒で2度おいしいライブ!!
そんな鎌倉研さんに知り合えたのも都留文科大学出身だからこそ!!!
ああ、30年ほど前に落っこちた関西にある国立大学や
関西有名私立大学に行かなくてよかった…受からなくてよかった???笑
都留文科大学ばんざい!!
バイトでお世話になった
大学前の「文化飯店」や「川藤」
山中湖畔のカフェは今はどーなってるんだろう…
桂川荘は壊されたってきいたけど…
死ぬまでに??
一度は行きたいな…都留市へ…
煙草の煙が目にしみ
ビールが喉元にしみそんな20歳くらいのときのことを
思い出させてくれた
鎌倉研さんの唄が心にしみたのでした…
鎌倉研さんのライブ
休憩挟んで…
っていうよりも
休憩中もずっとステージにいてまして
雄さん…
宿泊場所の
"Sweet Home anjo"のことを語る…
なんでも
"Sweet Home anjo"から途中
立ち寄り湯に寄って
ここ東海市に来ようと思って探してたら
最近引っ越した"Sweet Home anjo"
のすぐ近くに
「安城コロナ」があって
そこに立ち寄り湯があることを
たまたま…みつけたことを喜色満面…
まるでコロンブスが大陸を発見したような感じで
話してくれる雄さん…
雄さんの喜び???が
ひしひしと伝わってきました…笑
そんな退屈を全くしない休憩をはさんで
第2部
まずはお店の従業員というか
ママさんかな…
詳しくは「ゼロ」の常連さんじゃないからわかんないけど…
鎌倉研さんが紹介します…
「私の…元…愛人」…笑…
第2部のはじまりの
最初の一言がこれですからね…笑
女性が
「元、なのよ!!捨てられたのよ!」
とノリツッコミをすれば
鎌倉研さん
「金が続かなかった…笑…金のかかる女なのよ!」
さらに
ノリツッコミ!!…笑
ここで鎌倉さん
「スマホでちょくちょく録られてる方もいますけど、そこには肖像権というのがあって、歌ってるところを動画で録ると著作権、そのどちらもない鎌倉研…笑…ただし、動画、写真、必ずSNSにあげること…笑…では、「ゼロ」が誇る歌姫(お店の女性)と一緒に…」
「花のように鳥のように」
いやあ…
独特の味のある鎌倉研さんの唄が強烈に沁みる…
まさに…昭和歌謡…日曜でも…昭和かよう
こんな素敵な歌がきけるんだったら
「ゼロ」にかよう!かよう!…笑
演歌…演歌…これでええんか…笑
はい!エエのよ!…笑
昭和の「スナック」のこの雰囲気に
ぴったりあった感じ…
さらに
雄さんの泣きのギターがめちゃいいのよ!!
「ありがとー!ありがとー!こうして、みなさんも一人2500円払えば、一緒に歌えますけど…あ、もう2500円払ってる??(チャージ代のことねっ…笑)…いろんなところで歌っています…日本中行ってるんですけど、こうやってお店の方と歌うのは初めてですね…嬉しいです…いろんなところに行くんですけど…1年に1回、必ず特殊な場所に歌いに行きます…それは、大阪刑務所…毎年6月に刑務所に慰問にいくんです…受刑者は1400人、1400人がいっぺんに入る場所がなくて、体育館でやるんですけど…朝2回、午後1回の3回公演…受刑者は鎌倉研が聴きたいからと言って、リクエストがあって呼ばれている訳ではなく、たまたま「慰問」があって、仕方なく体育館で俺の歌を聞かされる…「慰問」と言ってますけど、彼らには「拷問」かも知れない…笑…聴きたくもないかも知れない歌をね…聴かされる…笑…これを20年やってるんですよ…1年に2回行くときもあるります…女子刑務所にも行きました…佐賀県の鳥栖という街にある九州に一つしかない女子刑務所…やっぱ20年やってると,刑期を終えて出所する方たちがでてくるでしょう…その方々の中で、ライブハウスに来てくれる方がいるんです…すごいでしょう…実にありがたい…今まで廻ってる中で3回あった…鳥栖の女子刑務所に歌いに行ってから何年か経ったときに福岡に歌いに行ったときに、女子の元受刑者が訪ねにきてくれたことがあった…さらに、あと二つあるんですけど、そのうちの一つを紹介しよう…
群馬県の前橋…場所がライブハウスじゃなくてクラブ…オネーチャンがいっぱいいててソファーがいっぱいあって真ん中が広くてダンスが踊れるようになっているような…そこで、リハが終わって呑んでたら、ママさんが祝儀袋もってきて「これ、研さん」と…「これ、ギャラじゃないですよ…あそこに座ってる方のご祝儀ですよ」と
その方はパンチパーマに薄い茶色のサングラス掛けててスリピースをばちっときめてて、両サイドに女の子がいてて…
ちょいと挨拶にと「俺のこと、どこのライブハウスで知ったんですか??」と尋ねたら…」
ここで
お客さんが答える!
