国会でいくら野党から会談の内容や経過の説明を求められても、「静かな環境で交渉中なのでコメントは控えさせていただきます」と、古い例えだが「壊れたテープレコーダー」のような安倍晋三首相の毎度の答弁。
それもそもはず、国民に胸を張って答えるような成果がまったくないからである。
ましてや、ロシアからきつく叱られ、「北方領土」という長年政府が使ってきた文言を封じ込めてしまった、安倍政権。
しかも国内メディアも政権に忖度して真実を正確に国民に伝えていないのが、「北方領土問題」である。
先週、シリア人女性と結婚した日本人としては二人目という経験の持ち主の軍事ジャーナリストの黒井文太郎が、日露交渉の真実を見事に暴いてくれていた。
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<日ロ交渉の真実、日本の一方的勘違いの歴史だった>
2019.3.19(火) JBPRESS
3月15日付のロシア大手紙「コメルサント」が、プーチン大統領がロシア財界人との会合で語った内容を報じた。「日本との平和条約交渉の速度が失われている」「日本はまず日米同盟を破棄しなければならない」「日本との対話は続けるが、ひと息つく必要もある」などである。
ここで最重要なのは「日本はまず日米同盟を破棄しなければならない」だろう。平和条約を締結しても、日ソ共同宣言にある色丹島と歯舞群島の引き渡しには日米同盟破棄、すなわち日米安全保障条約の破棄が条件の1つだとの認識を示しているからだ。日本政府が日米同盟を破棄することはあり得ないから、2島引き渡しの可能性がゼロ%であることは明らかだ。
これに先立ち、3月12日にはロシア大統領府のべスコフ報道官も会見で、「(日本側と)議論しているのは平和条約締結交渉で、島の引き渡しではない」と発言。ロシア政府が日本側と北方領土の引き渡しについては交渉していないことを明言した。
対日交渉の責任者であるラブロフ外相も2月24日に「(領土問題を解決して平和条約を締結するとの安倍首相の発言に対して)その確信の理由が分からない。プーチン大統領も自分も、そんな発言の根拠は一切与えていない」と公式に語っている。
これらロシア側の発言で、事実上の2島返還での平和条約締結を目指していた安倍首相は、完全に梯子を外された格好になった。日本政府からの対露交渉についての情報発信も、ほとんど止まってしまった。
こうしたロシア側の冷たい態度に「ロシア国内世論の反対で、プーチン政権が態度を硬化させた」というような解説が散見される。しかし、筆者がJBpressへの寄稿記事などで再三指摘してきたように、ロシア側はこれまで一度も「2島なら返還する」などとは発言していない。プーチン大統領が「日米同盟破棄がまず必要だ」と語ったことも、けっして予想できなかったことではない。ロシア側はそうした条件を持ち出す布石を、これでまで着々と打ってきているからだ。つまり、ロシア側はもともと2島を引き渡す意思がなかったのである。
ところが、これまで日本のメディア各社の多くは、あたかも「領土返還交渉が進展している」かのような報道を繰り返してきた。なぜそうなったのかというと、日露交渉の経緯を、日本側関係者の証言だけに基づいて報じてきたからだ。日本側でだけ報じられてきた日露交渉の経緯は、日本側関係者たちの願望そのもので、事実とはほど遠い。いわばファンタジーのようなものだ。
では、実際の日露交渉はどういった経緯だったのか? 旧ソ連時代からの流れのポイントを年表形式で示してみよう。
北方領土交渉のこれまでの経緯(1900年代は省略)
【2001年3月 イルクーツク声明】
森喜朗首相とプーチン大統領が会談。56年の日ソ共同宣言を「平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認」する。また「相互に受け入れ可能な解決に達することを目的として、交渉を活発化」と明記。
日本側関係者の多くが「プーチン政権は2島返還で決着したがっている」と捉えたが、ロシア側は今日に至るまで、そう明言することを回避している。また、これ以降、日本側では「2島は確実。問題は2島先行か4島一括か?」という論点が中心になるが、ロシア側では2島返還すらも現実的な選択肢としては議論されていない。
【2003年1月 日露行動計画】
小泉純一郎首相とプーチン大統領が会談。政治・経済・社会の具体的な協力を明記。領土問題に関しても言及があるが、これ以降、ロシア側は4島帰属問題を明記した東京宣言に言及することを拒否するようになる。
【2006年12月 麻生太郎外相「面積2分割論」発言】
麻生外相が国会で発言。だが、ロシア側ではその発言に対する議論も検討も皆無だった。
【2009年2月 サハリン首脳会談】
麻生首相とプーチン大統領が会談。ロシア側が「独創的で型にはまらないアプローチ」を提案し、合意する。日本側の一部では領土分割を期待するが、ロシア側にはそんな検討は皆無。
ロシア、北方領土に新たな軍事施設建設
【2012年3月 プーチン大統領「引き分け」発言】
