今日5日は孤児院移転のための候補土地に行きます。プノンペン市郊外ですから、のどかな農村地帯を行くのでしょうか。とりあえず、孤児院方面に走ってることたけわかります。昨日と同じ若いドライバーと、車です。・・・1月5日・・・
ただいま。成田到着です。カンボジア後半二日間は突然に電波状況が悪く、送信出来ずそのまま帰国してしまいました。送れなかったblogはこれからupします、お楽しみに・・・
先ほど、「憶えていてほしい」と書いたが、それとは別に責任者が、来られた方は「子供達は決して忘れません」と。確かに!だから訂正します。忘れない。写真は街のプノンペン一コマ
この国に来て、「日本の夏の気候なんだ」と思い知らされる時がある。それは孤児院の子どもたちと遊ぶ時だ。今日は2時間近くをかけて、広大な敷地に行って野球をした。そこはまるでコーン畑にできた野球場で有名な映画「フィールド・オブ・ドリームス」の舞台のような、とんでもない田舎の片隅に、突如としてあった。もちろんわたしたちはそこで、野球とバレーボールを楽しんだ。汗びっしょり。水分補給が欠かせない。私も目に汗が入って来て、久しぶりに困った。ここは常夏の国。気温は変わらないが、今は乾期という、ただ雨が降らない季節だ。
常夏のこの国には、前回は雨期の夏に来た。雨期と言っても日本とだいぶん違う。お昼12時頃に突然空が曇り、数十分土砂降りの雨が、バケツの水をひっくり返したような雨が降る。道に出て、タオルを持ってお風呂代わりにする人もいる。当然道路はたちまち水没し、20センチぐらい冠水する。そしてすぐ止む。日本のようなだらだらとした梅雨空、長雨は経験しなかった。
孤児たちは当然クメール語で言葉は通じない。でもボディランゲージ、特に一緒に体を動かすことはなんだか互いにすごくわかったような気になる。一緒に汗を流して、そしてわたしたちはかなり心を通わせた。どうか覚えて欲しい。あなたたちは孤児ではなく、祈られていることを。 (ケパ)
この校舎の壁にある飾りは、カンボジア孤児院の子供達が通っているミッションスクール(メソジスト系)にあるもので、子供達が1番出入りする所です。
一般論ですが、ミッションスクールが孤児たちを受け入れるのは、かなり決断が要ります。どうしてもトラブルかま出やすいし、学校のブランドにも響くからです。しかし、この学校は小学生から高校生まで、すべての孤児院児童生徒を受け入れてくれています。
校長先生にお会いし、そのお人柄、人格になるほどと思わさせられました。だからこの壁絵はダテではありません。
このミッションスクールを備えられていた神様に、感謝します。
私達が泊まっているホテルです。名前からして、アメリカ資本かなんて思うのは、大違いで華僑のホテルです。こちらに来る前に調べた「地球の歩き方」カンボジア編に掲載されてないホテルでした。あれ~ 安いホテル?日本人向けでないの?と心配でした。
現地スタッフが用意してくれたこのホテル。なかなか感じがよい。フロントも、ベッドメイキング係りもとてもよい笑顔です。建物は古いのですが、手入れもされています。 そして、夕食は隣の、これまた中華料理店でした。 これほど華僑が成長しているのは、ポルポト時代の影響があるのかも。カンボジアを今動かしてるのはだれなのか、垣間見た感じでした。
スクールから子供達が帰ってきました。みんなとても笑顔がいいです。ルツさんを囲んで女の子達。食事が済み。しばらくしたら中学生は学校へ戻ります。チームリーダーの懐かしい顔に、嬉しいそうな、照れ臭そうな表情は男の子です。
暗いこの写真ですが、孤児院へむかっています。町は2004年に訪れたケパさんに聞くと、随分と町がきれいになったようです。バイクの三人乗りをよく見かけますが取り締まりが厳しくなり、五人乗りは随分と少なくなったそうです。