教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

エロゲは時に残酷である

2010-12-02 00:00:31 | オタネタ全般
エロゲの多くは主人公にとって非常に都合良くできている。

それもそのはず、かなり都合よくできていなければ、そうそう感動的なシナリオでヒロインを攻略することなどできはしない。
その最たるものが
「それなんてエロゲ?」
などと呼ばれるようなイベントの数々であろう。

それはまあいいとしよう。
ここで語りたいのは実はそこではない。



さて。
主人公以外の面々はどうなのだろうか。

攻略可能なヒロインたち。
多くのシリアスな作品では、ヒロインたちは特有の隠れた悩みをかかえているケースが多い。
そして、ひょんなことから主人公はその悩みを知ることとなり、その悩みを解決する(または分かち合う)過程で恋仲となる。

悩みは解決した。
恋人もできた。
それ以上に良いことはあるまい。
したがってそれはよしとしよう。

しかし!

1つ重大なことを我々は忘れている。
攻略したヒロイン以外のほぼ全員は、その特有の隠れた悩みは解決しないままではないか。



エロゲをやっている最中、ふとわたしは思うことがある。

このルートの場合、あの娘は一人で苦しみ続けているんだよな・・・。
でもそんなことはおくびにも出さないよな・・・。
そんな素敵な笑顔をしているのがとても痛々しい。
とてもかわいそうだ。

・・・そう思わないだろうか。

こういうことは小説やマンガではほとんど起こり得ない。
なぜなら、それらのものは一本筋のストーリーであり分岐はおこらない。
そのためにヒロインの誰か一人を選択すると残りのほぼ全員が放置されるようなことにはならないからだ。



エロゲは時に残酷である。

それは残酷なシーンがあるから残酷だという意味ではない。
ヒロインの苦悩に唯一気付いてあげられる主人公が永遠に気がつかないままに終焉を迎えることがあまりにも多い。
それを残酷に感じるのだ。