極めて異例の事件なので、注目度が高いのではないかと思う。情報源の秘匿とか、出版側の問題とか、様々な論点があるかもしれないが、少し考えてみる。
asahicom:奈良調書漏出事件、「無罪主張」を表明 初公判で弁護側 - 関西
(一部引用)
長男の精神鑑定を担当した崎浜医師は、06年10月ごろ、自宅や京都市内のホテルで、正当な理由がないのに、フリージャーナリストの草薙厚子氏に供述調書の写しや鑑定結果などを見せ、医師として業務上知り得た長男と父親の秘密を漏らしたとして起訴された。秘密漏示の罪で公判が開かれるのは極めて異例だ。
冒頭、弁護側は「無罪を主張する予定です。事実関係については争いません」と述べた。崎浜医師自身による鑑定結果を踏まえて「少年に殺意がなかったことを社会に広く伝えたかった。広汎性発達障害に対する社会の誤った認識を是正する正当な行為だった」と主張した。
また、精神鑑定は学識経験者として命じられた業務だとしたうえで「医師としての業務ではなく、(刑法上の)秘密の保護の必要性はない」と訴え、検察側に鑑定を医師の業務と主張する根拠をただした。検察側は「裁判所から医師として命じられた業務だ」と反論した。
弁護側は「『秘密』の定義」や「誰との関係で守秘義務違反にあたるのか」などもただした。検察側は「起訴状記載の各事項が秘密にあたる」などと答えたが、それ以上の釈明はしなかった。
調書漏出の際には講談社の編集者らも立ち会ったのに訴追されず、起訴状にも記載されていない点について、弁護側は「報道を規制するには、むしろ情報提供者のみの刑事責任を問うて情報源を絶つべしという政治的判断だ」としており、この日も「検察が事実をゆがめた」と主張。長男と父親の告訴についても「真の意思に基づくものではなく、検察側が告訴を促した『国策捜査』だ」と批判した。
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事件の全体像としては記事から大体判りますが、個別の論点について見ていきたいと思います。
1)秘密漏示罪とは
刑法13章134条に規定があります。
(秘密漏示)
○第百三十四条
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
2 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
(親告罪)
○第百三十五条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
135条のごとく、親告罪であり被害者の告訴がなければ公訴提起できません。弁護側はこの告訴が実質的に法務省(検察)が唆したようなもので(笑、言葉は悪いですが、そういうようなこと)、国策捜査だと非難しています。この辺の経緯とかは判りませんので、おいておくことにしますが、起訴された医師の行為がこの罪に該当しているのかどうかを考えてみたいと思います。
134条1項の部分を本件についてみれば、起訴された理由を簡単に言うと「医師が、正当な理由がないのに、業務上取扱った人の秘密を漏らした」ということです。医師は当然該当しますから、残る部分を検討してみたいと思います。
2)秘密及び漏示について
まず定義から。
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定義集 刑法3
・「秘密」とは:
特定の小範囲の者にだけ知られている事実であって、本人が他の者に知られたくないという意思をもっており、さらに他人に知られることが客観的に本人の不利益になると認められるもの 大谷149
・「漏らす」とは:
秘密を知らない他人に当該の事項を知らせる行為(抽象的危険犯) 大谷150
弁護側は外見的に「漏らす」という行為については認めているようであり、この事実については争わない姿勢のようです。確かにある事項を知らない他人(著者、編集者等出版社の人間)に当該事項を知らせる行為を行った、ということは言えそうです。ただ、ある事項が刑法でいうところの「秘密」に該当するものであるかどうか、ということは検討余地があるかと思われます。
「本人が他の者に知られなくないという意思」については、親告罪であることと密接に関連しているでしょう。そういう意思を持つが故に、告訴するということでもあります。しかし、客観的に「本人の不利益となる」ことが立証できる必要があるでしょう。これは本人が「不利益になる」と思い込んでいるだけでは足りず、それが客観的にも認められなければならない、ということです。
