新・日記どす(DOS)

写真は「ビートルズ」のヘルプごっこ(笑)~音楽からB級スポット訪問記まで、幅広くいろんなことを…笑いをこめて…綴ります~

松阪市にある松ヶ島城跡に行く…

2022-09-26 06:28:15 | B級スポット

三重県松阪市にある

松ヶ島城跡に行く…

城址へは、田んぼの畦道が細すぎて、軽四でもアクセス不能…

戦国時代のように、馬ならアクセスできそうですが…生憎、馬は持ち合わせていないので、途中で軽四を停めて…

この細い道を、徒歩で…とほとほ

 

 

途中のこの祠は

松ヶ島城が栄えていたときに、もともとお寺があった址地だったのでしょうか…

 

辺り一面は田畑…田畑…

 

その中で、あの木の生い茂った丘が松ヶ島城跡です…

1567年、織田信長軍の侵攻に備えて、北畠具教が築いたとされる城…日置大膳亮に守らせ、その頃は、細首城と呼ばれていたそうな…
 
1569年の織田信長軍の侵攻の際は北畠具教が自ら城を焼き、一旦廃城する
 
織田信長軍の侵攻後は、信長の次男、織田信雄が、新たに田丸城を築いた…しかし、1580年、田丸城が焼失したのを機に、織田信雄が、この細首城を大改修して天守を備えた城郭を築き、松ヶ島城と改称したそうな…
5層の天守閣をもつ堂々とした平城だったとか

本能寺の変で織田信長が倒れると、信雄は清州城へ移り、松ヶ島城は家臣・津川玄蕃允義冬に預けることになる…1584年、信雄と秀吉が対立する小牧・長久手の戦いの余波で、津川玄蕃允義冬は誅殺され、秀吉軍の猛攻に遭い落城…その後、秀吉方の蒲生氏郷が入城し南伊勢支配の拠点として栄えたが、松坂城の完成とともに蒲生氏郷は、松阪城へ…それと同時に廃城となった…そんな松ヶ島城…

とにかく、松阪城築城前には、ここが南伊勢の拠点といっても過言ではないほど、壮大なイメージを抱かせてくれる城であります…

 

なので、攻城するも大変!!大変!!

時は2021年夏のこと…

織田信長軍の侵攻のような…あるいは秀吉軍の猛攻のような、強烈な日差しが、襲う!!襲う!!!

 

城址のそばに辿り着けば、すぐ横が堆肥置き場??

 

 

 

雨上がりで、足元もドロドロ、そして漂ってくる織田信長軍の侵攻のような…あるいは秀吉軍の猛攻のような堆肥臭

 

そして、城址の小高い丘(天守跡)は…草がぼうぼう…

織田信長軍の侵攻のような…あるいは秀吉軍の猛攻のような藪蚊が…ひょっとしたらダニも…

 

 

 

叢に埋もれつつある城址を示す石碑…

そして、足元は草ぼうぼう…虫よけスプレーという援軍に手伝ってもらって凌ぎながら眺めた「解説案内板」

 

この辺は海に囲まれて、堀を巡らせていたんですね!!

 

藪蚊と戦いながら、丘の頂上へ…

 

 

出土品っぽいけど、出土品がこんな無造作に置かれている訳はないので…(笑)

 
 
 
 
ベンチがありましたが、ここに座れば、織田信長軍の侵攻のような…あるいは秀吉軍の猛攻のような藪蚊の軍勢に攻められ、かつこのクソ暑さ、討死しちゃうかも???
 
 
 
湿度の高い、ムシ暑さ…堆肥臭、そして藪蚊の侵攻に耐えながら…
でも、天守から眺める北畠具教や織田信雄、蒲生氏郷気分を、ほんの数十秒味わった私だったのです…
 
ここで、私こと松尾ドショウが…攻城し味わった…この感動を
俳句にして、最後に一句
 
 
 
「松ヶ島や ああ松ヶ島や 松ヶ島や」笑…
 
 


コメントを投稿