私が幼稚園から小学生に進む時期は、ラジオからテレビへ、マンガも「少年画報」「冒険王」などの月刊誌から「少年サンデー」「少年マガジン」などの週刊誌へと、主役が移行していく時代でした。
それらのメディアを通じて、様々なブームが起きて、子供たちは熱狂しました。
例えば、「忍者」「探偵」「仮面」「ゼロ戦」というような単語をキーワードに、数多くのテレビ番組やマンガ作品が登場してきて、子供たちは夢中になったわけです。
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「怪獣」も、欠かすことのできないキーワードの一つでした。
怪獣の身長、体重、得意技、弱点などのデータを番組や雑誌から捜し出して、学校で友達に自慢しあうという、お決まりのパターンで私も大いに楽しみました。
そんな私にとって実に悔しい存在であったのが「怪獣マリンコング」です。
怪獣マリンコングの映像
1960年(昭和35年。伝説の早慶六連戦があった年)に放送されました。
怪獣モノとしては、恐らく日本最初のテレビ番組です。
しかし、私は1956年から1963年の春まで、当時は民放テレビが一つしかなかった富山県滑川市で過ごしたため、マリンコングは放送されておらず、その存在を全く知りませんでした。
東京に戻った後、「なーんだ、ayはマリンコングを知らないのか」と都内で生まれ育った仲間から言われた時、悔しいの何の…
後に、再放送で何度か見ましたが、時すでに遅しでありました。
(T_T)
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怪獣は、底知れぬパワーを持ち、ひとたび暴れ出すと、とても人間の力では制御できません。
現代社会においては、さしずめ原子力発電所が怪獣のような存在といって良いのかも知れません。
原発のリスクについては、技術的、経済的な問題に加えて、イデオロギー的要素を背景にした意見や感情的な声もあったりするので、なかなか判断が難しいです。
原発プロジェクトの融資審査を担当した経験が、私にはありません。
今日は、あくまでも一般的なリスク・マネジメントの基本を、新聞等の原発情報に当てはめて、自分の頭の中を整理してみました。
もちろん、お酒を飲みながらなので、それなりです……
(;^_^A
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リスク・マネジメントでは、次の4つの手法が基本とされています。
低減(mitigation):担当者の教育、技術改良などを通じて、受容可能なレベルまでリスクを削減する
移転(transfer):保険やリースを利用して、リスクを第三者に移転する
回避(avoidance):リスクの低減や移転を断念して、当該事業から撤退する
受容(acceptance):リスク評価の結果を受けて、ビジネス上のやむを得ないリスクとして、現状のリスクをそのまま受け容れる。
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日本の原発事業を、上記の基本に当てはめてみると、
低減: 予備電源が海抜数メートルにあったり、高熱多湿の環境でも作業する無人ロボットなどの開発を怠ったり、今になって敷地の下に活断層の存在可能性が次々に出てきたりしているようでは、リスク低減に最善を尽くしてきたとは誰も思わないでしょう。
例えば、経産省や保安院の職員の子女が電力各社に就職したりする「原発ムラ」の馴れ合いの中では、牽制機能も働きません。
移転: 民間の保険会社で、原発事業に対する保険を引き受けるところは皆無です。
原発の所有者責任を背負うことのできる民間リース会社もありません。
一歩下がって冷静に考えてみると、保険もリースも利用できないほど高リスクの事業は、そもそも民間企業に馴染まないというべきでしょう。
回避: 他の3つのリスク管理手法が実際には機能しないだろうと考えるならば、「リスク回避」、すなわち原発事業から撤退すべきだという意見も合理的だといえます。
受容: 現在の東電の窮状と、被災地住民の苦境をみる限り、リスクをそのまま受けとめることができる電力会社はいないでしょう。
しかし、電力各社は、有効なリスク管理手法を見出だせないまま、最善を尽くしたとの外観を取り繕いつつも、しかしてその実態は、とてつもない規模のリスクを止むなく受容してしまっているというのが現実だと思います。
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以上のように整理してくると、原発事業を民間企業に委ねるならば、次の方法しかないように私には思えてきます。
国が保険機能を提供する、
あるいは
国が原発施設を保有して所有者責任を背負う一方、電力各社に日常の施設運営を委託する
国策として、当面は原発から撤退できないとするならは、民間企業では受容できないリスクを国が引き受けるしかないということです。
リスク管理に失敗した東電を擁護する気持ちは更々ありません。