3)医師の証言と拒否について
一般に秘密漏示罪に該当するような身分の者には、証言拒否権が与えられています。刑事訴訟法149条規定です。
○第百四十九条
医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。
これと同様の権利は押収物についても与えられており(同105条)、「業務上委託を受けたため知り得た他人の秘密」については、証言や押収を拒否できる、ということです。しかし除外規定(但書)があって、本人承諾、権利濫用、裁判所規則で定める事由、の場合であると、拒否できない、ということになるかと思います。
被告人の不利益が極めて甚大であるなら、これら身分の者は刑事訴訟法105条や149条に従い「業務上知り得た秘密」を保持するべきということで、証拠として押収させたり証言したりすることそのものが刑法134条の秘密漏示罪となってしまいかねません。けれども、通常であれば、そうした拒否権は被告人利益のみを優先させる「権利の濫用」であるとか、裁判所が定める事由が優越するであろう、ということで、証拠押収や証言に応じたとしても罰せられることはないでありましょう。つまり客観的には、押収や証言に応じることによる「被告人の不利益」はあっても小さいか、必ず守られるべき法益ということにはならない、ということではないかと思います。
もしも本当に被告人利益を守らねばならないのであれば、裁判での証言は完全に拒否できるはずです。同時に秘密保持を破った場合には、秘密漏示罪となるとか被告人からの民事責任追及(損害賠償請求とか)が可能である、ということになるでしょう。そうではなくて、裁判で証言をさせたり、証拠物として押収させたりできるのであれば、客観的には「被告人の不利益」は殆どない、あったとしても他に優先するべき事由がある、ということになりましょう。
単純に書けば、
「秘密を漏らすことによる被告人の不利益よりも、秘密を漏らすことによるその他利益の方が大きい」
ので、そちらが優先される、という考え方でありましょう。
4)鑑定とは何か
鑑定は刑事訴訟法12章で定められており、次のように規定されます。
○第百六十五条 裁判所は、学識経験のある者に鑑定を命ずることができる。
個人的理解でいえば、裁判所命令であり、いってみれば「処分」みたいなもの(行政庁の出す処分というようなこと)です。裁判所は行政ではないので、本当は同じではありませんけれども、裁判所という機関が出した命令ということになるんじゃないかな、と。
また、精神鑑定は「身体の検査」に該当するものであり、同168条に規定されるものと思います。
ここまでで、鑑定(中でも「身体の検査」)というのは、普通の医師が行う医療とは異なる、ということです。あくまで裁判所の命令であり処分である、ということです。そうであるなら、通常の医療という業務で求められる守秘義務というものは、鑑定においては同様に守られるべき義務であるとする証明はないように思われます。
更に、鑑定人が法的に秘密保持を義務付けられているのであれば、条文上で規定されなければならないはずです。
例えば、土地収用法を見ると鑑定人の秘密保持義務はありません。収用委員会委員・予備委員・あっせん委員・仲裁委員について守秘義務が課せられているだけです。
○第百三十七条 収用委員会の委員及び予備委員並びにあつせん委員及び仲裁委員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。これらの者が、その職を退いた後も、同様とする。
○第百四十一条 次の各号のいずれかに該当する場合は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第六十五条第一項第二号(第九十四条第六項(第百三十八条第一項において準用する場合を含む。)、第百二十四条第三項(第百三十八条第一項において準用する場合を含む。)において準用する第九十四条第六項又は第百三十八条第一項において準用する場合を含む。第百四十六条第一号において同じ。)の規定によつて、収用委員会に出頭を命ぜられた鑑定人が虚偽の鑑定をしたとき。
二 第百三十七条の規定により秘密を守る義務がある者が、職務上知り得た秘密を漏らしたとき。
