日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

私のリズム。

2015-09-10 06:44:07 | TLP
台風一過。晴天で青空の広がる長野です。斑尾高原に泊まっているので、冬になるとゲレンデになるであろう山が見えます。そして、遠くの山々が蒼く雲の上からのぞいています。

昨日、TLPのワークショップのエレメンタル サウンド&リズムの1日目が終わりました。

エレメンタル サウンド&リズムというのは、イメージし易くいうならば、エスニック系の音楽のような感じです。用いられる楽器もカリンバやグングル、シンキングボウル、ワムデなどアフリカやインドのものが主だと思います。

講師のナチョ・アリマニさんは演奏しながら様々な話を聞かせてくださいました。

ナチョさんは、普段は自身の音楽で意識がない重篤な病の人や自閉症の方、自分の気持ちをコントロールできなくて困っているクライアントさんたちに、上にあげた楽器の中から、その人に今必要な周波数の楽器はコレだ!と見極めて演奏されているようです。

彼の音楽によって、その人が本来持っているリズムを目覚めさ、ふわふわと宙を舞い、地に足がつかなくなっている状態からしっかり地上に根がはれるように自分に戻る手助けをされている方、音楽を用いた精神療法家といった感じです。

話を聞きながら、ナチョさんの音楽は木や土、金属の楽器を時に水も用いながら、ナチョさんの指先でリズムを刻み演奏していくことで、楽器同士が融合し、更に、人の中に存在する水もリズムの振動によって融合を果たし、ついには地球の鼓動と一体化するという壮大な演奏の物語のようだと私は思いました。

そして、ワークショップでの興味深い体験がありました。それは、足で5拍子や7拍子、4拍子のリズムを刻み続けながらナチョさんの指示通り手拍子を打つというワークでした。手拍子の指示を出しながら、途中、ナチョさんがわざと私たちが混乱するように邪魔をするのですが、みんな、時々はつられるものの、どうにか指示通りの手拍子を撃ち続けることができました。

ナチョさんは、「どうして私が邪魔をしたのにみなさんは手拍子を撃ち続けることができたと思いますか?」と質問されました。

そう、やっていたことは、常に足でリズムを刻み続けていたことです。

「リズムがあれば、失敗しても笑っていられるんです。常に一定のリズムを刻むことです。大事なことです。」

そんなことをナチョさんは言われたと思います。

とても大切なことを教えてもらったと思います。

人と衝突するとき、いつもはなんでもなくできているのにスムーズにいかないとき。

リズムはどうなのかなぁ、そんなことも頭の隅に置いておけば、また違うアプローチが子どもたちにできるかもしれません。

今日のワークショップも楽しみです。

バイク乗りに国境はない!

2015-09-09 06:41:35 | 日記
斑尾高原の朝は、真っ白です。
長袖のTシャツで正解でした。

今日から2日間、TLPの資格更新のためのワークショップが始まります。

ナチョ・アリマニーさんというニューヨーク在住のマスター・パーカッショニストで音楽療法もされてる方のワークショップです。

昨夜、一緒に夕飯を食べたのですが、穏やかなにこやかな笑みを浮かべていらっしゃる方で、
この方が激しくパーカッションを演奏されるのかぁ~という感じでした。

途中、旅行の話になり、以前バイクで北海道に行ったことなど話していたら、穏やかだったナチョさんのテンションが急に上がりました。

なんと、2歳の頃からお父さんの影響でバイクに乗っていたそうで、モトクロスをされていたそうです。

しばらく、モトクロスやジムカーナの話をしていた時は、早口だし目はキラキラ。ああ、バイク乗りって国境を越えるわーと思うことでした。

さて、どんなワークショップになるのでしょうか。楽しみ楽しみ(*☻-☻*)

