漸く梅雨が明け夏がやってきた。朝から蒸し暑い。年々蝉の鳴き声が小さくなってゆくように感じていたが、それはどうも自分の聴力低下のせいらしい。十年前くらいまではアブラゼミの合唱の下を通るとぐわーんの大音響に眩暈がするほどだったが、この頃はやかましいなあ程度になった。蝉の元気がなくなったと思っていたのだがどうも自分の聴力が落ちたらしい。早口の女性患者さんの訴えが聞き取りにくく、時々「えっ」と聞きなおしている。
ネットのニュースに京味の西さんが亡くなったと出ていた。享年八十一歳、十歳も違わない、もう少しと残念に感じた。唯、仕事的には十分なことを果たされ、優れた後継者を何人も残されただろうと思う。京味にはこんなに有名になる前、昭和五十年代に何度か連れて行って貰ったことがある。どこまでわかったか不明だが美味しく頂いた記憶がある。その頃西さんはまだお若く、気さくで気軽に直々に説明しながら、東京のお客の好みや反応を見ておられたようだ。残念ながら有名になってからは、連れて行って下すった上司も亡くなり、訪れる機会はなかった。女房に味わわせる機会を逃したのは残念。
二十代の頃読んだ伊藤整の言葉にいつかではその時は来ないというのがあった。自分はまだ若かったが妙に心に残り、折に触れ判断の縁にしてきた。そう思っても叶えられない望みの方が多いわけだが、訃報に微かな後悔が心をよぎった。