現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

米澤穂信「柘榴」満願所収

2017-02-24 10:03:17 | 参考文献
 評判の短編集の三作目ですが、これも期待はずれでした。
 美貌と駆け引きで、ねらいの男を射止めた女の話です。
 その男に生活力が全くないことを思い知らされて、二人の娘たちがある程度成長してから離婚を決意します。
 当然娘たちの親権を得られると思っていたのですが、娘たちの思いがけない裏切りにあって、親権を男に取られてしまいます。
 女から美しさを引き継いだとされる娘たちもまた、その男の魅力にひかれていたという設定なのですが、肝心の男の魅力が全く書かれていないので、まるで説得力を持ちません。
 作品のほとんどが説明文で書かれていて、男の魅力だけでなく女や娘たちの美しさもきちんと描写されていません。
 特に、全ての女性を虜にするという男に関する描写が皆無なのは致命的です。
 児童文学の世界でしたら、商業出版ではなく同人誌レベルの出来でしょう。
 いや、私が属する同人誌であれば、同人誌に載せる以前に、初稿の合評会の段階で作者はコテンパンにされると思います。

満願
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新潮社
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くさい?でも、9才は最高!

2017-02-23 09:36:24 | キンドル本
 主人公の男の子は、誕生日で9才になります。
 おとうさんは、ちょうど40違いの49才です。
 姉は、おとうさんのことを「しじゅう臭い(49才)」と呼んで馬鹿にしています
 その姉からは、主人公も「しじゅう臭いの子はやっぱり臭い(9才)」と、馬鹿にされています。
 でも、9才になると、主人公にはいろいろといいことが起きます。
 やっぱり9才は最高です。

(下のバナーをクリックすると、2月26日まで無料で、スマホやタブレット端末やパソコンやキンドルで読めます。Kindle Unlimitedでは、いつでも無料で読めます)。

くさい?でも、9才は最高!
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メーカー情報なし



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津村記久子「路地を訪ねるしごと」この世にたやすい仕事はない所収

2017-02-22 18:08:57 | 参考文献
 連作短編集の四編目です。
 今度の仕事は、各家をまわって、公共ポスターのようなものを貼りかえる仕事です。
 今回も風変わりな仕事なのですが、途中からは、やはりポスターを貼って回っている胡散臭い組織との戦いになってしまって、ワーキング小説としてはどうかなと思いました。
 主人公以外の登場人物もデフォルメされすぎていて、他の作品のようなあるある感が希薄なので物足りませんでした。

この世にたやすい仕事はない
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日本経済新聞出版社
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丘修三「あざ」ぼくのお姉さん所収

2017-02-22 09:58:02 | 作品論
 知的障害者の女の子である主人公と、それよりずっと幼い小学三年生の女の子の交流を描いています。
 三年生の女の子と遊んだ後に、主人公の体にあざができることを、主人公の母親は気づきます。
 しかし、女の子もまた他の子どもたちにいじめられてあざができていることを知って、母親はそのことを黙認します。
 主人公と交流することによって、女の子も精神的に立ち直っていくことが暗示されます。
 主人公の母親の心の動きが中心に描かれているので、子どもの読者にはやや難しいかもしれません。
 また、知的障害者である主人公が、聴覚と視覚において人並みはずれて優れていることが描かれているのですが、そのことと三年生の女の子との交流の関係性も、もう一つはっきりしてないように思われました。

ぼくのお姉さん (偕成社文庫)
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偕成社
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中野雅至「日本資本主義の正体」

2017-02-22 09:56:04 | 参考文献
 題名は勇ましいですが、内容はそれに伴っていません。
 いろいろなデータを使って、実質所得が伸びずに貧困層が増えていることや、日本での格差社会が世代間格差が主であることなどを述べていますが、それに対する作者なりの処方箋がほとんどありません。
 すでに常識となっている事実を整理する以外に述べている作者の意見は、大半が借り物(水野和夫「資本主義の終焉と歴史の危機」や話題になったトマ・ピケティ「21世紀の資本」など)にすぎません。
 書き方もかなり乱暴で、作者は「搾取されている」大衆(特に若い世代)への啓蒙書のつもりかもしれませんが、そこには彼らへの深い共感なり尊敬なりがあまり感じられません。
 最後に、作者は、以下のような理由で、日本の未来は暗くないとしています。
・人手不足になって労働者に有利な状況になる。
・転職市場が活発化して会社に従属しなくてもよくなる。
・高い給料がもらえる先端産業が出現する。
 しかし、この部分は新書本でわずか3ページしかなく、具体的な根拠やデータは示されず、理由は作者が「予感がする」とだけしか書かれていません。
 
