ブラウニーベリー BELAMER
昨夜は「100分で名著~維摩経」第3回再放送をたまたま見て
最初から見たくなって、探して観た。
300分かじっただけでは、まとまらないけど魅力的。
「 聖徳太子が日本に紹介した仏典『維摩経』
病気になった在家仏教信者・維摩と、
彼を見舞った文殊菩薩との対話を通して、
「縁起」や「空」など大乗仏教の鍵となる概念をめぐる考察が、
まるで現代劇のように展開される。
この『維摩経』を現代的に読み解く面白さを、宗教学者で僧侶の釈 撤宗氏が解説する。」
http://www.fujisan.co.jp/product/1281691672/b/1528187/
◆ 執着しないことは、楽そうに見えて、私にはきっと苦しいにちがいない。
たとえば「食物」
一つの部屋に10人がいる。テーブルの上に本日の食物が並ぶ。
しかし 皆が満腹になる量ではなさそう。こんな場面で私は何を思うだろう。
私は均等に分配されることを願う。
(→全員で食べたいという執着がある)
少量しか食べない老人や病人や乳幼児よりも
育ち盛りの若者が多めに分配されるのは合理的配慮と納得できる。
(→若者はたくさん食べたほうがいいというこだわりがある)
状況が好転せず長引くと、力の強弱で奪い合いとなり
互いに「怒り」「攻撃」を発揮せざるを得ない。
(→ そうするかもしれないし そうしないかもしれない)
食事にありつけなかった者から消えるのが 大自然のルールだから。
(→ わたしが誰かの意見に納得しただけ )
◆「私」を手放せば、もっと心穏やかに居られると思うけど
考えている前に 感情が暴れ出すんだろうな。
旧約聖書に アダムとイブの息子達が
人類最初の殺人を行った記述があって
その原因は「嫉妬」だった。
「同等か、それ以上でありたい」という我欲と
喪失への恐怖や不安は、
時間を経ても、地域を超え、誰もが持っていて
国の繁栄はこのエネルギーが支えているのかと思えるほど。
今より良い状況に変える手段として
殺人するパワーを、さらなる自分磨きに向けたり
第3・第4の新しい手段を見つけて欲しいけど、
裏腹だから、それもほどほどがいいよね。
かつて維摩経の影響を受けたであろう聖徳太子が
日本書紀によれば604年に十七条の憲法を制定した。
和をもってとうとしとなす
という短い文章の中に、
気持ちよく生きるための 仏教の知恵がにじみ出ている気がするし
維摩さんのお説教を もっともっと拝聴したくなった。