紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

憧れの岸本さんに出会う!(予定)

2007-10-21 21:27:01 | テレビ
 ものすごく遅いインフォメーションで申し訳ないが、本日の夜0時(明日の0時というべきなのか?)からの『週刊ブックレビュー』(NHK/BS2)の再放送に、末ニで爆笑なエッセイをお書きになる岸本佐知子さんが特集枠で登場される。(本放送は今朝の8時~だった)彼女の近著『ねにもつタイプ』を中心とするインタビューらしい。

 うれしいいいいっ! 私は彼女のたいへんなファンなのである。彼女のエッセイ集『ねにもつタイプ』についても以前ブログに書いた。

 もちろん本職である彼女の末フわざも素晴らしい。とはいえジャネット・ウインターソンの『オレンジだけが果物じゃない』(国書刊行会)しか読んでないんだけど。
 普通の末ェ平面な二次元だとしたら、彼女の末ヘ立体的で、なおかつ空気の感触や気配までも漂って来るような、有機的な文章なのだ。

 憧れの岸本さんをあと2時間ばかりで拝見できるとは。わくわくなのだ。そわそわなのだ。今日の仕事を今日中に終わらせて、0時にはテレビの前でスタンバイしとかないと。
 ということなので洗濯に取りかかるべく、そそくさとPCの前から退散いたします。

ザビエルの頭

2007-10-20 23:13:31 | ノンジャンル
 昨日は仏教の話をしていたのに、今日は一転、キリスト教の話である。

 今日、いつものH氏、Kちゃん、私のベストメンバーで車に乗っていた時、フランシスコ・ザビエルの頭は単なるハゲなのか、修道士の規定によるヘアスタイルなのかという話で盛り上がった。

 「おー、これはなかなか面白いテーマやなあ。今日のブログのネタにしよ♪」と私がつぶやくと、すかさずKちゃんが「おかーさん、今直ぐメモしておいた方がいいで。絶対忘れるし」。仰せの通りなので、ご忠告通り手帖にメモする。

 そしてついさっき、「ザビエル」「頭」で検索を鰍ッてみた。難しい検索になるだろうかという杞憂はあっという間に消え去った。まさにそのものずばりで質問した方がおられ、そしてその回答も詳細になされていたのだ。「フランシスコ・ザビエルの頭について」と。それが、ハゲなのか、剃っているのか、皿を乗せているのか?と。

 これは日本史を学習し、ザビエルの肖像画を見た多くの人にとって、普遍的な謎であり疑問だったのだ。
 
 回答を簡単にいうと、「剃っている」のが正解らしい。カトリックでは、修道士になる時、頭の上部を剃る儀式をする。カトリックでは、脳天を剃って、額の生え際とか、耳の上とか、後頭部とかの髪は残すのだ。

 その結果,残った髪が、脳天が剃られた状態で、頭を囲むような形で輪を描く。これをトンスラ(ラテン語でトンスーラ tonsura)と言うそうなのだ。

 トンスラ!?

 これを読んですぐさまH氏の元に報告に行く。「それ、(ヤッターマンの三悪の一人)トンズラーに似てるやけ~」 そうなんですよ!! まさに本日のハイライト!

 回答者はさすが進学情報ナビのサイトだけあり、たいへん丁寧な方と見えて、あらゆる可能性も見落とさない。

 ただ、男性の頭は、歳と共にはげてくる人がいるのであり、そういう人は、別に頭を剃らなくとも、自然にトンスラの状態になります。ザヴィエルは剃った結果、頭に髪がないのか、歳を取って禿げたので髪がないのか分かりません。

 トンスラの儀式は1970年代に廃止されたそうだ。この微妙なヘアスタイルは、なかなか長命を保ったのではなかろうか。いろんな空想の翼を羽ばたかせることが出来、楽しいヘアスタイルである。
 
 その他にも児童書の『青い鳥文庫』のウェブのページにも、たっぷりとした興味深い知識と笑いがてんこもりであった。一部引用させていただく。

でもさ、ザビエルの頭……。

トンスラのこと?

