ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』
これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

世界一ビッグな漁場の漁師に

2012年02月29日 | 示されたこと

Snow  今朝目覚めて、みなさんも驚かれたと思うが、東京は雪景色だった(写真は自宅前)。2月29日というのは閏年だから、4年に1度しかない日の珍しい降雪となる。例年なら実質的には3月1日の名残(なごり)雪と言っていい。外に出てみると、やはり水分の多い、すぐ溶けそうな重い雪だった。

 スキー場も近かった田舎育ちなので、雪には馴れていても東京では久しぶりだ。マイカーは一応スタッドレスをはかせているものの、4駆ではないので出勤は電車でする。田舎では電車など公共交通機関が発達していないので、車で否が応でも出発するしかない。この選択が多くあるという点は、渋滞で悩まされはしても、都会の便利さを実感する。

 ところで都会で働いている人で、定年後は自然の豊かな故郷に帰って余生を送りたいという人が多い。私はその逆で、定年より少し前だったが、地方から逆に都会に出て来た。好きで来たのではない。神から牧師に召され、「東京で」と示されて来た。ところが少し前、田舎に住むドルカスの兄がわたしにこんなことを言った。
「おい、こっち(信州)に帰って来て、落ち着かんか。」Photo
 ありがたいお誘いである。嫌な奴と思われていたら、決してこんなことは言われない。そしてもともと田舎者の故、自然豊かな信州は魅力ある誘いである。しかし、今は神に実を捧げ、託された使命がある身なのでお断りするしかない。義兄に分かりやすいように、こんな風に答えた。

「ありがとうございます。でも私(ペテロ=ケパ)は聖書では人を捕る漁師としてキリストに召されました。同じ漁をするなら、たくさん魚が群れている漁場を選びますよね。ここも良い所ですが、東京は世界一ビッグな漁場なんです。」

 通じたか通じなかったか、お義兄さんは少しあいまいな笑顔で返した。

 そうだ、私の使命は漁師だった。本業に精進せねば・・・・いや、神様に熱心に祈り求めよう。自分はいったい何をしに出てきたのか。ハッと気づかせてくれてお義兄さんでした。

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再びドルカス

2012年02月28日 | 信仰

 今週の日曜礼拝の後、所用で出かける牧師を送り出してから女性達で「証し」のことで話が盛り上がった。話の流れで私の「ドルカス」がどうして導かれたのかの話になりました。
聖書の一箇所にその名前が出てきます。


それはサウロ(のちのパウロ)がダマスコで、回心したことが書かれている重要な箇所です。その後半にペテロがただ一人女の弟子タビタ(ギリシャ語の訳せばドルカス)をよみがえらせた事が、おまけのように書いてるのです。
この名前を私にと、神様から示されたケパさんは困ったのです。なぜってどう考えても、私が喜んでこの名前を受け取ってくれないと思ったから・・・たしかその時私は「えぇぇ・・・タビタ!ドルカス!」となんて答えようかとおもったのですが、どこに書いてあったかと、聖書箇所を開きました。そして思いのうちに語られたのです。『私の名前と示してくださるのは意味があるのだから、祈ってみよう。』

 

  ヨッパにタビタ(ギリシヤ語に訳せば、ドルカス)という女の弟子がいた。この女は、多くの良いわざと施しをしていた。
ところが、そのころ彼女は病気になって死んだが、人々はペテロに「すぐに来てください」と頼んだ。ペテロはいっしょに出かけた。彼らは屋上の間に案内した。やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスがいっしょにいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。
ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい」と言った。すると彼女は目をあけペテロを見て起き上がった。 (使徒の働き9章36節~)

 

