教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

千早の誕生日がやってきた

2011-02-25 00:00:17 | オタネタ全般
今年も千早の誕生日がやってきた。

去年の誕生日のときには15歳から15歳になったから、今年の誕生日は15歳から15歳になる誕生日なのだ。
かつ、アイマス2が発売されたため、同時に16歳から16歳になる誕生日でもあるという仕様も満たす。
何を言っているかわからんかもしれないが、世の中の真実とは時としてそういうものなのだ。

他のアイドルの誕生日は誰1人として知らないが、千早の誕生日だけは憶えてしまった。
なにせ千早の誕生日は憶えやすい。

二・二六事件の前日。
そう憶えてしまいましょう。
二・二六のときみたいに千早の生まれた日もやはり雪がふったのだろうか。



かつて、千早の人生には大きな挫折があった。
しかし、千早攻略を試みた者たちにとっても同じく大きな挫折がそこにあった。

千早は理解力があって冷静でマジメだが、しかし時として周りが見えなくなるほどの歌への強い執着が徒となる。
クラスメイトにも仕事仲間にもプレーヤーにもそれが攻撃的な態度となって現れる。
加えてテンションもそれで大きく下がり、また上げることも難しがために、ゲームとしてプレイすることすらままならなくなってしまう。

多くの者たちはそこへ挫折を感じる。
「こんなはずじゃなかった・・・」
そう思うのだ。
それが大した理由もなく千早を選んだ者の末路である。

しかしそれは後に救われる。
千早の、後戻りできないという脅迫観念からきていた歌への強すぎる執着は、プレーヤーと過ごすことで少しづつ脅迫観念が融けていき、そして歌を歌うことは楽しいことなんだという自分の人生の原点にいつしか戻る。
その千早は「かわいい」の一言につきる。
千早を選んで、挫折しそうになりながらなおプレイし続け、そして到達した者のための救済である。

しかしそれもまだ終着点ではない。
千早が自分の人生に気がつく前の、近づく者全てを切りつけて血だらけになりながらなお進もうとする、そんな最初期の千早。
そんな千早に接してなお「かわいい」と思えるところが我々の終着点なのだ。



千早は上級者向けである。

そこにはテンション管理の難易度が高いというゲーム上の意味もある。
そこには貧乳スキーという性的マイノリティーしかおっぱいを見て楽しめないという意味もある。

しかしそれだけではない。
千早は愛せる者を選ぶということが真の上級者向けを意味する理由なのだ。






追伸:
去年の誕生日の記事は↓こちら

千早の誕生日がやってきた
http://blog.goo.ne.jp/beamtetrode350b/d/20100225