「刑務所!!」
すると
研さん
「オチを最初に言うな!そもそも最初からゆうてるやん!受刑者が聴きに来てるって…この話の間がおもしろいねん!!」
「お酒は「オールド・パル」氷もなにも入れずにドボドボと継いでくれて、呑んだら喉が熱い!熱い!!で、その方が語る声は実に渋く…
「こういう仕事をしてると呑む機会が多いと思うけどあんまり呑みすぎたらあきまへん!!」」
話の途中ですが
ここでお客さんが
「さすが、大阪人間、オモシロイ!!」
鎌倉研さん
「大阪の人間がみなオモシロイ訳じゃない…ひきこもりもいますから…笑…で、話に戻って、どこのライブハウスで俺のこと知ったのか…もしかしたらCDを持ってくれてるのかも知れんと、どこで知ったのか訊き出したかった…」…で訊いたら
渋い低音ボイスで
「名古屋に5年大阪に7年…」
この時にピンときました!大阪の7年のときに俺が歌いに行った…12年の懲役をやってた人だと…
で、またまた渋い声で
「こういう仕事をしてると呑む機会が多いと思いますけどあんまり呑みすぎたらあきまへん、鎌倉さん、日本全国に研さんの唄を届けてください…」
僕も渋く低音で
「はい、わかりました…」
「あの時…俺は鎌倉研じゃなかった…高倉健…」
…笑…
まるで下手な落語家よりオモシロイ
サゲもばっちり!!
「マスターから電話をいただいて、その時にリクエストをもらった曲を…」
「酔いどれぼっち」
ちょいと切ない
これまた昭和歌謡
雄さんの添える
ブルースフィーリング満載のギターが
心地よい!!!
まるで鎌倉研さんの唄が「酒」のように
こちらも酔うてきますなあ…
鎌倉さん
歌い終わって
「雄さん、いいギター弾きますね…凄いよね…何が凄いかっていうと…俺の教えた通り…笑…弾くからね…」
ここで
鎌倉研さん
お酒を…
「俺は酔えばなんでもいい…沖縄に行ったらハブのまるのみをのみます…」
ここでお客さんからリクエストが飛ぶ!
「沖縄の歌を歌ってよ」
まるで流しの歌うたいみたいに
すぐと歌える千両役者の鎌倉研さん!
そのときにお客さんの携帯が鳴ると
「大丈夫よ、こっちのボリューム下げるから…」
なんて笑わせて
「十九の春」
唯一無二の唄声はお酒のように沁みる!沁みる!!
な、なんと歌い終わった時に
お客さんからおひねりをいただく鎌倉研さんと雄さん
鎌倉研さん
「もう1回歌おうか!…笑」
雄さん…
目の前にニンジンがぶら下がった競走馬のように??
もう1回…弾く気マンマン…笑
「石垣島にご縁があって、一番多い時に石垣島に1年間で5回、行ったこともあります…Peach(ピーチ)という安い飛行機があって、関空から直で飛ぶ飛行機があって…で、今まで通算すると12、3回行ってますね…向こうで仲間ができて、石垣島の歌を作ろうってことになって、石垣島に野底岳という山があります…そこに伝説があって、歌を作ったんですけど…今日は歌詞カードを忘れてしまってて、まさかこういう展開になるとは思わなかったんで…やっぱ、持ち歩かないといけませんね…沖縄の方がいらっしゃったということで…これでご勘弁していただいてよろしいですか…ありがとうございます…次は、もう1曲マスターからのリクエスト曲を…」
「Urban Shot」
ブルージーに奏でる雄さんのギターを思い切り
フューチャして
その中で鎌倉研さんのしゃがれた歌が響き渡る…
旅愁感も感じられる孤独な男が
微かな夢を持ち続けて…そんな主人公の姿が浮かび上がる…
沖縄出身のお客さんに問いかけるように
「いやあ…沖縄から逃げてきたの??…笑…あ、仕事でですか…いや、私は逃げ回っていますので、ついついそう思ってしまいます…笑…石垣島には、たくさん行っててCDまで作ったんですよ…野底岳の歌も作りました…作った時の石垣島のプロデューサーが倒れてしまって…もう俺をY呼んだりコンサートをしたりとか、そういった状態じゃなくてね…早くよくなってほしいと思いますね…そんなことを思い出させていただきました…」
