駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

厳しいかもしれないが

2025年01月25日 | 爺の呟き
               


 責任を取るというのはどういうことだろう。実際には責任の取りようもないことも多い。地位を捨てれば、世間的にはかなり責任を取ったことにはなるのだろうが、覆水は盆に返らない。責任を取れる範囲は限られているのが現実だと思う。それに誰かをかばって責任を取ったり、不問を求めて責任を取るのは真っ当な責任の取り方ではないと感じる。
 誰にも間違いはある。間違いなら赦しもあるだろう。
 勿論、責任を取るという形ではなく和解できることもあるだろうし、金銭的な損失であれば全額弁償することで和解が成立することもあると思う。
 
コメント
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