日本資本主義の正体 (幻冬舎新書)
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幻冬舎
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小熊英二「国際環境とナショナリズム」平成史所収

2017-02-22 09:39:56 | 参考文献
 「平成史」の巻末論文です。
 「「フォーマット化」と疑似冷戦体制」という副題がついていますが、それらについては初めに少し触れただけで掘り下げられておらず、たんに概観しただけにとどまっています。
 それについては、小熊は註1で以下のように弁明しています。
「本章の課題は、題名に示すとおり、平成期の国際環境を概説し、日本のナショナリズムの動向を粗述することにある。とはいえこの問題を論ずるには、日本の安仝保障体制とアジア外交の問題を記述に含めざるをえなかった。筆者にとって外交・安全保障の歴史は専門外であるが、上記の問題をすベて含む記述を行なえる候補者が見当たらなかったため、本草を相当することとした。」
 正直、こんな言い方は書き手や編集側の都合にすぎず、読者には迷惑でしかありません。
 小熊は「粗述」という言葉を謙遜のつもりで使っているのでしょうが、内容はまさに「粗述」にすぎません。
 こういった現在進行形の歴史を取り扱うと、「1968」の記事でも述べたように、文献渉猟に偏った小熊の研究の方法論の限界が目立ちます。
 文献だけ(この章でも80もの註をつけて、たくさんの文献を紹介しています)に頼らずに、実際に活動している政治家、官僚、ジャーナリストなどにインタビューして、ウラを取る作業を怠っているので、小熊の勝手な読みに思えてしまいます。
 また、特定の政治的立場に偏った文献に頼りすぎていて、反対の立場の文献とのつけあわせがないので、論の組み立てが恣意的な印象を強く受けてしまいます。
 小熊は論文の最後に、この問題の幅広い論議の必要性を訴えかけていますが、この本なり論文なりの作り方にもそのことはいえると思います。

 
平成史 (河出ブックス)
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河出書房新社
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グードルン・パウゼヴァング「潔白証明書」そこに僕らは居合わせた所収

2017-02-22 09:35:15 | 作品論
 「潔白証明書」とは、戦後のドイツで、友人や知り合いに<この人物は善良であり、ナチスの党員以外の人間に対して親切なる行いをした>と文書で証明してもらうことで、元ナチス党員でもこの書類があれば、裁判官に無罪にしてもらえました。
 そのため、嘘の証明書が横行したといいます。
 この物語では、老人ホームで暮らす老婦人が、自分の母親がナチスの党員で国家社会主義女性同盟の地区団長であったにもかかわらず、同じアパートのユダヤ人一家がアメリカに亡命したときに引っ越しを手伝ったことを、今はアメリカに住むそのユダヤ人の女性に証明してもらって罪を逃れたことを告白します。
 しかも、引っ越しを手伝ったのは、ナチスの先を見越して逃げ道を作っておくためにしたことでした。
 この作品でも、女の子(中学生か高校生と思われます)が学校の宿題で「潔白証明書」について調べに来た形で書かれていて、将来の世代(子というより孫にあたる世代)に語り伝えようとしています。
 ここでわかるのは、ドイツでは負の過去であるナチスについて学校できちんと教えていることや、老人世代もそれを孫世代に伝える努力をしていることです。
 それにひきかえ、日本では過去の負の記憶には目をつぶりがちです。
 また、学校でもきちんと教えませんし、老人たちは口をつぐんでいます。
 そのため、A級戦犯でも復権して総理大臣までのぼりつめたりしているのです。
 そして、A級戦犯も合祀されている神社へ、現役の大臣が参拝したりしています。
 ちなみに、昭和天皇はそれまでは参拝していたにもかかわらず、A級戦犯が合祀されてからはその神社へ参拝していません。
 児童文学の世界でも、戦中は戦意高揚のための作品を書いていた人間が、戦後は手のひらを返したように平和や民主主義を唱える作品を平気で書いたりしました。
 これから、被害者でもあり加害者でもあるフェアな立場にたって戦争について児童文学を書くとしたら、再話や二次創作になると思いますが、重要で必要な仕事だと思います。