確かに信州でうずもれかけていた私を献身者へと、引っ張り出してくれたのはペテロさんでした。そして今ドルカスは、ケパさんを助け、ともに歩んでいます。

船橋教会での働きが、忠実に出来ますように・・・ドルカス

ps・・・・み声新聞に連載されている「ブリストルの風」の今週の665号にちょうどドルカスの話が載っていました。なんというタイミング 主に感謝します

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老い・・・・見通す力を出してみよう

2012年02月27日 | 随想

 今日は「老い」の仕上げ。
 老いることなんて、だれも考えたくないことだ。まず自分の外見に失望するHealth_0152 。一番それを自覚させられるのは鏡で自分を見るよりも、ビデオとか写真とかである。「ええっ、これってだあーれ?」と、改めて見たりして、自分だと思いたくないが、しかし今の自分だとわかる。そして複雑な境地となる。


 私の敬愛してやまないある牧師が説教中、しばしば「自分は25歳」だと称されておられる(が、実はその2倍半は固い?)。そして今の自分の姿には「違和感がある」と仰られる。聞いている皆は、いったい笑っていいのか、それとも実感ぽいので笑ってはいけないのか、ずいぶん困らされている。ところがこの私も、「まったくその通り」と切実に同感するのだ。笑っていいとも、も大いに結構だが、実は偽らざる実感なのだ。


 確かに体は成長したり、容赦なく老いたりするが、心の方はある時点から成長が止まってしまうのだろうか?経験を積み、その知識が増すことで確かに見通し能力は増すが、それは成長とは異なるのだろうか?若い人と話してみると、経験の浅さ故の判断に甘さは感じても、柔軟な思考力はむしろ優っている。してみると「老い」には昔から、「悟り」とか「知恵」がポBible_46イントになるの。ところがそれが、「(体の)命あるまで」で思考停止してしまうのが不思議である。これを真剣に探求せず、ろくに知りも分かりもしないで旅立つのではあまりにも心もとないのではないか?


 私のこれまでのとぼしい記憶では、(学生運動などの)ヒューマニズムに希望はなかった。教育の世界にたずさわって来たが、今日より明日がよりよい時代になるなどという希望もない。むしろ人間性はなべて自己中心化し、幼くなってきている。それには「人は肉体の命がある間がすべてだから、貪欲に生をむさぼる」という、哀しいことに肉の命だけに閉じ込められた精神からだと感じる。人の真の希望は、たましい(霊)が肉体から解放された世界にあること、その永遠に気づくことにあるのだが。その世界は真の神、聖書だけが答えることのできる世界なのだが・・・・。  (ケパ)

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老い・・・・うれしさがこみ上げて来る?

2012年02月25日 | 随想

 母たちのことを書いた次の日、ちょっとした捜索事件が起こった。何はともあれ、無事に見つかって感謝した。今日は自分のことである。B7003

 「老いる」そんな言葉は50代の半ばまでは、私の中にはなかった。少々きざしはあったとしても。しかしそんな私も、60歳を目前にした数年前から、さすがに年を実感させられることが増えた。グレイな頭髪とか、顔にシワやシミが増えたとかの容貌ではない。そんなのは見なければよいのだ。しかし<動き>だけはどうしょうもない。

 座っていて立ち上がろうとしても、これまでのように軽くヒョッと立てないのだ。まさに「ヨッコラショ」と注意深く立ち上がる。機敏に立てなくて、ちょっぴり情けない。そういえば道を歩いていて、よくつまづくようになった。靴を引きずる感じで歩いていると自覚する。とうとうバリアーフリー世代(段差をなくした住まい)に突入しようとしているのか?
 心はそうでなくとも、体からイヤでも老いを知らされてしまう。老いは誰にでもやってくるものだが、なってみるまでは完全に他人ごとであった。ところが思う通りに動かない自分の体を持ってみると、かつて不思議だった、だんだん短気になるお年寄りの気持ちが少し実感できた。「そうか、これなんだあ」と。
Heaven_43
 以前、学校の総合的な学習の一環として、老人介護を教えたことがあった。お年寄りと接する心を育てるため、子ども達にビン底めがねをかけさせ、四肢の関節の動きを拘束する装具を着せて、老化を体験させた。自分もその時、「こんな体で、死が訪れるまでずっとやって行かなければならないとは、正直、たいへんだなあ」と思った。もし生きているだけが希望であったならば、である。


