この写真は自宅ベランダから見た風景で、都庁を間近に見ることができる。自転車ならスイスイなので、都庁にパスポートや免許証の受け取りに、ついでにカメラのヨドバシまで足を伸ばして買い物に行くことが多い。
広島の片田舎で生まれ育った者としては、まさかこの年でこのような暮らしをするようになるとは、夢にも思わなかった。都会暮らしに良い面と悪い面がある。
しかし断言するが、都会は思いの外かなり不便が多い。今や田舎では一家に一台でなく、一人に一台のクルマ社会である。雨の日も風の日もドアtoドアで、実に素晴らしい。ところが都会はクルマでなく近くの駅までチャリンコや歩きなので、大変だ。びしょ濡れやしびれる寒さを、久しぶりに体験することになった。
買い物も大変である。巨大なスーパーやモールが都心になく、小さな個人商店がいまだに健在である。つまりあっちこっち、昔のように重い荷物を持って買い物に歩き回ることになる。車で行っても店には駐車場などのスペースがなく、遠くにおいて歩くことがほとんどである。渋滞が常態化し、実に不便だ。文化施設
や娯楽施設は確かに充実しているが、しかし残念ながら宝の持ち腐れ。ほとんど行く機会がない。
もっと大変なのは、文化・習慣である。エレベーターでは右側は追い越し車線なので、必ず左側に立つとか、降り口付近では決して立ち止まらない。どんな道でも真ん中を堂々と歩いてはいけない。必ず一方を空けて歩かなければならない。早足も早足、異常に速く歩く。この他、電車のホームや、車内のルールもかなりある。都会暮らしのルールは細かい。これは人が過密なため、その場その場のルールを細かに守ることで暮らしやすくしているのだ。 (都会暮らしにまだなじめない、ケパ)
この頃ベランダ越しの空の雲に目が向く。
ソファーにすわっていて空が見えるから、雲の動きに目が向く。この頃は秋空になって雲の形もいろい
ろでさらに楽しく、思わずケパさんに「ねえ空の
見てぇ! Callの動きと追うのと同じくらい楽しいから
」と・・・ウォッチングを誘ってしまう。
どうしてこんなに空が近いのかと思ったら、そう!ここの部屋は4階だった。それも道路より2mも高いので、目の前の建物も気にならない。もっともその建物より高い建物は遙か遠いから、空は広々している。さらに目を移すと新宿のビルが見えるけれど、部屋から見る空には影響なし。夕方の空には地上の灯りがまたきれい。
信州にいる時はそれ程気にしなかったのに・・・この都会で、空と雲ウォッチ出来るなんて考えてもみなかった。だからこう祈った。
神様。あなたの造られた自然をこの都会で心から喜べる時を下さり、感謝します。(ドルカス)
(追加)これまでに判明したドルカス語録
「へちょ食い」・・・・(ドルカス弁)猫のコールがえさをちょっと食べ、またちょっと食べます。それを「へちょ食い」と言うようです。
「脱(ぬ)んで」・・・・(ドルカス弁)靴を脱ぐ、服を脱ぐのドルカス独特の言い方。
「あけっぱ」・・・・(ドルカス弁)開けっ放しにすることらしい。
「そっこ」・・・・(ドルカス弁)靴や箱などの、なんでも、底のことを指す。
「わにる」・・・・(信州・上田弁)恥ずかしいことをわにると言う。
「びっちゃう」・・・・(上田弁?)捨てちゃうことらしい。
「持ちに行ったぁ?」・・・・(上田弁)取りに行ってくれたの?
「ひっつき棒」・・・・(日本各地で通用)なんでもくっつけられている状態を「ひっつく」と言い、これは集成材の棒を指す。
注1)どうも、信州上田弁プラスのようです)
注2)元国語教師ケパによる正しい日本語矯正指導の結果、ドルカス語が絶滅する恐れがあるので記録しました。 (ケパ)
夫婦で腹を抱え、涙が出るほど笑ったことがあった。
昨日、近くのホームセンターで買ってきた集成材で、写真のようなパソコン置き台を作った。我ながら床や家具とマッチしてよいできだと思ったのだが、板を切断したため、同じ長さの一片の棒ができた。話題の種はその棒(写真下部)であった。
工作終了後、その棒をドルカスは手にとって「この『ひっつき棒』、どうすんの?捨てるの?」とわたしに聞いてきたのだ。
声だけ聞いていたわたしは「?????」。何をドルカスが聞いているのかわからなかった。目を上げ、ドルカスの手に持っている棒がその「ひっつき棒」であるらしきことが判明した途端、わたしの<笑い>が止まらなくなったのだ。確かにそりゃそうだ。集成材(写真)っていろんな木がひっつけられてできたもんだ・・・・。「ああ」でも笑いが止まらない。
これまでに判明したドルカス語録(注:どうも、信州上田弁プラスのようです)
「そっこ」・・・・靴や箱などの、なんでも、底のことを指す
「持ちに行ったぁ?」・・・・取りに行ってくれたの?