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
クリエーター情報なし
みすず書房
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キンドル・ペーパーホワイト

2017-02-22 09:32:26 | 参考情報
 2013年1月12日に、アマゾンの書籍リーダー、キンドルペーパーホワイトを購入しました。
 キンドルストアの日本語の電子書籍の品ぞろえは以前として不満な状態(購入時よりはかなり改善されています)なのですが、いろいろな使い方ができました。
 私の読書生活のある部分を担えているので、気づいた点をまとめておきます。
 内蔵ライトと電子ペーパー(日本人のエレクトロニクスの技術者であった私の目で見ると、画面はかなりムラがあります)により、文字と背景のコントラストが良く、日向でも暗闇でも同じように読書が楽しめます。
 寝床で仰向けになって片手で持って読むときは日本人にはやや重いですが、椅子に座って両手で持って読むときには重さ(213グラム)は気になりません。
 文字が大きく(文字の大きさは何段階にも変えられます)、画素数が多くて文字が鮮明なので、目が疲れません。
 バッテリーは、かなりハードに使っても一週間近くもちますし、USBでPCから四時間ぐらいで充電できるので不便は感じません
 充電中も、ケーブルにはつながっていますがキンドルを使うことはできます。
 以上の点で、文庫本のハンディさとハードカバーの本の字の大きさを共存できています。
 読みやすさと画面に集中できるので、読む速さは紙の本と比べて二倍近く速くなっていると思います。
 本の購入はワンクリックで、WiFi経由で瞬時に行えます(3Gで行えるタイプのものもあります)。
 キンドルからも直接買えますが、私は買いやすいのでPCでキンドルストアにアクセスして購入しています。
 その場合も、本は私のキンドルへ直接送られてきます。
 本は、キンドルに1000冊内蔵でき、それ以上はクラウドで無限に所有できます。
 本や文書は、「コレクション」という機能でグループ化できますが、「コレクション」の階層化ができないので、本などの数が増えると整理は難しくなると思います。
 これ一台で、すべての本や文書を管理できるような設計にはなっていません。
 やはり、寝室や外出時の読書用と位置付けるべきでしょうか。
 キンドル本は、サンプルがダウンロードできるので、試し読みができます。
 ただし、サンプルの量はまちまちで、かなり読めるものもありますが、目次だけしかないものもあります。
 以上のように携帯読書機としての使い勝手は申し分はないのですが、問題は日本語の品揃えがまだ十分でない事と値段の高さ(紙の本の価格(文庫が出ている場合はその価格)から若干安くなっている程度の事が多いです。中には値引き率の高いお買い得品もありますが)です。
 品揃えの印象では、話題の新刊ぐらいのカバー率はかなり改善されてきました。
 翻訳本はベストセラーに限定されています。
 古い本で文庫本が出ていないものも、かなり限定されています。
 文庫本は、話題になっている物を中心にかなり増えてきています。