なんか、カッパみたいだよな。

いえてる、いえてる。

うふふ。あのね、カッパの正体は、川で水浴びしていた宣教師だっていう伝説が九州にあるのよ。

おもしろーい。九州っていうのが、ホントっぽい!

カッパの正体は……ザビエル!




踊り念仏

2007-10-19 17:40:39 | 新聞
 で、大阪市、国立文楽劇場で行われた『祈りのかたち』のラストは、山形県天童市・仏向寺の「踊躍(ゆやく)念仏」、通称「踊り念仏」である。念仏を唱えることによる宗教的な陶酔や感動を表現するものであり、これが後の民間券\の踊りへと発展したというのだ。日本の踊りのルーツは、踊り念仏なのである。

 これは鎌倉時代の一向上人が始めた形式で、11月の開山忌法要のときだけ、年に一度だけ行われるそうだ。

 特別な法衣を着た僧侶たちが、鉦鼓(しょうこ)を打ち鳴らして称名する。仏堂内を模した中央の須弥壇を、僧侶たちがゆっくりと右回りしていく。だんだんテンモェ早まり、ステップも所作も大きくなってゆく。

 無我、無心の境地に至るルートとしては、座禅よりだんぜんこちらの方が近道なのではと、軍配が上がる気がする。室町時代に一大ムーブメントとして庶民に広まったのもむべなるかな、と思う。

 そのまま「踊り念仏」として(=仏教として)直線的に受け継がれて行くものの他、時代が下り、盆踊り、阿波踊り、歌舞伎などに変貌を遂げるものもあったそうだ。

 日本史の教科書でちらと見ただけの、でも無意識下ではずっと気になっていた(らしい)「踊り念仏」がこんなに奥深いなんて! 高校を卒業して随分経つのに、初めて知るその頃の知識の肉付け! 勉強ってやっぱり面白いものなんだな、きっと。

祈りのかたち

2007-10-18 21:23:14 | 新聞
 本日の京都新聞で興味深い記事があり、休憩時間に目を通してじっくり。

 大阪市にある国立文楽劇場にて特別企画公演として、日本各地に伝わる珍しい宗教儀礼を紹介されたというのだ。その名も『祈りのかたち』という公演である。

 そのひとつが「琵琶盲僧の法要」。宮崎県延岡市の浄瑠璃寺住職、永田法順師による「五郎王子の物語」という創世説話を、琵琶の伴奏で語られるという。檀家を訪れて家内安全などを祈る「回壇法要」の際に語られるものらしい。

 ラフカディオ・ハーンの怪談、『耳なし芳一』に登場したり百人一首の蝉丸でおなじみの、ホンモノの「琵琶法師」なのである! ほんまに「琵琶法師」っていたんや!という驚きと感動にどきどきするのだが、演奏後に彼が舞台上から後継者を求める呼びかけを行ったそうなのである。

「求ム! 琵琶法師!」「いちから手ほどきいたします」とか言われれば、ふらふらと手を上げそうになるのではないか、とその場に自分がいなかったことに安堵したりするのだ。弦楽器みたいな繊細で神経使いそうな楽器は、私の手に負える訳ないのに、なんか「琵琶」というものは音色といい形といい、どうにも抗い難く魅力的なのである。
 才能あふれる後継者が現われることを、切に望む。

 次いで登場したのが長崎県平戸市・生月島の隠れキリシタンが伝えた祈り「オラショ」が登場する。隠れキリシタンのお祈りである。5人が舞台上でテンモ?span style="text-decoration:underline">合わせず各人のペースで暗唱していくというのだ。

 なんでや!? 隠れキリシタンとして結束固く心を結び息を合わせることが大切なのではないのか? そこをあえて「合わせず」というのは、なにかしら苦難の歴史の中で生きる知恵が含まれた意味があるのだろうか?

