1998年(平成10年)に復原された
現時点での平城宮跡のシンボル
平城宮の正門「朱雀門(すざくもん)」へと…
平城宮の正門「朱雀門」
奈良時代前期の建築なので、様式を同年代の薬師寺東塔や、規模が大きいため、それに近い条件を持つ東大寺転害門を参考にしたそうな
また鴟尾については唐招提寺金銅といった奈良時代のその他の現存する建築も参考にしたとのこと
「朱雀門」は平城京の入口である羅城門から、メインストリートである道幅約75mもの朱雀大路を北へ4km進んだところに、建立されていたそうな
朱雀門の左右には、高さ6mの築地塀がめぐり、約1km四方の広さを持つ平城宮を取り囲んでいたとのことで
この朱雀門は間口約25m、高さ約20mの入母屋二重構造
奈良時代には、奈良の街全体である「平城京」において、この門は天皇や貴族の空間である「平城宮」の玄関口であったため、衛士により厳重に守られ、常に開門がなされていた訳ではなかったとのこと
なので、この開放されてる門は、奈良時代ではほとんど閉じていたんですね…
解説パネルと
当時の想像図
近鉄奈良線の電車からもよくみえそう…
そう、第一次大極殿との間、朱雀門の目の前を近鉄電車が通る…史跡の敷地内を近鉄電車が走る…みようによっては、めちゃシュールな光景
ここに駅ができれば「朱雀門」に行くのに、めちゃ便利だと思うけど、平城宮の歴史史跡のど真ん中の敷地内に「駅」
電車が停まって、この写真の景色の目の前から、人がどどっと降りてくる光景を思い描いたら…奈良時代の風情を感じるにはほど遠くなってしまうような…
やっぱ、今のように近鉄電車は通り過ぎるだけがいいかな
近鉄電車が通りすざくもん(朱雀門)」??
もとい、通りすぎるもん!!!
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