 青空文庫(著作権の切れた古典的な本をボランティアが電子化した本)は、無料で読めます(古い言葉は内蔵の大辞泉という辞書で調べられるので便利です)。
 自己出版本(著者が直接キンドル版にしたもの)は値段が安いですが、タイトルが魅力的なだけで詐欺まがいの本が混じっているので注意が必要です。
 それに比べて、洋書は海外のキンドル本が読めますので、英語の本はかなり充実していますし、値段も日本語の本よりかなり安いです(おそらくペーパーバックの値段を基準にしてでディスカウントしているのでしょう)。
 ただし、英語以外の言語の本は、日本語の本の品揃えとほぼ同様です。
 以上の状況を、児童文学者の立場でまとめてみます。
 まず、英米児童文学の研究者や学生には、キンドルは必携のツールでしょう。
 原書が安く瞬時に購入できますし、プログレッシブ英和中辞典を内蔵していて、わからない単語はそれにタッチするだけで和訳が出るので、辞書を引く必要がありません。
 プログレッシブ英和中辞典にない単語も、The New Oxford Amerikcan Dictionaryも内蔵されているので、やさしい英語で表示してくれます。
 私の感覚では、原書を読むスピードは少なくとも二倍以上は速くなった気がしています。
 品ぞろえも日本語に比べれば段違いで、ためしにカニグズバーグとピアスを検索してみたら、主な本は三、四百円ぐらいでだいたい買えます。
 もちろん、著作権の切れた本は無料で読めます。
 ケネス・グレアムの「楽しい川辺(The Wind in the Willows)」をダウンロードして、久しぶりに読んでみました。
 しかし、今のところ、現代日本児童文学の研究には全く使えません。
 日本語の児童文学の本は、ほとんどありません(キンドルストアにはジャンルさえありません)。
 せいぜい、青空文庫の賢治や南吉の本が若干読めるだけです。
 これに関しては、今後の品ぞろえに期待するしかありません。
 しかし、PDFでデーターベース化されている論文やマジックスキャン(その記事を参照してください)でJPEGでスキャンした論文などは、キンドルへ転送できるので、コピーを持ち歩かなくても携帯でき、手軽に読むことができます。
 最後にやや特殊ですが、2013年の12月に復帰した児童文学同人誌の会員としての目で眺めてみると、同人から送られてくるワードで書かれた作品もキンドルに転送して読むことができるので、いちいち印刷しなくても作品を携帯できてすごく便利です。
 また、外出することが少ないのでいまだにガラケーを使っているので、時刻表や初めての外出先の情報をパソコンからキンドルへ送って持ち歩いています。
 現時点での私のキンドルの使い方を整理してみると、以下のようになります。
1.ワードやPDFやJPEGのファイルを、パソコンから転送して携帯する。
2.新刊本のサンプルを試し読みして、値段に見合えば購入する。
3.文庫本のサンプルを試し読みして、良ければ購入する。
4.青空文庫の本をダウンロードして、漱石、太宰、賢治などの古典を読み直す。
5.英語の本を購入して、錆びついた英語力をブラッシュアップする。
6.同人の作品を転送して、合評会に携帯する。
7.外出時に必要な情報を、事前にパソコンから転送して携帯する。

