朝はヨッフム指揮バイエルン放送響のブルックナーのミサ曲を聞く。
続いてサヴァリッシュ指揮ドレスデン・シュタツカペレのシューベルトのミサ曲を聞く。
その後フルトヴェングラー・ザ・レガシーのブラームス聞く。
震災で発売が一カ月延期になったのも記憶に新しい。
今はクレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の1960年ライヴのベートーヴェン交響曲全集を聞いている。
今日は聖書のイエスがエルサレムで演説する場面をギリシア語英語対訳新約聖書で読んだ。
人々は律法学者を先生と呼ぶが、天の父だけが先生であって、人々はみな兄弟なのだとイエスは言う。
私はこのように、ギリシア語英語対訳新約聖書を少しずつ読んで行くのが好きだ。
シュトーレンを子どもがクリスマスを心待ちにして食べるようなものだ。
今年は25日にテンシュテットのコンプリート・マーラー・レコーディングスが届くように手配してある。
私が聖書のなかでも気に入っているのはテーサウリゼテ・ヒュミン・テーサウルース・エン・ウラノー、
すなわち汝の富を天に築きなさいという文章である。
それと、メー・テーサウリゼテ・ヒュミン・テーサウルース・エピ・テース・ゲース、
すなわち汝の富を地上に築いてはならない、という文章が対になっている。
クレンペラーのライヴのベートーヴェン交響曲全集、音が貧弱だがなかなか懐かしい響きになっている。
これはフルトヴェングラー・ザ・レガシーにも言えることだが
音が古色蒼然としていても、歴史的録音には独特のアウラがあり、好ましく感じる。
これからケーキを食べて、無印良品のシシカバブを食べて、クリスマスのお祝いをする。
向かいの家はクリスチャンらしく、知人が自転車で近所から集まってきて讃美歌を歌ったりしている。
私はテンシュテットのコンプリート・マーラー・レコーディングスを心待ちにしながら冬至のかぼちゃを食べてイエスの生まれた日を静かに祝いたい。
ベツレヘム生まれた赤子人の世の痛みを止めて糧を与える