“あんでぃら”が閉店しました。
とっても悲しいです。
この店には、ほぼ毎週通ってました。
実は以前も紹介したことがあるんだけど、その時はビミューに詳細を隠しました。だって、しょっちゅう行ってる店だったし、小さい店なので、常連さんが来れなくなったら困ると思ったから。
だから、以前の記事のタイトルは“あ○でぃら”になってます。
【
あ○でぃら】←2007/08/20の記事
でも、昨夜閉店してしまったので、本日は詳細を明かします。
では、いつものように太田センセイに紹介していただきましょう。
どうぞ。
*『居酒屋道楽』都電に乗って居酒屋へ
王子のガードをくぐり飛鳥山の下に出た角の空き地が東亜の跡らしい。暗い中に、雨に濡れた黄色い菜の花が電灯のように光っている。都電路線はここで大きくカーブし上り坂になる。
プウーッ――
さしかかった電車が悲鳴のように警笛を鳴らし、あえぐように登ってゆく。
桜の名所飛鳥山のこんもりした緑を背に「飲食街さくら新道」という小さなアーケードネオンがひっそりと立っている。文字を囲む少しばかりピンクの豆電球がいじらしくラブリーだ。吸い込まれるようにそこをくぐると暗い路地になり……
――途中省略――
その先は、路地にかぶるように二階が1メートルほど張り出し、肘掛窓のついた不思議な長屋が続いていた。1階は居酒屋やバーばかりが三十軒ほど並ぶ。「てるのや」「友」「つくばね」「愛」「九重」「音路」「
秀楽」「
リーベ」。小料理「秀楽」の暖簾の「母より」が泣かせる。長屋の前は高々と樹の生い茂る飛鳥山が続き、名残の桜花びらが土の道に散って、時代劇の宿場に来たようだ。人影は全くない。「これは絵になる」カメラマンKさんがにっこりした。奥の一軒「泡盛の里
あんでぃら」に入った。
まだ開店して二週間目だそうで居抜きの店内は真新しい。
――以下省略――(読みたいヒトは買って読んでね。ちなみに平成18年発行です)
三十軒もの酒場が当時あったかどうかは定かではないけど、たぶんそんなにはないと思います。
赤字の部分は、オヤジさまが自分のブログで紹介記事を書いていますので、リンクを貼っときます。
【
髭ブログ/愉楽銀座酒場】
今すぐクリック!
もう、この店に飲みにいけないかと思うと、ただただ寂しい。悲しい。切ない。
キープしてたボトルを昨夜いただいて帰ってきました。
昔からの常連ではないのだけど、ボトルを取りやすい棚にいつも置いていただいてました。
無論、その棚には、
オヤジさまのボトルも。(本名はぼかし入れときました)
ボトルには、
こんな文字が……
書かれてありました。
あんでぃら……ありがとう、と。
この文字に込められた気持ちは本物で、昨夜来ていた常連の女性たちは、最後ほぼ全員号泣。
ぼくも、涙を隠すのに必死で、わき腹を自らくすぐってみたり、九九を頭で計算してみたり。もう大変。
いろんな店に飲みに行ってるぼくだけど、こんなに落ち着ける店はめずらしかったです。
昼間の仕事を忘れ、肩からは緊張がとれ、ネーネーのつくる宮古島の料理を食べながら、おいしい泡盛を飲んでいると、さっきまでの煩わしい瑣末なことがうそのように消え去りました。
たぶん、オヤジさまも同じ気もちだったんじゃないかなぁ。
いつだったか、え、ひょっとして毎日来てる?的なこともあったし。
そういえば、
この本↑↑↑にも、ばっちり写真撮られてましたね。
2007年夏、『ニッポン居酒屋紀行ファイナル』が終わったあとのオフ会で、太田センセイに教えていただき、通いだした店。
二年には満たなかったけど、それでも一年以上毎週行くのを楽しみにしていた店。
常連さんともやっと話ができるよになり、ネーネーにはよく可愛がってもらったのに……。
大事にします。思いでも。
そして、このTシャツも。
このマークに込められた「いつの世までも末永く」はみんなの気持ち。ぼくはぜったいこの店のことを忘れないでしょう。
これ、店で飲んでたボトルマークなんだよ。
あんでぃらよ永遠に!
この店では、ジャズはアリエナーイ!なので、本日は、
こちらから「波のささやき」などはいかがでしょうか。
【
くりす的全国名酒場紀行/あんでぃら】←詳細
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