小学校の担任だった恩師にいつの間にか懐の深い倫理感を教えられたような気がする。弱い者いじめをしない、誤魔化さないなど、立派な人間ではないが、辛くも何とかほぼまっとうに生きてこれたのは恩師の教えのお陰のような気がしている。しかしここにきて、倫理や道徳といったものが色あせつつある世界に生きていると感じる。少なくとも多くの政治家達にはそしてかなりの経営者にも倫理や道徳は思考の根幹にはないと観測する。
権力志向の強い人達は俺が私が正しいで不祥事を指摘されれば俺は私は悪くないと開き直り異論を唱える人を敵視し手段を択ばず攻撃しようとする。安倍政権以降顕著になった傾向と思うが、歴史にはさほど詳しくないので昔から繰り返されてきたことなのかもしれない。そうすると倫理や道徳の教えは一体何のために誰のためにという疑問が湧いてくる。しばらく前から組織は頭から腐ると言われるが、高齢者になって倫理や道徳はリーダーではなくフォロワーのためのものなのかも知れないと今までとは違う視点に気付いた。フォロワーに必要なものにはお仲間優先の人物を排し、公平で倫理感のある優れた人物を見極めてリーダーに担ぎ出す能力もあると思うようになった。ちょっと直截に過ぎるかもしれないが、年寄りも考える。