しかし、政府も腹を決めて、電力各社からリスクを引き取らないと、今後の展望が開けないと思うのです。
それらのメディアを通じて、様々なブームが起きて、子供たちは熱狂しました。
例えば、「忍者」「探偵」「仮面」「ゼロ戦」というような単語をキーワードに、数多くのテレビ番組やマンガ作品が登場してきて、子供たちは夢中になったわけです。
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「怪獣」も、欠かすことのできないキーワードの一つでした。
怪獣の身長、体重、得意技、弱点などのデータを番組や雑誌から捜し出して、学校で友達に自慢しあうという、お決まりのパターンで私も大いに楽しみました。
そんな私にとって実に悔しい存在であったのが「怪獣マリンコング」です。
怪獣マリンコングの映像
1960年(昭和35年。伝説の早慶六連戦があった年)に放送されました。
怪獣モノとしては、恐らく日本最初のテレビ番組です。
しかし、私は1956年から1963年の春まで、当時は民放テレビが一つしかなかった富山県滑川市で過ごしたため、マリンコングは放送されておらず、その存在を全く知りませんでした。
東京に戻った後、「なーんだ、ayはマリンコングを知らないのか」と都内で生まれ育った仲間から言われた時、悔しいの何の…
後に、再放送で何度か見ましたが、時すでに遅しでありました。
(T_T)
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怪獣は、底知れぬパワーを持ち、ひとたび暴れ出すと、とても人間の力では制御できません。
現代社会においては、さしずめ原子力発電所が怪獣のような存在といって良いのかも知れません。
原発のリスクについては、技術的、経済的な問題に加えて、イデオロギー的要素を背景にした意見や感情的な声もあったりするので、なかなか判断が難しいです。
原発プロジェクトの融資審査を担当した経験が、私にはありません。
今日は、あくまでも一般的なリスク・マネジメントの基本を、新聞等の原発情報に当てはめて、自分の頭の中を整理してみました。
もちろん、お酒を飲みながらなので、それなりです……
(;^_^A
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リスク・マネジメントでは、次の4つの手法が基本とされています。
低減(mitigation):担当者の教育、技術改良などを通じて、受容可能なレベルまでリスクを削減する
移転(transfer):保険やリースを利用して、リスクを第三者に移転する
回避(avoidance):リスクの低減や移転を断念して、当該事業から撤退する
受容(acceptance):リスク評価の結果を受けて、ビジネス上のやむを得ないリスクとして、現状のリスクをそのまま受け容れる。
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日本の原発事業を、上記の基本に当てはめてみると、
低減: 予備電源が海抜数メートルにあったり、高熱多湿の環境でも作業する無人ロボットなどの開発を怠ったり、今になって敷地の下に活断層の存在可能性が次々に出てきたりしているようでは、リスク低減に最善を尽くしてきたとは誰も思わないでしょう。
例えば、経産省や保安院の職員の子女が電力各社に就職したりする「原発ムラ」の馴れ合いの中では、牽制機能も働きません。
移転: 民間の保険会社で、原発事業に対する保険を引き受けるところは皆無です。
原発の所有者責任を背負うことのできる民間リース会社もありません。
一歩下がって冷静に考えてみると、保険もリースも利用できないほど高リスクの事業は、そもそも民間企業に馴染まないというべきでしょう。
回避: 他の3つのリスク管理手法が実際には機能しないだろうと考えるならば、「リスク回避」、すなわち原発事業から撤退すべきだという意見も合理的だといえます。
受容: 現在の東電の窮状と、被災地住民の苦境をみる限り、リスクをそのまま受けとめることができる電力会社はいないでしょう。
しかし、電力各社は、有効なリスク管理手法を見出だせないまま、最善を尽くしたとの外観を取り繕いつつも、しかしてその実態は、とてつもない規模のリスクを止むなく受容してしまっているというのが現実だと思います。
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以上のように整理してくると、原発事業を民間企業に委ねるならば、次の方法しかないように私には思えてきます。
国が保険機能を提供する、
あるいは
国が原発施設を保有して所有者責任を背負う一方、電力各社に日常の施設運営を委託する
国策として、当面は原発から撤退できないとするならは、民間企業では受容できないリスクを国が引き受けるしかないということです。
リスク管理に失敗した東電を擁護する気持ちは更々ありません。
しかし、政府も腹を決めて、電力各社からリスクを引き取らないと、今後の展望が開けないと思うのです。