 ところが、クリスチャンは自分の体が朽ち果てて滅ぶと、解放された霊が神の国へ行ける。だから天での神さまとの出会いを、「わくわく」しながら待ち望むのだ。それは「長生きしたい」「お迎えが来たら、まだ早いと言え」式のお年寄りたちとは、まるで違うのである。Jesus_30
 ちょうど結婚式前の花嫁のように、私たちは胸を高鳴らせて、その時を待ち望んでいる。死は単なる喜びのための通過点でしかない。待ち望んだキリストとの交わり、永遠の住まいでの本番の生活がはじまる。体は朽ちていく、しかしそれはなんと希望に満ちた「老い」であることか! (ケパ)


Bible 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。(Ⅱコリント5:1)

  
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いない・・・感謝します・・・

2012年02月24日 | 感謝

 午後姉からメールが来た・・・「帰ったら母がいなくなった感謝・・・祈って」 慌てて電話すると、朝は起きて着替えをして食事をして、一緒に教会へ行こうと誘うと、頭が痛いから(いつものお得意な理由なのだけど)家で寝てると言う。そして自分の布団でもぐってしまった。それで、メモをして出かけた姉が急いで戻った1時半頃、母の姿が消えてたらしい。

 今夜は船橋で祈祷会、姉の家には行かれない。そろそろ移動しなきゃ行けない。祈りながら一人であたふたしているだろう姉のことを思う。
再び電話すると「大丈夫。必ず見つかるから。そちらで祈ってて。すべきことはしたから。私も家で連絡待ちながら祈るから」

そう、いま私に出来るのは主に祈る事だけ。全てのあったことを感謝して、否定的な言葉は言いたくない。悲観しない。なにも心配は無い。そう全て神さまがご存知だから。
やすらぎの歌の一節が思いだされる
 never worry never hurry you will never be late

 今日は暖かな日であること感謝して(母が寒くないように)、朝は起きて食事したこと感謝して(お腹がすいてないよね) バックを持って出た事感謝して(1000円ちょっとのお金入ってるって)

ケパさんが祈ってから言うのです。「坂の下へくだったようだ」「その道、バス通るの?」 確か通るけど、駅に行くバス通ったかしら?
あぁ そのバスが駅に行くとかそれは母にはわからなくても関係ない。とにかく歩くのだから。

昨日のblogで、母達のことをケパさんが書いたばかり、あれなんだったの~。徘徊が始まらないといいねなんて言ってたばかり。い~ぃえそのことも感謝だわ

とりあえず船橋へ向かう、電車の中で祈りつづけた。そしたらそしたら
みつかった。よかった。感謝ぁ』と、姉から連絡が来た。暗くなる前に見つかってよかった。 

なんと横浜駅で保護されてました。 「娘と出かけてきたのに、はぐれてしまった」って
どうやらその娘って、なぜか私だったらしいの感謝

相当疲れていたらしい。そうでしょうにね。
母にとって本当に感謝でした。来たバスが横浜駅行きだった。お財布の中身でバスの乗れた。そして駅について途方に暮れて、ふらふら歩く母を親切な警備員さんが保護してくださり、バックの中のメモ帳の連絡先に電話をしてくださった。そして暖かな部屋で待つことが出来た。姉が迎えに行った時、どれほどほっとしたことでしょう。
一緒に車で迎えに行ってくださった方、保護してくださった方、神さまがおいてくださった方々、感謝します。

天のお父様。母を守ってくださってありがとうございます。あなたは素晴らしいお方、ほめたたえるべきお方、信頼すべきお方。ほめたたえます。賛美します。踊ります。さらにあなたにより頼みます。私たちを愛してくださるお方。私たちもあなたを信頼し愛します。 ハレルヤ (ドルカス)