「沖縄とか大阪とかいろんな街のご当地ソングというか、街の歌を作るのがけっこう好きで、今日は真ん前に僕の大学の後輩(私のことねっ!)がいまして…その大学というのが変わった大学で…大学って言っても専門学校に毛が生えたようなもの…日本全国で試験があるんですよ…北海道から、それこそ沖縄まで…俺たちの時代は国立一期校、国立二期校というのがあって、その間に試験があるんですよ…僕は大阪で受けた…土性さんは名古屋でやったでしょう??(はい、そのとおり!)…地方試験…結局、全員そこは、滑り止めで受けるんです…そこを第一志望でくるやつは、あんまりいない…だから、行ったら全員すべり止めで、そこしか受からなかったやつばかりで…すさんでる!すさんでる!!ろくなやつはいない…(鎌倉研さん自身を指さして)こういうのとか(私を指さして)こういうのばかりです…笑…
山梨県の都留市という街…同じ山梨でも甲府とは違います…もっと南の方…その街に…彼(私のことね!)もそうですけど、僕も大学で行って…でも僕の場合、7年間も大学にいてしまった…普通大学は4年ですよね…でも大学がどうしても残ってくれと…笑…君には、いてもらいたいと…まあ、そこまで言うなら仕方ないなと、大学に7年もいてしまった…笑
で、結局、ご当地ソングが好きなものだから、山梨県都留市の歌を作った…「都留ワルツ」…これ、おもしろいんですよ…どっちから読んでも「ツルワルツ」!…どうよ!回文になってる!!…売りはそれだけよ!!後は、何にもないからね…都留という田舎の小さな街の歌…街の中の川とかお寺とか神社とかみなさん、わからないと思いますけど、そこは全体でとらえてもらいたいなと…反対から読んでも「都留ワルツ」」
実はこの歌
想像できるとおり
私からのリクエストでして
だって「東海ワルツ」じゃなくて
東海市で「都留ワルツ」ですからね…
歌に出てくる
「佐伯橋」「桂川」
私…十日市場というところの
桂川荘に住んでいて…
桂川に架かっている
「佐伯橋」は毎日渡ってたんですね…
山女魚のいそうな…ちょとした渓谷のような渓相で…
「三つ峠」
ワンゲル部時代に
よく登ったなあ…
1年生のとき…リュックに砂利の重し20キロくらいしょってね…
ちなみに
旧五百円札に描かれた富士山は
三つ峠山からみた富士山だったんだよ!!
「蒼竜峡」…バイクで遊びに行きました…
「谷村町」…十日市場というところに住んでいた私にとっては
谷村町は東京でいうところの「銀座」「六本木」
名古屋でいうところの「錦」のような場所でした…笑
いやあ懐かしい!!思い出す!思い出す!!約30年前の景色…
めちゃめちゃ心にしみる!しみる!!
さてさて
私だけ喜んでいるのかと思いきや
歌い終わると
お客さんから…割れんばかりの拍手が!!
東海市の人にも
心にしみた「都留ワルツ」
♪今では心の都留ワルツ~
思えば大学を卒業してから
1回も行っていない街だけれど…
「都留ワルツ」に感動してか
お客さんから、沖縄の歌を歌ってと、またまた熱いリクエストが…
鎌倉研さん
「作ろうか…即興で…笑…「野底岳」の曲の歌詞カードあったかな…」と
探しながら…
「石垣島の野底岳…あ、歌詞カードがみつかりました…」
雄さんに「2カポのC」と教えて
「沖縄本島から南西の方に八重山諸島…天気予報では先島諸島って言いますね…八重山諸島と先島諸島の違い…八重山は宮古島は入らない…先島諸島は宮古島から…八重山諸島は石垣島から南西…沖縄本島から石垣島まで450キロ、同じ沖縄県なのに、横浜、大阪間くらい離れています…そこに野底岳という山があって、そこに伝説があるんですが、石垣島の隣に黒島という小さな島があって、そこは向こうの方言でプシマ…江戸時代に石垣島が津波に襲われて、人口の半分がなくなってしまうことがあって…で、隣の黒島の人口が凄く増えてしまっていた…そのときに「強制移住」という、今では考えられないような出来事が黒島でありまして…それは道に棒を1本立てて、その棒がポンと倒れて、その棒のこっち側左側は黒島に残りなさい…こっち側右側は石垣島に移って農作業をしなさい…といったそういう歴史があって…そこで、よくありそうな話ですけど石垣島に行く方と黒島に残る方で別れ離れになる男女がいる訳ですね…女性の方は石垣島に行く…男性は黒島に残ってしまう…男性は「カニムイ」という名前…女性は「マーペー」という名前…「マーペー」は石垣島へいって野底岳という山に登って、黒島の方を向いて祈り続けていたら、その祈ってる姿が岩になった…そういう伝説があります…確かに野底岳という山に登ってみると…人が拝んでいるような岩があります…これは石垣島の島唄で「マーペー」のことを歌った「ちんだら節」という歌…それを鎌倉研が現代語訳して見事にフォークソングとして結実しました!」
お客さんから声が飛ぶ!!