知らぬ土地。

2015-09-08 13:14:19 | 日記
天気も良くて、まだ暑い鹿児島で、台風が来そうで、肌寒そうな長野県のことを思いながら旅の支度をしていると、「日本は長い」という小学生のときに言われた先生の言葉を思い出しました。本当に、長袖Tシャツでいいのかな。

今回行く長野県をまじまじと日本地図で見ました。りんごというと青森県が有名ですが、私がおいしいな、と思って買うりんごは、いつも長野県のものです。

また、中学生の頃に私に色の持つ美しさや線の柔らかさを教えてくれた、いわさきちひろさんの美術館は、確か長野県にあるし、絵って、自分の思った風に描いていいんだ!とその絵で教えてくれた安野光雅さんの「安曇野」という画集も長野県を描いています。

なのに、地図を見てびっくり。

私の頭の中の長野県はもっと北にあって、御嶽山も長野県の真ん中あたりと思い込んでいたし、長野市は上田市の辺りだと思い込んでいたし、こんなに名古屋と近いなんて!長野市って新潟に近いし!とびっくり。

知ったつもりの怖さをつくづく感じる旅の始まりとなりました。

こんなこと、もっとたくさんあるのだろうし、今までも、つもりを真実と思い込んで行動してただろうなぁ、とゾッとします。

ちゃんと、自分の目で見て確かめるぞ!と肝に銘じることであります( ̄^ ̄)ゞ

できなくても、できる。

2015-09-07 14:34:40 | 発達応援
 早朝の仕事に出かけるときに、
ミラーシールドでは少し暗いな、と感じるようになりました。
日が昇る時間が、少しずつですが遅くなっているのですね。

 そして、バイクに乗るのも長袖のTシャツだけでは風が冷たく、
体がひんやりとして、スピードをゆるめます。

 秋がどんどん深まっていくのですね。

 子どもの頃から絵を描くことは好きでしたが、
立体のものを作ったり、削ったりすることは苦手なほうでした。

 例えば、キャラメルの箱のようなものを作るのも
展開図もどきを書いてから作りはじめるものの、
寸足らずになったり、一部のパーツが短かったりで何度も何度も作り直して、
やっと出来上がったものも、なんだか不格好なものでした。

 レンガを削って自画像を作るのも立体っぽくなったときには、
レンガの大きさがみんなよりだいぶ小さくなってしまっていたし、 
画用紙でパーツを作り塔にするのも、なぜか傾いて立たずじまいだったのを覚えています。

 自分勝手に積み木やブロックで遊ぶことは大好きでしたが、
今でいう、知育的な見本のものを作るのも苦手で、
見本に自分なりに印を付けて、自分の手元と見本とを何度も何度も見比べて、
やっとできたものが見本と違っていて、もう一回はじめから作り直したり、という感じでした。

 どうしてもう一回はじめから作り直すのかといえば、
どこが間違っているのか調べて、そこだけ崩してやり直そうとすると、
見本のどこまでが出来上がっているかを頭の中で上手に巻き戻しができずに、
こんがらがってしまっていたからです。

 そんな風ですから、時々遊んでいた自分より3つか4つ年下の近所に住んでいたふたいとこが、
いとも簡単にブロックや積み木を見本通りに積むのをみていると、
「げー、年下なのに、私、負けてるじゃーん!」と思い、
自分は積み木以外で遊ぶ、姑息な手段をとっていました。

 支援員になったとき、支援クラスにあった知育のブロックが箱に入らずに溢れていました。
きちんと組上げて入れなくては、箱に入りきれずに、
子どもはお手上げ、担任の先生も「時間がない」とバラバラとお菓子の箱に入れられていました。

 では、私が、と思いやってみることにしました。
子どもの頃と違って、ブロックをつめては上下左右から眺めて、
空いたスペースと残りのブロックを見ては、出したり入れたり。

