娘と私がはじめて田村先生の元を訪れたのは、年長のGW直前でした。
私どもは年少から受験準備をはじめ、埼玉受験組では割と早くに準備を始めた方なのではないかと思います。
ですが、年長の春になっても成績が伸び悩み、藁をもすがる思いでした。
親の私が言うのもなんですが、娘はペーパーがよくできる子でした、家では…
でも様々な模試やテストを受けると順位が悪いのです。
良くても真ん中あたり、悪いと下から数えた方が早いほどです。
このままでは志望校に落ちてしまう…
単願だったため、非常に焦りました。
悩み過ぎて不眠症になってしまったぐらいです。
そんな時にAYAアカデミーの存在を知りました。
平日のみのクラスだったため、通塾を最初躊躇しましたが、娘の将来には代えられないと思い、覚悟を決めて仕事を退職してから、先生の元を訪ねました。
直前で体験に来られたお子さんで、クラスは一杯になってしまったのですが、私がAYAアカデミーに通いたくて退職した話を聞いて、田村先生は新規クラスを作ってくださいました。
先生にはかなりのご負担だったと思います。
「なんとお礼を言ったら良いのか…」
マンションを出た時に涙があふれて来ました。
田村先生は、一見厳しそうに思えますが、情に厚く誰よりも開智を愛し、子供達のことを第一に考えてくださる先生です。
私は田村先生を信じて良かったと思っています。
田村先生の元でお世話になる前は、とにかくペーパーを毎日50枚こなしていました。
その他に、巧緻関連、面接練習、体操などの対策を行っていました。
娘も辛かったと思いますが、でも頑張ってくれていたと思います。
でも、AYAアカデミーの方針は、何事も体験!積み木やパズルを沢山やる!勉強は楽しく!でした。
内容によって変化しますが、毎日ペーパーを今までの約半分の20~30枚に減らし、毎日沢山のパズル、ゲーム、お手伝い、料理、実験、外に出ての体験…を取り入れました。
机にかじりついての勉強ではないので、娘は毎日とても楽しそうでした。
楽しいから、もっともっとやりたい!となっていきました。
休日は、顕微鏡、虫捕り網、虫かご、水着、図鑑を大量に車に乗せ、水族館、博物館、動物園、川、山、海、プール、サーカスなどなど、あちこちに連れて行きました。
「今日も楽しかった!ありがとう!」
娘の顔が生き生きとしていきます。
すると模試の順位にも急激に変化が出ました。
統一模試の総合順位で上位10%以内に入るようになりました。
開智・開智望志望での順位も常に1~7位以内。
こんなにも変わるものなのかと正直驚きました。
何度も何度も間違いなのではないかと模試の結果を見返したぐらいです。
先生の教えは、長年の経験と子供達への愛、開智・開智望への愛から研究しつくされたものです。
私がAYAアカデミーで教えて頂いたのは、子供に「勉強をさせる」ではなく、親も「共に学ぶ」という姿勢です。
先生にお任せします!ではなく、親も子供と一緒に体験し、共に学び、共に喜び、共に驚き、共に感心する。
まさにそのことに気づかされました。
フィードバックのとき、田村先生から私たち親にも質問され、熱くご指導頂けます。
時に、厳しくご指導を受けることもあります。
特に私は、忘れ物も多く、お道具一式入ったリュックを丸ごと忘れたこともあります。
親自身の姿勢という面で、私は反省すべき点が沢山ありました。
言われてやるのではなく、親から色々な方面にアンテナを張り、子供に環境・知識・場所を提供する。
親から変わる。
親がその姿勢を子供に見せる。
AYAアカデミーはただの塾ではなく、これから同じ学び舎で12年間、共に学ぶ子供達の親としての姿勢を教えてくれるところなのだと思います。
また、AYAアカデミーに通って良かったと思えたこと。
それは、最終目標が受験合格ではないということを具体的に示して頂けたことです。
先生は、受験に合格するためのスキルやテクニックではなく、小学校入学後の学習も見越して指導してくださいます。
数量分野の数え方ひとつにしても、後々算数につながるような数え方をされています。
言語分野も同様で、今の勉強が小学校以降、どうつながっていくのか、田村先生に教えて頂けなかったら、分からない知らないことばかりでした。
さらに、AYAアカデミーの保護者様達に、私は何度も救われました。
受験で悩みすぎていたのもありました。
随分と迷惑も沢山かけてしまいました。
でも温かく見守って頂き接していただいて、本当に嬉しかったです。
子供も親もAYAアカデミーにとてもお世話になりました。
12年間共に歩み行く仲間と出会うこともできて、今では感謝しかありません。
田村先生 本当にありがとうございました。
お世話になりました。
保護者の皆様方、お子様方 ありがとうございました。