その後、外出時はタブレット端末(上記の機能はほとんどカバーできます)を使うようになったので、キンドルペーパーホワイトは室内での電子書籍の読書専用(タブレット端末より軽くて画面も読みやすいです)になりました。


 
Kindle Paperwhite
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Amazon.co.jp


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ウルズラ・ヴェルフェル「ふたごの魔女」灰色の畑と緑の畑所収

2017-02-22 09:21:17 | 作品論
 これも子どもたちが、弱者をいじめる話です。
 今回、いじめの対象になったのは、双子の老婆たちです。
 子どもたちは、彼女たちを「ふたごの魔女」とよんで、いじめたのです。
 一人が死に、もう一人が養老院へ入ってその町を去った時に、子どもたちはいじめたことを後悔しますが、もう遅いのです。
 これも古今東西、普遍的なお話です。
 ここでも作者は、読み味の悪いまま読者を突き放しています。
 安易な回答を示さずに、読者たちがこういった問題について自分自身で考えるきっかけを与えるためだと思われます。

灰色の畑と緑の畑 (岩波少年文庫 (565))
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岩波書店
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マージョリー・ワインマン・シャーマット「詩」ソフィーとガッシー所収

2017-02-20 09:58:32 | 作品論
 ソフィーは、「およばれ」のことを書いた詩をガッシーにプレゼントします。
 ガッシーは、そのお返しをしようとしますが、詩も絵もケーキをうまくいきません。
 ガッシーは、頭が痛くなったので、その日はそのまま寝てしまいます。
 翌朝、だいぶ気分が良くなったガッシーは、すぐにソフィーの家に行くと、詩のお礼を言って心を込めてキスをします。
 絵本や幼年童話の王道である「繰り返しの手法」を使って幼い読者たちを楽しませ、最後に「物よりも心」という素敵なオチをつけます。
 非常にオーソドックスな作品ですが、物語も絵も一級品で「生まれてすぐに古典」といった風格があります。 

ソフィーとガッシー
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BL出版
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丹下健太「仮り住まい」仮り住まい所収

2017-02-20 09:45:52 | 参考文献
 前田は、弟のあきひろが飼っているヘビの世話をするために、大学時代のサークルの仲間のみきの家に二週間「仮り住まい」することになってしまいます。
 あきひろは、親戚が留守の間だけみきが住んでいる一軒家に、一年も前から一緒に暮らしています。
 といっても、二人は恋愛関係にあるわけでなく、みきがヘビが好きなのであきひろが居候させてもらっているだけです。
 あきひろが泊りがけのバイトへ行くので、前田は一日三千円でみきの家でヘビの世話を引き受けたのです。
 といっても、お金に目がくらんだわけでなく、前田の過去(キャバクラや風俗通い)を知るみきに、そのことを恋人のけいこにばらされるのを恐れて引き受けさせられたのです。
 みきは、前田の弱みに付け込んでバイトの半額をピンハネし、さらに家事も押し付けています。
 こうして二人の奇妙な同棲生活が始まったのですが、ひとつだけ問題がありました。
 一週間に一度ヘビに餌の冷凍ネズミをやらなければいけないのですが、前田もみきもそれができないのです。
 前田は会社の同期の山下の上司で、爬虫類好きの変人の田村さんに餌やりを頼みました。
 こうして奇妙な「仮り住まい」に、もう一人変わった人物が加わります。
 中途半端だった三人の関係は、ヘビの脱皮を一緒に見るという共通体験を通して親しいものに変化していきます。
 あきひろが帰ってきて「仮り住まい」は終了し、さらにみきの親戚の人も帰ってくることになって、へびを媒介にしたみきとあきひろの「同棲生活」も終了します。
 主人公の前田は会社員という設定なのですが、作者はまったく仕事には関心がなく(あるいはその世界を知らないのかもしれません)、大学時代からの友人などの小さな人間関係を細やかに書いていきます。
 最近の児童文学でも主流になっている、いわゆる「小さな物語」を描いた典型的な作品です。
 ただ、前作の「マイルド生活スーパーライト」と比較すると、ずいぶん書き方がこなれてきたイメージです。
 前田、みき、田村さんという主要な登場人物が魅力的に書かれていますし、ヘビの脱皮が登場人物が人間的に成長することの比喩として生きています。
 それにしても、作者は大学時代のサークルの人間関係に濃密な思い出があるようです。
 学生時代の風俗通いの経験を知る女友達という設定は、私には想像できないのですが魅力的ではあります。
 ラストシーンでの、みきをめぐる兄弟の微妙な思い(みきはあきひろが好きで(前田の恋人のけいこは女の勘で前からそれを初めから見抜いていた)、前田は恋人のけいこがいるにもかかわらずみきを憎からず思っている)が、作品に心地よい余韻を残しています。

仮り住まい
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河出書房新社
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かわてせいぞう「野原のなかで」

2017-02-20 09:23:20 | 作品論
 自然の美しさや少年の心を歌った詩集です。
 作者は、長年教職に携わりながら、雑誌や同人誌に少年詩を書いてこられた方です。
 この作品は、1991年3月に出版されたものですが、おそらく四十年以上の間に書かれてきたその折々の詩がおさめられているのでしょう。
 エンターテインメント以外の児童文学でプロの作家になることがどれだけ困難かは繰り返し書いてきましたが、少年詩となるとそれはさらに困難な世界です。
 おそらくこの本も、自費出版か共同出版(作者も制作にかかる費用を負担する)によるものでしょう。
 今まで他の記事で書いてきたことと矛盾するかもしれませんが、長年の創作活動の成果をこういう形で美しい挿絵と装丁の本にまとめることは、作者やその周辺の方々にとって意義のあることでしょう。
 奥付きに書かれているように1993年3月に重版されたことを、素直に祝福したいと思います。

