新・日記どす(DOS)

写真は「ビートルズ」のヘルプごっこ(笑)~音楽からB級スポット訪問記まで、幅広くいろんなことを…笑いをこめて…綴ります~

駿府城天守台発掘現場と…「発掘情報館 きゃっしる」!!

2020-02-11 00:40:40 | B級スポット
駿府城…


と言えば
真っ先に浮かび上がるのが

徳川家康…


その家康は

今川義元の時代には、
幼名 松平竹千代として、人質として19歳までの12年間、駿府で生活していたのは
みなさんご存知だろうか…


しかし
その今川軍は
戦国争乱の中、
甲斐の武田信玄に攻められて掛川に落ち、駿府の町は焼き払われることに…
その後
駿河国を領国の一つとした徳川家康は
1585年から居城として駿府城の築城を始めて1589年に完成させたらしい…



しかし、家康は1590年
豊臣秀吉の命によって関東に移封され



豊臣秀吉の家臣
中村一氏が
ここ駿府城の城主となったとか


その後の…

豊臣秀吉亡き後
関ヶ原の戦いに勝利した家康は、江戸幕府を開き、天下統一したのは誰もがしるところ…



で…
1605年、将軍職を2代秀忠に譲った家康は、
その翌年駿府を「大御所政治」の拠点の地と定めて再び戻ってくることになる…



家康は、晩年も「大御所」として天下の実権を掌握し
駿府は江戸を凌しのぐ政治・経済・文化の中心だったのです…


そんな駿府城











…は…只今発掘中…


ここは

明治時代
静岡連隊誘致のために
天守台、本丸土手などを取り崩し
本丸堀を埋め立てて平地をつくる必要性があったのよ…

静岡連隊が誘致できれば
静岡の街が潤うという経済発展の理由で…

で…その後は
現在、ここにあるように公園として生まれ変わっている
駿府城公園の一部エリアが
今、発掘されているんですね…


「のぞいてみよう」




と言われれば
「のぞきたくなる」!!のは
どうしてでしょう…笑


「のぞく」という言葉は
「男」を積極的にさせる???
魔法の言葉ですな…






覗いてみても
期待以上のものは???何もみられず…
想像したとおりの

ブルーシートに覆われた発掘現場が
あるだけでしたが…







そこは
嬉しいことに

入場無料!
入場無料!
入場無料!


要は…タダ…

「無料」という言葉は
「私」を積極的にさせる???
魔法の言葉ですな…




その言葉に
魅かれて

駿府城天守台発掘現場へと




さてさて

その発掘の情報を
お知らせしていく
資料館的なハコモノが目に付いたのよ

ハコモノがあったのよ…






プレハブでできている
いかにも
B級スポット感漂う
しょぼいハコモノ
いつでも…取り壊せますよ…的な…


その名も
「発掘情報館きゃっしる」






城のことは英語で
「キャッスル」

驚いて…知識を得ることは
「キャー、知る」



まるで…
オヤジギャグ満載の
このブログに共通する
ひょっとしたら
ネーミングした方は
このブログの愛読者かも知れないなんて
錯覚しそうなネーミング

「発掘情報館きゃっしる」

寄らない訳にはいきません!!
なんせ、無料!無料!!
私の大好きなタダ
ですから…


さてさて
「きゃっしる」というオヤジギャグ満載のハコモノであるにもかかわらず…
私の大好きな
顔ハメパネルや
発掘現場を再現する
等身大人形は一切ありません!!


地方の歴史資料館にありがちな
発掘した瓦と






解説パネル
そして…
発掘の様子を知らせる映像…といたってマジメな???
ハコモノ…


でも
その解説パネルを読んでると
興味がそそられる…











てっきり
幼少、そして晩年と
駿府城は徳川家康のもの…だと思っていたのに

家康の天守台の他に
豊臣方(中村一氏)の天守台も
埋もれていたとか…


先ほど眺めた…
ふーんと何の感動もなく通り過ぎた
金箔のついた瓦…
な、なんと
豊臣方の天守台の方から発掘されたとか…


秀吉の天守台が
出土…???











ってことは
この横に…






豊臣秀吉もしくは
中村一氏の像も作らなきゃ…???…笑




ではでは
早速発掘現場へGO!!











こんな巨石が埋もれていたのですね…





てこの原理を使わずに運ぼうとしたら
腰がやられてしまうよね…


家康、秀吉とか関係なく
その巨石の大きさに
驚いてる…私…
(みる観点がずれているような…笑)


まずは
家康の…
本丸のあった方から
発掘現場を眺める…










本丸には
こんな巨石がゴロゴロ転がっていたのですね…





こうやって積み上げられたものをみただけでも
めちゃ重そうなのに…


これを当時の方は
石垣として
積み上げていったんだもんな…
いくらてこの原理を使ったとしても
ショベルカーがない時代だもんな…

私みたいに
手足を動かさず
口ばかり動かしていた作業員もいたに違いない…
なにをシャベルカー(喋るかー)なんて怒られたりして…
(みる観点がずれているような…笑)








ではでは
今度は
豊臣方の天守台のみつかった
発掘現場へと










この
徳川家康側の石垣と
豊臣側の石垣の違いが分かる
この解説パネル
わかりやすくていいねっ!







手前が家康で
奥が豊臣方





この解説パネルでは
金箔が出土したエリアがよくわかる…





この茶色いシートで
覆われたところから
金箔がゴロゴロでたんですね…





きっとみつけたときは
さぞ、緊迫(きんぱく)した心もちだった心情が察しられます???



家康の
小天守台と










豊臣側の
天守台…





なんか時空を超えて


中村一氏さまが
家康の使っていた天守台なんか使いたくない

一方で
家康さんは
中村一氏の使っていた天守台はいらん!!


なんて二人が
意地を張っていたような
妄想に浸れて楽しくなってくる…




このエリアだけではなく…
もっと発掘現場を広げたら
いろんなものが…まだまだ地中に眠っているのかも知れませんね…


おお、これじゃあ
大道芸フェスティバルの会場が狭くなってしまうじゃないか…
という心配はとりあえず…置いといて…


…近い将来
この横に
豊臣秀吉もしくは…
中村一氏の像が建つのを楽しみ??にして…笑

ついでに
顔ハメパネルも…作っていただいて
「発掘情報館きゃっしる」
には発掘作業員の等身大人形も作っていただいて…笑












のことを
驚きながら知ることができて

「きゃっしる」ことができて
大満足…だったのでした…



みなさんも
駿府城に行ったときは
「のぞいてみよう」…笑






くれぐれも
スカートの中は
「のぞかないように…」???








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