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老い・・・アルツハイマー・・・母ふたり

2012年02月23日 | 随想

 今日食事中に、ドルカスが自分の母(中程度アルツハイマー)のことについて、こう言った。「母が(今介助をしている姉に)、『前は何処へでもひとりで行けたけど、もうPhoto 一人では行かれないからおまえと一緒に行くよ。』と言うんだって。そう言われたら、嬉しいわよねぇ?」

 それに対してわたしは次のように答えた・・・・「(さらに進んだアルツハイマーの母を単身で三年介助をした)自分は同じ言葉を自分の母から聞いた経験がある。でもその時(頼られて)うれしいいどころか、悲しくてつらかった。母はどこまでもわたしの母だ。子としてそんな母の姿を見たくなかった」・・・・なので、わたしのその時の心境は、ドルカス姉妹と180°違っていた。

 この違いをドルカスは、娘と息子の対応の違いではないかと言った。確かに男は現実を
Motherあるがままに受容できなくて、「あるべき姿」にこだわるところがある。「まぁ、そうなのかも知れない。男は立場にこだわるし、事態を柔軟に受け止めれない所があるもんな」・・・・と思いつつ、うまく表せないが、でも何だかちょっと違う所もあるように思えた。あの時母はすでに一人では歩けなくなり、どこへ行くにもわたしのズボンの腰のベルトに手をかけ、それで安心してついてきた。親と子が逆転して、喜ぶ者がどこにいるだろう。

 わたしは祈った。「主よ、人間の親子はこうして逆転がゆるされますが、聖なる神とわたしたちとの関係は、決してゆるぎません。親であっても人には老いがあり、病があり、悲しい逆転もゆるされますが感謝します。ただ天のまことの父よ、あなたは変わりません。あなたがとこしえに父なる神でありつづけることを、今心から感謝します。あなたは永遠であり、子のわたしたちも同じく永遠の命に与(あずか)るからです。」 (ケパ)

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iPhone用マイク

2012年02月22日 | PC モノ 便利
 

ケパさんがiPhone便利グッズを、ITで購入してくれた。Mini

 

iPhoneやiPodに使える小型のマイク。市価の3分の1ほどの値段で、なんと600円で間にあった買い物でした。
iPhoneにはマイクを付けなくても充分使える機能が付いているけれど、これを付けたらさらに良い音ではっきりと録音できる。 

 

 いつも礼拝のメッセージをケパさんが自分で録音し、必要な人に渡しているのだけれど「本人が自由に録音出来たらな。」と思っていた私は、Mini2録音機能の無いiPodにこのマイクは使えないかと、ケパさんに聞いたら、出来るとわかって、今日初めて試してみた。

  その結果・・・今日は手順がわからず失敗したけれど、iPodが、たちまちボイスレコーダとして使えることがわかった。来週の日曜から使えることとなり、牧師も仕事が一つ解放されます。

 

もちろん自分で自由に録音できるようになって姉妹は大喜びです。
しばらくお休み状態だったiPodも、機能をひとつ付け加えただけで便利に使えるようになり、
今日はなんだうれしい。神さま教えてくださったアイデアを感謝します。ハレルヤ
 (ドルカス)

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なぜ私たちは手を上げて賛美するのか

2012年02月21日 | ゴスペル

 ドルカスは、今回の白馬スネルゴイでの奉仕で賛美に立った(写真左端)。3人Sing_hymの内の1人だったが、喜んで賛美している歌声がホール全体によく響いていた・・・・よくやった

 私たちの群れの賛美では(思わず)手を上げて歌う。ヒルソング(豪州)とかゴスペル(USA)とかの外国でも、同様に手を上げて歌っている。が個人的には・・・・足かけ40年以上になる私の信仰生活の中では、まったくなかったスタイルだ。どうしてそのように賛美できるのか、不思議に思えていた。