野原のなかで―かわてせいぞう詩集 (ジュニア・ポエム双書 65)
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銀の鈴社
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上野千鶴子、古市憲寿「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります」

2017-02-20 09:21:51 | 参考文献
 いま人気の社会学者の古市が、師匠筋にあたる上野と、介護問題を中心に世代間格差なども含めて討論しています。
 一読、この二人では役者が違いすぎるし、若い世代の代表としては「いい子」すぎる古市では、上野の討論相手としてはミスキャストだというのが正直な感想です。
 それでも、団塊世代の上野と団塊ジュニアより若い世代の古市との間で、もう少し世代論的な議論ができるかと少しは期待して読みましたが、全く期待はずれでした。
 古市が団塊世代の責任に何回か水を向けているのですが、筋金入りのフェミニストで社会主義者の上野に巧みにかわされて、男性の責任、保守政治家の責任、経済団体の責任と、問題を世代論からはすり替えられてしまいます。
 現在の世代間格差の解消のためには、まず団塊世代が自分たちの既得権益を投げ出す姿勢がなければ解決の糸口は見いだせないでしょう。
 東大の元教授である上野は、古市たちの世代から見れば十分すぎるほどの年金を受け取る資格を持っているのに、そのことに自分で少しも触れないのはフェアじゃないと思います。
 また、独身で子供のいない上野に「団塊世代は子育てを失敗した」と繰り返し言われるのも、当事者意識を欠いた無責任な発言に聞こえました。
 なぜ、古市は、「上野先生は少子高齢化にすごく貢献していますね」と、痛いところを突かなかったのでしょうか。
 おそらく、古市自身、自分は他の若い世代の人とは違うという特権意識があって(いわゆる勝ち組)、若い世代の問題に彼自身も当事者意識がないからなのではないでしょうか。
 また、上野という権威に対して、古市があまりにも「いい子」すぎるのも鼻につきました。
 これは、彼の他の本にも共通していて、一人の生身の若者としての古市自身の存在が、この討論にも決定的に欠けているからだと思います。

上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください (光文社新書)
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光文社
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宮澤清六「焼け残った教材絵図について」兄のトランク所収

2017-02-20 09:19:48 | 参考文献
 賢治が、羅須地人協会で地元の青年たちに科学や化学を教えた時の貴重な自筆の教材は、花巻の空襲で生家が焼けた時も蔵の中でその一部が焼け残って保存されていました。
 この1984年5月の文章は、その原稿が復刻出版されたことのお礼を述べたものです。
 教材絵図は、賢治が文学者としてだけでなく、科学者あるいは教育者として活躍したことを実物で証言する貴重な資料で、大事に保存していた遺族の方々に敬意を表したいと思います。

兄のトランク (ちくま文庫)
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筑摩書房
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ウルズラ・ヴェルフェル「そんな国で」灰色の畑と緑の畑所収

2017-02-20 09:00:59 | 作品論
 自由について話すと弾圧される国の話です。
 仲間の大将になりたくて、敵対している二人の少年がいます。
 一人の少年の父親が、自由について話したために警察に連行されます。
 少年は、もう一人の少年の父親が秘密を売ったのだと思い、そのことをみんなに話します。
 すると、その人も警察に連行されてしまいました。
 実は、父親同士は友人だったからです。
 二人の少年は、依然として敵対しています。
 その国では、不信、不安、敵対は、禁止されていないからです。
 作者は、この話の舞台が、どこの国とも書いていません。
 しかし、残念ながら、今でも世界中にこのような国はたくさんあります。
 日本のすぐそばにも、そのような国々があることは、ご存じのとおりです。
 いえ、私たちの住む日本も、70年前はこのような状態でした。
 再び自由について話せないような国にならないように、不断の努力をしなければなりません。

灰色の畑と緑の畑 (岩波少年文庫 (565))
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岩波書店
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