アウトサイダー・オカルト評論家コリン・ウィルソンの小説「賢者の石」はおもしろい。
莫大な遺産を貰い、友人リトルウェイとともに前頭頭部葉にニューマン合金を埋め込んで天才になった主人公レスターが、本を読みまくり、音楽を聞き漁り、歴史の謎を解きまくる。ウルトラ・ハイな主人公レスターである。
レスターにはいかにして死なずに済むか、という関心ごとがある。研究の結果、多くの恍惚を味わった芸術家、作家、作曲家は総じて長生きだと思うに至る。脳科学の成果を利用して、脳に超合金を移植して、ハイスピードで進化してしまう。進化したレスターとリトルウェイは、あらゆる文化を吟味する。彼らによれば哲学史を透視したのはヤスパースであり、最も恍惚の高みにある音楽はフルトヴェングラー指揮のブルックナーであり、またフレドリック・ディーリアスである。彼らは次第に過去が透視できるようになる。古代の遺物や原始時代の石器を見ただけで、その時代の様子がありありと目に浮かぶのだ。その結果不死の秘密を知った古きものどもが人類の歴史を操っていたことに気づく。
おもしろいのはコリン・ウィルソンが独学で哲学やオカルトを読みまくった結果、知恵熱が出て、思考が先走ってほとばしり出て止まらないという個人的体験が、このSF小説に詰め込まれているということだ。また脳手術でオカルト的知見を得るレスターとリトルウェイはSF版のシャーマンだということだ。エリアーデの「シャーマニズム」には額に水晶を埋めてオカルト的知見を得る例がいくつか書いてあるが、高嶺剛の映画「ウンタマギルー」にも同様の場面があり、発想が似ているのである。プリミティブな知恵が居場所を失った現代イギリスでシャーマニズムを復権させるために考え出された苦肉の策が、この脳手術による進化なのである。おそらくコリン・ウィルソンはジョン・C・リリーみたいに隔離水槽に入って薬をやって超人ハルクのようになりたかったのだろう。現代は再魔術化の時代と言われている。カタブツの自我を吹き飛ばしてヒューマノイドの可能性を極めたい人が増えているのではないか。今は古い呪術にすがれない再魔術願望のある人が個人個人で神話を書いている、という感覚ではないか。その意味でバロウズやティモシー・リアリーやジョン・リリーが身近な時代になったと言えそうだ。