超人日記・作文

俳句を中心に、短歌や随筆も登場します。

#俳句・川柳ブログ 

年越しで生まれ直す

2019-12-30 14:19:58 | 無題
仕事納めの翌日から、毎日、自由作文を6枚
書いてきたけど、昨日の切りの良い所で一旦休止する。
あとは、年度末に時間の許す限り、
法哲学のメモ書きと同時進行で、
作文を書き足してできれば集大成したい。
12月は筆を置いて、年越ししたい。

ワルター録音全集から、旧盤の第九を
繰り返し聞いている。
来年はベートーヴェンの生誕250周年イヤー。
1月は仕事の前に書類の山との格闘。
でも隙を見て、八幡宮に初詣して
短歌が書いてあるおみくじをひいたり、
昆布巻きや鮭の飯寿司をおせちに食べて
ワルター録音全集に入っている、
ヨハン・シュトラウスのワルツ集を聞いて
新年を祝うつもり。

一年の自分を休め来るべき年を迎えて生まれ直そう
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年末の一日と今年回顧

2019-12-29 17:07:29 | 無題
午前中、散歩をして、月寒川のキタキツネの足跡を見る。
そのあと福住珈琲焙煎に開店と同時に入る。
今日は女の人が店を切り盛りしていた。
マンデリンを頼むと大きなマグカップになみなみと
珈琲が注がれて500円。
洋服店で上着やズボン見て帰り、チキンラーメン食べる。
午後、伝承社会の、夢見の文化の作文に着手。
伝承社会の、夢の見者は、天の柱を昇り降りして、鳥のように
世界を見渡したり、上空や地界を旅できるという話。
12月に目標まで書けてよかった。
あとは12月は休んで過ごすつもり。
昨日からブルーノ・ワルターの旧盤の
第九を聞いて、年末の気分を味わっている。
今年のじぶんを振り返ると、メモ書きや自由作文が大いに進んだ。
通常仕事も何とか無事終えた。
クリュイタンスとブルーノ・ワルター箱を入手した。
夏に帰京・上京して友人と会った。
演劇や映画と多く接した。
近郊の月寒公園や西岡公園へ景色を見に行った。
Yahoo!ブログからFC2へ、それからgooブログに移って
読んでくれるいい人が増えた、など多々ある。
人の6倍疲れる体質だが、今年も生き延びた。

作文の頭以外は穏やかに年の終わりの第九まで着く
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夢の見者と4手ピアノ

2019-12-28 19:15:24 | 無題
今朝は久しぶりにまとまった雪が降った。
一時は大吹雪でこれからどうなるか心配なほど。
午後は晴れて町には積もった雪が残った。
私も月寒川のキタキツネの足跡を見たり、
福住珈琲焙煎でくつろいだりしたいのだが、
寝溜めして、力を蓄えて自由作文に力を注ぐ。
今日も夢見の文化の続き。
夢の見者は一旦死んで、夢のなかで
病気の治療法などを学んで生き返る。
今日は4手のピアノによるブルックナー
交響曲全集の発売日。演奏は、ディノ・セクイほか。
HMVが未入荷だったのでアマゾンに乗り換えたが
そのあとHMVに入荷していたし、アマゾンは
年末で発送が遅い。12月中に入手できるか
わからない。1月になると、面倒な書類の山で
手一杯である。翼がほしい。
それでも時間をみつけて、近所の八幡さまに
初詣でに行きたい。ヨハン・シュトラウスも聞こう。

月寒の狐の跡を追いかけて年の終わりに羽根伸ばしたい
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夢見の文化とソフト帽

2019-12-26 21:45:14 | 無題
昨日は、メモ書きを見ながら自由作文に着手していた。
夏に80枚書き、秋に10枚連休などに書き、
年末年始の休みで計100枚に達する希望だったが、
昨日それは叶った。
12月中にもう少しだけ進めそうな気がする。
最近着手しているのは、部族社会の夢見の文化。
夢見の特別な技を使える人を呪師という。
今日は街を往復し、帰宅して銭湯まで往復し、
雪かき用の暖パンを探したが好いのがみつからず、
ホームセンターで濃いグレイのチェックの冬物の
ソフトハットを買って満足して帰った。
グレイのチェックの中折帽も中国から取り寄せて
買ったのだが、お洒落すぎて、フォーマルで、
郊外の質素な職場では少し浮いてしまう。
そこで生地がソフトで畳んで仕舞える冬物の
グレイのチェックのハットを仕事場で被ることにする。
試行錯誤して、地元の感覚に合わせて気分よく
ヤマを越えたい。いろいろ壁はあるが作文が進むと嬉しい。

冬物のソフトハットを手に入れて冬の零下を無事に終えたい
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ノエルに思う歴史2種

2019-12-25 07:00:35 | 無題
クリスマスは気分が新たになって清々しい。
朝起きると枕元に、ジンジャーマンのクッキーが置いてあった。
贈与の霊が働いているような嬉しさ。
長いこと、中断していた自由作文に久しぶりに手を着ける。
 
①歴史は輪のように同じパターンを繰り返すという、古い社会の
人々は、身に降りかかる新奇な災厄を意味づけることができない。
 
②けれども近代ヨーロッパの、時間は常に前に進む、という歴史観は
もとはと言えば、キリスト教が踏み入れた時間感覚であった。
そこに神の意志を見ないかぎり、近代以降の人々は、
歴史の災厄を意味づけできず、だとすれば、絶望に陥るしかない。

キリスト教こそ、歴史は常に前に進むと言い切った、決定的な宗教だと言える。
同じ聖なる時間を繰り返し再現する、伝統的なパターン反復の文化は、
近現代の直線的な歴史の見方に呑み込まれている。
①+②それでも、クリスマスはキリストの生きた時間を再現する
聖なるときの訪れだとも言えるのである。
神話パターンを反復する文化についてはここで区切りをつけてみたい。

長いこと神話パターンを繰り返す古い文化は深層で生きる

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