現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

皿海達哉「メジロのとまり木」坂をのぼれば所収

2019-02-15 09:25:49 | 作品論
 小学六年生の稔は、大晦日の日に、正月に使うウラジロを探しに山に行った時に、足に枝をぶらさげたメジロを見かけます。
 トリモチを使った罠から逃れてきたのでしょう。
 しかし、枝を足にぶら下げたままなので、上手に飛ぶことも枝にとまることもできません。
 それでも懸命に飛んでいるメジロを見て、それまで熱中していたメジロ捕りをもうやめようと思います。
 始業式の朝に、前を歩いている中学生たちの会話から、そのメジロがナワシログミの枝にひっかり、さらに空気銃で撃たれて死んだことを知ります。
 稔は、卒業記念の植樹の木を、メジロが大好きな蜜のたくさんある赤い花の椿にしようと思います。
 この作品は、従来の「アクションとダイアローグ」で書かれた現代児童文学ではなく、主人公の心理を中心に徹底して「描写」を用いて書かれた「小説」です。
 この本は1978年に初版が出たのですが、このころから小説化した児童文学が現れ始めて、それらの本では読者の対象年齢も上がって、やがて一般文学への越境が始まります。
  物の哀れ、生き物の死、弱者へのまなざしなど、感受性豊かな少年の気持ちを鮮やかに描き出していますが、今の同年代の読者には高尚過ぎるかもしれません。
 しかし、それ以前に、このような普通の男の子を主人公にした男の子向けの作品(出版当時あるいは作者が子ども時代の地方の男の子の遊びである、メジロ捕りについて克明に描いています)など、L文学(女性の作家が女性の読者のために女性を主人公にした文学)全盛の現在では、出版すらされないでしょう。

坂をのぼれば
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