 子どもたちも興味津々。
「先生、できるの?」
「たぶん、そのうちね。」
「あとどのくらいでできるの?」
「わかんない」

 などと言いながら、試行錯誤すること1時間ちょっとだったでしょうか。
10×10ほどのボックスの中に、すべてのブロックが収まりました。

 大人になるとブロックそのものの形もですが、
空間にできる形を想像したり、
ある空間ではこのブロックは使わない!と消去できたり、
ブロックだけではない手がかりを使うことができるようになり、
こういう、立体の知育教材も楽しめるようになった気がします。

 小学校で支援員をしているときには、
小学4年生の子どもたちが直方体と立方体の展開図を書いたり、
展開図を見て、ちゃんと形になるか、という授業を後ろで見ながら、
ああ~、これ苦手だったなぁ~と懐かしく思い出しました。

 今では、頭の中で組み立てられるようになり、
「子どもの時は、頭の中に図形をちゃんと作れなかったんだなぁ~」と
しみじみする余裕すらありました

 子どものときにできないことも、
できなかったことが嫌な思い出と手をつないでいなければ、
何度かチャレンジをする機会を自分で作ったり、与えられたりしながら、
いつかは、自分なりの方法を見つけてできるようになったりするものです。

 小さな子どもと何かを学ぶときには、
できても、できなくても学ぶことは楽しいなぁ~と思ってもらうことが大切な気がします。

 しかも、子どもは遊んでるつもりだったりするとなおいいなぁ~と思います。

 子どもは遊んでいるつもりが、実は勉強だった!という風に私もできるといいなぁ、と思うことです。

 

 

手をほどいて。

2015-09-06 14:24:41 | 発達応援
 JR九州に勤めている人でも、
他地域ののJRの路線には詳しくないものなのですね。

 用事があって、JR東海の縄張りへの切符の購入に最寄りの地元の駅へ行きました。
駅員さんに使う特急名も新幹線も告げるのですが、
パソコンで出て来ないのかピンと来ないのか…。

 30分後やっと無事に切符が買えました。

 ヤフーの乗り換え案内とかジョルダンとかで調べたほうが早いですよ、と
教えてあげようかな、と思いましたがやめました。

 こっそり、使ったら良いのにねぇ。

 私はフォイヤーシュタインや安曇のプラン、
その他のことも使いながら、子どもたちの発達の土台を作るお手伝いをしています。

 60分間じっとできなかった子が、ともかく、60分間学ぶ姿勢を見せてくれるようになったり、
教材をしている最中、ぴゅーっと居なくなったりしていた子どもが、
保育園から帰ると同時に教材に取組んでくれるようになったり、
子ども自身の成長に助けられながら仕事をしています。

 子どもたちは持っている土台がそれぞれ違うので、
私は認知の教材にしろ、体を動かすことにしろ、
子ども1人に私と1対1で対応しています。

 ある程度、土台が育って来たら
何人か一緒にグループで学び合うことも大事かなぁ、と思いましたが、
グループで学び合うことができるだけの土台が出来上がったら、
私のところは卒業していいんじゃん!と思ったのでした。

 そう。
フォイヤーシュタインや安曇にプランで自分で学ぶ土台ができたら、
「もう、自分でできるから」と、
私のところを卒業して、普通の塾に行ったり、友だちと遊んだりして、
自分でどんどん学んで、自力をつけていってくれることが大事だなぁ、と思うのです。

 時として、私のような立場のものは、
いつまでもいつまでも、子どもの「できないところ」をほじくって、
子どもが自立していくことを危険視して、そこに留まらせようとしてしまいがちです。

 自立を!というのにその手を握って離さずにいたら、
いつまでたっても子どもはどこへも行くことができません。

 子どもが途方に暮れているときには、
小さなステップで乗越えさせて自信をつけてもらい、
ときには背中を押してあげる。

 失敗したら、またそこから一緒に考えれば良いだけのこと。

 大きく扉を開けて、いつでも出て行けて、
つまずいたら立ち寄れるような場所にラーニングセンターannonを育てていきたいな、と思います。