 なぜか?数百年も前からの、宗教改革者ルター以来の厳(おごそ)かな賛美歌を歌うのに、感極まったように手を上げるなんて・・・・はしたないというか、感情的であって雰囲気的に考えられないからだ。God_25


 しかし賛美とはそんな儀式のようなものだろうか?神は生きていて、一人一人に働いておられる。歌詞をみても賛美とは創造主への告白である。愛の応答であったり、感謝であったり、悔い改め、ほめたたえる言葉だ。心から神を賛美する時、神ご自身が応答され、私たちに触れてくださる体験をする。そんな生きている賛美では、手を上げ、外見などは関係なく涙を流しながら心からの賛美になるのは当然だ。「臨在」と言うが、それがどれほど感動的であるか、体験してみなければわからないだろう。個人的な体験から断言するが、私は決して以前のような賛美に戻れない。今が素晴らしいからだ。 (ケパ)

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白馬キャンプの帰り道

2012年02月20日 | 

 わたしたちのキリスト教会のキャンプが、先週の木Photo ・金・土開かれ(写真)、盛会の内に終わった。すばらしく祝福されて帰ろうとすると、雪で車が埋まっていたことは前回報告した。しかし、雪ぐらいで驚いてはいけない。帰り道、ふしぎな店を見つけた(写真)からだ。

 このお店はラーメン店である。しかし、このラーメン店はインスタントラーメンのお店らしい?ええっ、「インスタント(即席)!」のラーメン店?そんなお店、考えられないが、しかしこの看板は、たしかにそのようなお店なのだ。

Photo

  わざわざインスタントラーメンを食べに、ラーメン店に行く? 「信じられない!」と二人の口から同時に洩れた。興味本位では、一度だけぐらいは入るかも知れないが、決してその後は入りたくないお店だ。たぶん。どなたか、このお店の真相、ご存じないでしょうか?場所は信州は上田、ローマン橋近くです。


 次にはその後、都内にある、コールを預けてあるペットショップのお店の閉店時間、受け取るため夜時まで必死に走らせて、そこで見た光景、これには驚いた。どうか写真を見て欲しい。20120220220355_0わが家のネコ「コール」が、おとなしくして、まるでなすがままに耳掃除を受けていた!この耳掃除、基本的に猫はかなり嫌がる。しかしコールはなんとお利口さんで受けていることでしょうか!家で見ているコールとは別猫のよう。「アンビリーバブル!」信じられない外面(そとづら)のよい猫です。  (ケパ)

 

 

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白馬キャンプ3日目

2012年02月19日 | 教会のこと
 

白馬スネルゴイ(同労者)キャンプは、全くの銀世界のなかでした。冬のキャンプが始まって以来毎年出席していますが、今回のような大雪は初めてです。「信州での運転は任せて」なんていつも言うのですが、この雪道の運転はごめんです。ケパさんが久しぶり12__の雪道を楽しんでいたようです。最も毎年のキャンプより10日は早いので、雪も多いはず。

 

ケパさんのblogを読んでくださったら雪の多さを実感していただけたかと・・・

写真はホテルを立つ時、母姉と3人でホテルをバックに撮影してもらったのですが、いつもだったらはっきりとホテルの特徴である、赤い屋根がはっきり見えていません。

今日礼拝に行ってお聞きしたら、船橋でも降りとても寒かったようです。こ12___2の冬は日本全体が冷えてますね。もっとも信州でも豪雪地域と殆ど降らない地域と、その量は様々ですが、凍てつく寒さだけは何処も共通かな。
 今年は特に各地のスキー場は雪が多いみたいで、平地では少ないようですが、まだまだ3月末まで用心ですね。
 そうそうホテルの広い駐車場主要な箇所の除雪は3台の大型除雪車で朝4時頃からライトを付けて作業していました。

久々の雪で心が弾んだ信州の雪事情、ちなみに車を走らせ 白馬を過ぎ、長野市内にはいると雪が無くでした。 ドルカス

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