また、著作権法では鑑定人にのみ必然的な秘密保持義務が課せられてはおらず(規定がない)、秘密保持命令等で対応するようになっています(鑑定人については同法114条の四、秘密保持については同法114条の六~八)。特許法においても同様です(鑑定人については同法105条の二、秘密保持については同法105条の四~七)。
刑事訴訟における鑑定、特に身体の検査が通常の医療とは全く異なるものであり、鑑定人に守秘義務を生じているものではないことを窺わせる規定があります。刑事訴訟法170条です。
○第百七十条 検察官及び弁護人は、鑑定に立ち会うことができる。この場合には、第百五十七条第二項の規定を準用する。
秘密保持という被告人利益が最優先されるものであり、通常の医師業務であるということであれば、検察官の立ち会いは当然不可でなければならないでありましょう。医師は一定の範囲においては秘密保持を優先して証言拒否さえ認められるのに、ただの赤の他人に過ぎない検察官が当人の秘密を知る権利など有しているわけがないでありましょう。そうではなくて、通常の医療とは異なり、裁判所が命令して行わせる処分の一つであって、それ故検察官や弁護人の立ち会いが法的に認められているものと解するべきでありましょう。行政庁が行う調査権や証拠類提出を命じたり質問に答えさせたりする権限と近いもので、これに応ずるからといって守秘義務違反を負わされるということにはならないでしょう。
鑑定人に秘密保持を命令するのであれば、裁判所命令が必要であろうし、事件の記録(調書や鑑定書等)の非公開を決定したとするような証拠が必要ではないでしょうか。
5)記録の閲覧、公開
これまでにも度々問題となってきたのが、記録の公開拒否ということである。本来的には、刑事訴訟法53条により訴訟記録の閲覧は可能であるはずが、多くの場合には閲覧拒否とされてきた。
○第五十三条
何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。
2 弁論の公開を禁止した事件の訴訟記録又は一般の閲覧に適しないものとしてその閲覧が禁止された訴訟記録は、前項の規定にかかわらず、訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があつて特に訴訟記録の保管者の許可を受けた者でなければ、これを閲覧することができない。
3 日本国憲法第八十二条第二項 但書に掲げる事件については、閲覧を禁止することはできない。
4 訴訟記録の保管及びその閲覧の手数料については、別に法律でこれを定める。
53条1項では、終結後であれば誰でも閲覧可となっているが、裁判所や検察がこれを拒否すると、この決定を覆すことはできない。更に、情報公開法や個人情報保護法は適用外ということになっている。次の条文である。
○第五十三条の二
訴訟に関する書類及び押収物については、行政機関の保有する情報の公開に関する法律 (平成十一年法律第四十二号)及び独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律 (平成十三年法律第百四十号)の規定は、適用しない。
2 訴訟に関する書類及び押収物に記録されている個人情報については、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律 (平成十五年法律第五十八号)第四章 及び独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律 (平成十五年法律第五十九号)第四章 の規定は、適用しない。
この閲覧に関する絶対的決定権限を裁判所や検察は死守したい、ということなのであろうか。裁判終結後にあれこれと穿り返されると、色々と不都合を生じることがあるからなのであろうか。本件の場合には、この絶対的権限を侵したので「許さん」ということなのではないかと見えなくもない。
ただし、少年事件であって訴訟記録に該当しないものであるなら、刑事訴訟法53条規定の閲覧権は有しないと解されるであろう。公訴前であるには違いなく、53条1項の「被告事件終結後の訴訟記録」には該当しないからである。逆に言うと、「訴訟に関する書類及び押収物」でもなくなることから、情報公開法による公開請求権は発動できうる。が、これを請求したとしても、閲覧拒否を判断するのは法務省であるとか検察であろうから、これを不服として提訴したとして裁判所が判断するだけなので、決定権限は検察若しくは裁判所にある、ということからは逃れられないのであるが。
