端布に恋した私

小さな端布を 縫い集めてつくるパッチワークは 
私の楽しい趣味の一つです。

白菜の漬物

2005-12-15 | 食べ物
作り方が良かったのか 天候が良かったのか 我が家の今年の
白菜上々の出来。
しっかりとしまり 大きさもLサイズ。
早速 一週間前に三株ほどを四つわりにし 半日お天道様にあて
樽に塩漬けをした 三日ほどで水が上がつた。
 
それを絞って 出し昆布と 我が家で収穫した鷹の爪を交互に入れ
気合を入れて抱えて持ち上げた 重しを乗せ 三、四日で 食べ頃
となる。

色よく漬けあがった白菜を食するとき
旦那は大きめに切ってくれと といい 私は小さく切ったのが好き。
そこは 長年の付き合いで心得たもの。
お互い 別別の皿に盛りすりゴマを掛けて食卓に並ぶ。

この寒い時期 白菜付けは 一番おいしい。
この冬は 何回重いおもしを 抱えることになるだろうか

田舎暮らし

2005-12-14 | Weblog
親を看るとゆうことと 長男と所帯を持ったことで 予想外
の 田舎暮らしを始めて二十年になろうとしている。
生まれ育った土地に暮らした年数を超えててしまった。

故郷は 同じ県内の電車で一時間ほどの距離なのに
両親のいなくなった故郷は 遠くにいて懐かしむ だけ
で 時折電話をくれる弟とも お互いの無事を確認する
だけとなった。

それに比べて暢気なはずの 田舎の暮らしは別の見方をすれば
わずらわしいことも多い。
私の住む 集落は三十二戸 たいていの家には隠居 と呼ぶ
別棟があるので 家のかずは三割がた多い。
区長 班長 公民館長 婦人会長 班長 親子会長 老人会会長
消防団 青年団 集落の神社の氏子代表 となんらかの
役がまわってくる。

一年間の行事にしても 十二月の〆の地区総会 一月の地区総会
神社の年越しの行事 新年になれば田んぼの溝さらえ あぜ焼き 
道路の草刈年四回 墓掃除年四回 地区全体のレクレーション
社日講 神社の祭り四回 月一回の婦人会 と田舎は自分のことは
自分での主義で 運営されている。
勿論万一の火災や 水害 行方不明者と住民のために消防団
は飛んでいく。

暢気な田舎暮らしを 夢見ていた者は はじめは戸惑いを感じるが
そこに住む以上 慣れなければならない。
「○○さん」と呼ばれていたのが「○○チャン」とよんで
もらえるようになれば 周りに受け入れてもらえた証拠になる。
この歳になってもまだ 故郷を懐かしみながら暮らしているのは
やっぱり 生まれたときの摺込みが消えずに残っている
からだろうか?

陽だまり

2005-12-11 | Weblog
今年も 残り半月ほどになった。昨日も今日もたいして変わり
は ないのに新しい年がやってくる となると なんとなく
気ぜわしい。
そんな 日曜日の午後廊下の陽だまりで ぼんやりと していると
やっと 私の心のカレンダーが動き始めた気がする。

丁度三年前 足腰丈夫で 自分も 息子も 嫁も分からない
義父を介護していた。

別棟に住む義父は 一晩中鍵を閉めて回り 蛍光灯を消したり
付けたり どうかすると夜中に 徘徊して いなくなり
皆で探していると 畑に寝ていたこともあった。
腰には あらゆる紐を巻きつけ 礼服のネクタイまで締めていた事も
あった。
あんなにしっかりもので 几帳面な人だったのに との嫁の思いと
完全な痴呆症の義父との 思いは しばしば衝突した。
寒い朝 冷たい雑巾で 汚物を拭いて回りながら 何で私が
こんな目に合うのだろうと 何回も涙した。

そんな義父も 三年前に見送った。九十四歳だった。
楽になったはずなのに いろいろなことが思い出され
自分を責め 反省し 後悔の毎日でなかなか 時間が前に
進まない 気がしていたが ようやく自分に納得させることが
できたような気がする。

いろいろな事情で 介護の毎日の人のことを思うと 胸が
締め付けられる気がします。

葛 湯

2005-12-07 | 食べ物
例年になく 暖かい日が続き 冬が来るのだろうか
と思っていたら 今朝は急に寒くなり 畑は一面の霜です。
北国の冬に比べたら ここ宮崎の冬はまあまあの辛抱できる
冬です。

昨日畑の ジャガイモを一株掘って見たら 大きいのがごろごろ
豊作です。 早速ポテトサラダの一品が夕食に並びました。
形は不ぞろいでも 我が家で収穫したものは 一味違います。
なぜだろう? 
きっと 自分の思い入れの一味が加わっているからだろうと
思います。
この冬は じゃがいも料理が多くなりそうです。

料理といえば 冬に飲む暖かい飲み物 コーヒー ココア 
ぜんざい 甘酒 紅茶 といろいろあるけど 私はこの時期の
暖かい 葛湯が大好きです。
ふう ふう言いながら 匙で口に入れると 心まで温かくなり
大好きな飲み物です。
子供の頃 病気になったとき 母が作ってくれた昔の記憶が
どこかに 残っているからでしょうか。