 「オラショ」はほぼ抑揚が無く祝詞のように聞こえるそうだ。すでに地元でさえ意味不明の呪文と化しているらしい。大丈夫なのか、「オラショ」?と、オラショが生き物ならば、ぜひ聞いてみたいほどだ。ラテン語やャ泣gガル語が含まれ、グレゴリオ聖歌が起源の祈りもあるらしいが、意味不明なことばを唱えることに、隠れキリシタンたちは、なんら不安はないのだろうか? 意味不明な呪文によって悪魔の封印が解かれたり、地が裂けて魔物が現われたり、妖怪が飛び出したりするテレビ番組を子ども時代に散々観て来た私には、一抹の不安がよぎるのである。

 ラストを飾るのはトリに相応しい陽気で高揚する祈り、山形県天童市仏向寺の「踊り念仏」なのであるが、残念、睡魔に取り込まれつつあるので、今日はこれまで。「踊り念仏」については、また明日じっくりと。

KKKを観た。

2007-10-17 23:23:06 | テレビ
昨日はさすがに早々に就寝(20時半)したのだが、その前日の話をしようと思う。

 Kちゃんに「これからお母さんの好きなみうらじゅんの番組してはっで。」という聞き捨てならない言葉を小耳に挿み、チャンネルをローカル番組に合わせる。さすがテレビ欄をくまなく、抜かり無くチェックする女、Kちゃん。彼女のフォローで今までどれだけ面白い番組をピックアップできたかわからない。

 さて合わせたチャンネルはKBS京都。番組名は『みうらじゅん&安斎肇の勝手に観光協会』。放送時間は月曜、夜22:00~22:30。勝手に観光協会(略してKKK)とは、みうらじゅんと安齋肇により結成された、日本各県を盛り上げるべく運動を続ける自称「大きなお世話」ユニット。活動内容は、勝手に日本各地を視察し、勝手に観光ャXターやご当地マスコット、ご当地ソングをつくっている。ご当地ソングの制作は泊まった旅館の部屋内での録音(通称「リョカ録」)で行われることも多い。その様子をテレビで視聴出来るのである。

 今週は岐阜県視察の前編であった。岐阜は滋賀県の隣でもあり、観光にいく機会も多い。しっかりとチェックしなくては。その中でも、私の琴線にふれた二つを記録しておきたい。

 関ヶ原ウォーランドにて。閉館中の雪深い関ヶ原ウォーランドを、無理矢理??開けてもらい視察する安斎&みうらコンビ。そこで武田信玄の人形と文字が大書された看板を見つける。「戦は止めじゃー! ノーモア関ヶ原!」 ウォーランドについてはそばを通り過ぎたことも、噂に聞いたこともあったのに、そんなものがあったとは、迂闊にも知らなかった。まさかウォーランドで「ノーモア」という言葉をきくとは・・・安斎&みうらコンビもまた、意表を突かれ、なおかつ感動!?の様子だった。

 それから巨大な骨董品屋がどど~んとあって、当然のように中に入り物色する二人の怪しいオトコたち。みうらじゅんが目にしたのは、堂々と表示された「円空仏」9000円也。わぁ~、微妙なブツと値段! この微妙さに散々悩みまくるみうら氏であった。「これ、ホンモノの円空だったら、スゴいよな~」と何度もつぶやく。それを観ながら、「そんなわけ、ないやろ!9千円やし~」と爆笑する私。せっかく「そんなわけないやろ~」と何度も教えあげてるのに、結局彼はお買い上げなのだった。いかにも彼らしいと微笑。

 翌日は「しんどい1日」の始まりだったにも関わらず、朝このKKKの話をH氏とKちゃんにしまくった時には、一瞬大変元気だった。私のファイト一発!は、なにより「みうらじゅん効果」なんだな、というのを確信したのだった。

 岐阜では、他に日本昭和音楽村にも訪れ、フォーク・ニューミュージックのEP287枚を展示する「FN音楽館」では、懐かしいレコードの数々に青春時代に帰ったお二人だった。
 この日本各県の視察の旅は現在も進行中ですが、DVDにもなっているので興味のある方はご覧ください。