「ひっつく」・・・・なんでもくっつけられている状態のものを指す
(ケパ)
今日は体重計の話です。
実は最近まで、避けて認めたくなかった事実・・・・「下腹の成長が著しい」有り様を、さすがに(しぶしぶですが)認めざるをえなくなりました。次の三つの冷厳な事実が私を追い込み、認めざるをえなくさせたのです。
○「これって妊娠八ヶ月って感じねえ」とドルカスが私の腹を横目にボソッと言う。
○夏ズボン、出してはこうとすると、ほとんどのズボンがはけない。なぜだ!
○最近のテニス、おかしくない?コートカバーが狭くなり、球が拾えなくって、ぶざまな負けが続いている。
それで、しぶしぶと、ずっと避けていた体重計に載りました・・・・。結果は(-_-;)、ああショック、神様にだけにしか言えない数字でした。わが人生上、未到達にしたかった最高峰、恐れていた大台を、軽ーっく2Kgも突破していました。「男は見かけじゃないよ」と強がり言ってみたものの、ショック。
じゃあダイエットをがんばって・・・とトレーニングしようにも、テニスだけが続いているだけで、他の運動はアウト。何が楽しくて「走る」なんて苦行が続けられるのだろうか?では食事の量を減らす・・・・なんてことはリバウンドの方が多そう。「幸せ太りなんだから」なんて慰められても、勝負は非情。同情では相手に勝てない。
なので、他にどうしようもなく、神様にお祈りしました。すると意外なほど簡単な示しがありました。「良く噛んで食べなさい。」
なるほど、前職は食べる時間がほとんど無い職業がら、すごい早食いでした。まるで流し込むがごとくの食事で、何を食べたのか記憶が無いこともしばしば。「よく噛んで・・・」、さすが神様、これなら私でも続けられそう。
今日で十日目になります。写真は三日前60歳になったその日の記録を、体重計がディスプレイしている様子です。今日まで十日、約1Kg暫減しています。山あり谷ありを繰り返しながら、しかし着実にゆっくりと下がりはじめているようです。
神様、このような小さな祈りも答えてくださることを、心から感謝します。 (ケパ)
読み終えたのは先ほどだが、今現在進行していることだけに、衝撃的な内容だった。
周知のように、イスラエルは独立以
来、常に周辺の国と戦って来たが、第一次インティファーダ(蜂起)以来、国の内部においても、アラブ・パレスチナ人勢力と激しく戦うことを余儀なくされている。対外的な情報面に関しては「モサド」が、国内の治安情報面に関しては「シン・ベット」が対応している。
この著者(モサブ)はイスラエルの抵抗二大勢力の内、特にイスラム主義で爆弾テロでなる「ハマス」の創設幹部の長男にして、ハマスの主なテロ活動を支えてきた人物だが、実はイスラエルの情報機関「シン・ベット」のスパイだったという、驚くべき告白である。しかも彼はイスラムからユダヤ教ではなく、なんとプロテスタントのクリスチャンに改宗するのである。アラブから見れば極悪非道の裏切り者、万死をもって償うべき背教者、世界中のイスラム教徒がつけ狙う敵となった。
しかし単なる裏切り者、スパイの話でないことも、この書を読んでいけばわかる。たとえば18歳の時、過酷な刑務所に送られる体験をするが、そこで見たものは同じ仲間のハマス同士で行われる凄惨なスパイ捜し、リンチだった。またインティファーダでも、指導者が先導して待ち構えるイスラエル軍に立ち向かわせるが、その目前でサッと指導者たちは引いて高見の見物をする。そのまま後に押されて前進する人々が撃たれ殺され、血と肉片となって飛び散る様を、指導者はボディガードに守られ安全に見るのである。
ハレルヤ ケパさんは明日12日で満60歳です。最近60歳を意識している
のかな。と思っていたのですが、私達はその歳その歳ですばらしい
価値があること知っているので・・・(かなり無理して
)・・すよね。
「明日も早朝テニス行くよ。その前に起きていっしょに早天するよ」と、本人は早々にます。比較的、朝の弱い私をいっしょに起きて祈るのだよって、励ましてくれるのですねぇ
。テニスは彼の健康維持というか若さの維持。牧師としての働きに役立つのだと自負する彼を、誰が止められましょう
(みこころのスポーツ!彼は祈って神様に聞いているのだそうです。)
ところで、私達が良く歌うゴスペル「やすらぎの歌」にこんな曲があります。
~君が生まれる前から 君を知ってた 母の胎の中で君が かたち造られる前から・・・・
省力して2番は
~たとえ誰かが何かを君に言おうとも、君はありのままの君で 値打ちは少しもかわらない
君は高価でとおとい私の宝 どんな暗闇の中でも 輝き続ける、君の髪が白くなっても
私が君を背負い歩こう 君の手を握り歩き続ける 君の命の限り~
そうなのです。私達のことを生まれる前から、神様がご存知で、年老いても神様がすべてご一緒なのです。私達を母の胎において下さったのも神様ですから、確かです。
これ程神様に愛されていて、それなので、その歳その歳が素晴らしいと思うの。
60歳となるケパさんは、自身が神様から頂いた祝福をさらに多くの人々にお伝えし、神様の救いが起きることを祈り伝道していく一年が始まりまるのです。
ドルカスも共に歩きましょう・・・・おめでとう ケパさん。