「それが言いたかったんだ!!話が長い!!…笑」
「フォークソングって言うと反戦歌ですよ…もともとは…俺は全然、そういう歌がなかったけど、唯一、この歌が棒1本隔てて別れることになった琉球王朝に対する反体制の歌としてとらえていただければ…それを見事な綺麗なラブソングに替えさせていただきました…」
「野底マーペー」
はい…
見事にフォークソングとして…生まれ変わったその完成度の高さ!!
なじみやすい…心癒されるメロディー
そして鎌倉研さんの唄…
それは切ないラブソングでした!
寄り添う…即興と思われる雄さんのギターも素晴らしい…
「ぼちぼち時間なので後半戦に行こうと思います…鎌倉研も、ほんの少しだけど有名になりました…受刑者の間でね…犯罪者の中では有名なんです…20年も刑務所に行ってますから…一般人にはあんまり知られてないんですけど…その中で、刑務所で歌う歌があって、受刑者の人が、涙してくれる歌がありまして…「ブラザー軒」…そういうお店が仙台にあって、今でもあるんです…今は「ブラザー軒ビル」になっていますが…そこを歌った歌…明治時代からある洋食屋さん!!アイスクリームとかかき氷とか…そういうお店の歌…これが、ちょっと変わった歌で…よく歌ってるんで…
で…お客さんが「研さん!研さん!!あの歌やってよ!お盆の歌…お盆の…」
「俺、お盆の歌なんてないのよ」というと
「あるやん、研さん、お盆の…死んだお父さんと死んだ妹が出てくる歌あるやん!」
「あれ、お盆ちゃうよ!七夕や!」
そう…七夕の歌
ちょいと季節外れだけど…
「ブラザー軒」
この歌聴くと自然に思い出されるのが
高田渡さん!!
歌以上に…
人柄が好きで…
ライブにも何度も何度も出かけたなあ…
ライブで3曲くらい歌って…あとは…ずっとボソボソしゃべってる!!
そんな高田渡さんの魅力にはまっていた頃のことを思いだす…
この歌
久しぶりに聴いたな…
懐かしくもあり
ちょっと切なく
また…このゆったりとした3拍子のリズムが
お酒にあうんだよね…笑
続いて
「プカプカ」
もうここ、スナック「ゼロ」にぴったりのこの歌
だって…お客さんのほとんどが
煙草「プカプカプカ」
スモークをたかなくても
煙草の煙で
鎌倉研さんのステージに
スモークがたかれてるようになってる???
そんななか
雄さんのギターがブルースフィーリング溢れる感じでええ感じ!!
鎌倉研さん
この歌を歌いながらも…この歌詞の中の一部を取り上げて…
「この歌詞は凄いね…♪俺のあん娘は男が好きで いつも Hu Hu Hu Hu Hu
おいらのことなんかほったらかしで いつも Hu Hu Hu Hu Hu
あんたがあたいのねた男たちと 夜が明けるまでお酒のめるまで
あたい男やめないわ Hu Hu Hu Hu Hu Hu Hu Hu~なんちゅう女じゃ!西岡恭蔵がかいた!西岡恭蔵でてこーい!!」なんて語ったりして…
これにて
本編終了
アンコールは
マスターからのリクエスト…
鎌倉研さん
「これを最後にお時間のある方は残っていただき、芸能人と民間人の集いを…」
と言えば
お店の方が
「この後、流しのお兄さんがいるよ!」
「じゃあ、流しのお兄さんにお任せして」
ラストは
「濡れ色の想い出」
なんだか
濡れ色がどんな色か
おぼろげながらもその色彩がみえうるような
ちょっと切ない心象風景が描けた素敵な歌でした…
鎌倉研さんのライブは
MCで笑いに笑って
歌でほろっとさせる
どこかのアーモンドチョコレートのように
一粒で2度おいしいライブ!!
そんな鎌倉研さんに知り合えたのも都留文科大学出身だからこそ!!!
ああ、30年ほど前に落っこちた関西にある国立大学や
関西有名私立大学に行かなくてよかった…受からなくてよかった???笑
都留文科大学ばんざい!!
バイトでお世話になった
大学前の「文化飯店」や「川藤」
山中湖畔のカフェは今はどーなってるんだろう…
桂川荘は壊されたってきいたけど…
死ぬまでに??
一度は行きたいな…都留市へ…
煙草の煙が目にしみ
ビールが喉元にしみそんな20歳くらいのときのことを
思い出させてくれた
鎌倉研さんの唄が心にしみたのでした…