6)正当事由はあるか
本件鑑定が問題となる以前から、閲覧についての問題は存在していた。
緊急特集 長崎・駿ちゃん誘拐殺人事件
ここでも閲覧問題というのが持ち上がっていた。また、本件鑑定でも取り上げられた「広汎性発達障害に対する社会の誤解」ということへの危惧が、全く同様に述べられているのである。著者や出版社の意図がどういうものであったのかは私には判らないが、少年事件の記録公開というものが検察や裁判所によって阻まれてしまえば閲覧機会は持ち得ないのであって、これを社会に対して明らかにすることが公共の利益に資すると考えるのは理解でき得るものである。不起訴事件の調書や鑑定書等においても、公開拒否の壁は厚い。
例えばこんなの>
答申書 特定の事件番号に係る不起訴裁定書の不開示決定(適用除外)に関する件
不起訴事件に関する書類であっても、刑事訴訟法53条規定の「被告事件の訴訟記録」と同等であると言っているのである。だから情報公開法の適用除外だ、と。ならば、53条の基本的原則である「何人も閲覧することができる」ということでいいはずなのに、これについては但書や2項規定をもって閲覧拒否を検察(や裁判所)が決定できる、という絶対的権限を行使しているのである。重大な国家機密とかでもなく、安全性が脅かされるような機密でもないのに、「公開拒否」と決定できてしまうのである。こうした問題点が背景にあったということは、いえるのではないか。
7)まとめ
以上の検討から、だいたいまとめますと次の通り。
①鑑定は裁判所命令による処分のようなもの
②鑑定は医師の通常業務(医療)とは異なる
③鑑定人には秘密保持義務の法的規定はない
④鑑定結果は「業務上委託を受けたため知り得た他人の秘密」には該当しない
⑤鑑定書や調書等には法的な秘匿義務があるわけではない
⑥被告事件訴訟記録とほぼ同等物であるなら公開が原則
⑦正当事由は主張でき得る(閲覧拒否の壁、社会の誤解をとく、等)
たとえ鑑定が広義に医師の業務であるとしても、秘密保持が法的に義務付けられるような「秘密」には該当しない(④)。該当してしまうなら、医師の証言拒否や証拠提出・押収を回避できるのが当然となってしまうからである。①~⑤で刑法134条には該当しないと考える。追加的に主張するなら、⑥や⑦ということになるであろうか。
あと、弁護側の著者や編集者が不起訴なんだから、という主張であるが、これはやや的外れではないかと思われるがどうなんだろうか。刑法134条では、もとから「秘密を漏らした者」を罰する規定であって、「秘密を漏らされて聞かされた(知った)者」を一緒に罰する規定ではない。行為者側が罰せられるが、受動的にそれを受けた者が罰せられない条文というのは、いくつもあると思うのだが。情報を盗ってこいとか、情報を持ってくるようにそそのかすとか、そういうことが立件できるなら、教唆や共犯関係であると認定可能であるかもしれないが、秘密をバラされた側は刑罰対象とはならないというのが134条の条文では普通の解釈ではなかろうか。
因みに、本気の本気で秘密漏示罪を適用しようと思えば、報道の多くはみんな引っ掛かるであろう(笑)。国家公務員法違反だの、何だのに該当してしまうんじゃないかな?検察だって、逮捕前に「今日逮捕」とか報じられるのは明らかに漏れ漏れ詐欺じゃなかった、守秘義務違反だし公務員法違反を構成しとるんじゃないか?(笑)
自分たちは散々マスコミに漏らしたりしてるし、小出しにしたり情報提供をエサにして影響力行使の材料としているのにね。本件を許せば、今後供述調書とか鑑定書が公開(請求)の嵐に曝されて、自分たちに都合の悪いことやマズいことが起こるから、ということなのかもしれない。だからこそ、閲覧許可権限を絶対に保持しておきたい、ということなのかもしれない。そういう意味があるのであれば、本件裁判は極めて興味深い、といえるだろう。
こんなことばかり書いていると、私は撃たれてしまうかもしれん。
このままいけば、誰かに刺されたりするかも。
某金融機関に関係する連中?とか、マジにやる気で狙ってきてるし。
情報が本当に漏れてるね。こういうのって、誰が漏らすんだろうね?
利用しているネット証券?
それとも、私のパソコン画面が外部から見えているとか?
怖い。
相当マズい部分に踏み込んだのかも。
何の予告もなくブログ更新が止まった時には、本当に私が刺されたと思っていただいていいです。各方面から恨みを買っていること間違いなしですので。