日本側では「2島返還の意味だ」と捉えられたが、ロシア側は一切そうした説明はしていない。
【2012年7月 メドベージェフ首相「わずかでも渡さない」発言】
プーチン大統領の完全なイエスマンであるメドベージェフ首相が、国後島を訪問した際に発言。
【2013年4月 モスクワ首脳会談】
安倍晋三首相とプーチン大統領が会談。日本政府関係者から日本のメディア各社に「プーチン大統領が面積折半方式に言及した」とリークされ、「3.5島返還」論などが大きく報じられる。ただし、ロシア側メディアではそうした話は皆無。発言内容が漏れる可能性のある首脳会談でプーチン大統領がそうした発言をすることはほぼあり得ず、おそらく日本政府関係者の誤解もしくは虚偽。
【2015年9月 モルグロフ外務次官「領土問題は70年前に解決済み」発言】
【2016年5月 ソチ日露首脳会談】
日本側から「新たなアプローチ」提案。以後、日本政府は領土返還要求よりも経済協力を先行させる方針に大きく転換していく。
【2016年5月、プーチン大統領「領土をカネで売り渡すことはない」発言】
【2016年12月 プーチン大統領「領土問題は存在しない」「日ソ共同宣言には2島引き渡しの条件も、主権がどちらになるかも書かれていない」発言】
【2016年12月 山口県で日露首脳会談】
経済協力推進で合意する。だが、領土返還への言及は一切なかった。
【2018年9月 ウラジオストッで東方経済フォーラム】
プーチン大統領が「前提条件なしでの同年中の平和条約締結」を提案。
【2018年11月 シンガポール日露首脳会談】
「日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速」合意。これを受けて日本のメディア各社は「2島先行返還で領土返還交渉が進展か」と大々的に報じる。
しかし、翌日、プーチン大統領が記者会見で「共同宣言には引き渡す条件も、主権がどうなるのかも一切書かれていない」と発言。日本側の期待が一気に萎む。
【2018年12月 日本外務省、日露交渉について一切ノーコメントになる】
【2019年1月 河野太郎外相=ラブロフ外相会談】
ラブロフ外相が「日本は4島のロシア主権を認めよ」「北方領土という言葉を使うな」「日ソ共同宣言は日米安保条約改定前のもの。状況は変化している」などと発言。ロシア側が2島引き渡しすら考えていないことがほぼ明らかになる。
【2019年1月 モスクワ首脳会談】
領土問題に触れず、経済協力関係の大幅拡大に合意。
【2019年2月 外相会談】
一切進展なし。
【2019年6月 大阪G20サミット】
日露首脳会談予定。
※ ※ ※
以上が、北方領土問題に関する日露交渉の大まかな流れである。
これまでどの時点を振り返っても、ロシア側は領土を1ミリでも引き渡すことを明言しておらず、日本側が希望的観測で勝手に期待値を上げてきたことが明らかだ。
相手は海千山千のロシアである。希望的観測で期待して交渉しても、実は1つも得られまい。まずはロシアの意思を冷静に分析し、認識する必要がある。
現状がどう進んでいるかというと、2島引き渡しを棚上げされたまま、一方的に4島の領土要求の放棄を公式に迫られている。しかもそれだけでなく、さらなる経済協力だけがどんどん拡大させられようとしている。
しかし、ロシア側の意思を冷静に認識できれば、ロシアの歓心を買おうと、日本側から一方的に妥協するのは逆効果でしかないことが分かる。ロシアとの交渉はきわめてハードなもので、簡単に相手の妥協は引き出せないが、それでも少しでも日本側の利益を求めるなら、より強い態度で臨むべきだろう。
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21世紀に入ってからだけでも正式会談は18回も開かれている。
安倍晋三首相とプーチン大統領との首脳会談はナント25回。
しかし、「日露交渉の経緯は、日本側関係者たちの願望そのもので、事実とはほど遠い。いわばファンタジーのようなもの」と喝破されてしまえば、もはや実も蓋もない話になってくる。
例えてみれば、世間知らずの若い娘が年上の男性に一方的に思いを寄せ続け、相手が経済的に困った時には、親からせびった金を渡してもよい、と勝手に思い込んでいるようなものであろう。
今朝の毎日新聞のコラム「風知草」を書いている特別編集委員の肩書の山田孝雄がこんな裏話を書いていた。
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昨年の春。プーチン露大統領側近が旧知の日本政府関係者にささやいた。
「日本人は勘違いしている。経済協力と引き換えに領土交渉--なんてあり得ない。経済協力は今や量も深さも中国の方が上。単なる投資なら、ロシアは日本無しでも困らない」
その日本政府関係者はこうも語って深いため息をついた。
「経済力がないのに経済で取引できるという国民的錯覚がある。日本は自己認識を誤っているというロシアの指摘は正しい」◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇=◇
この記事に関しては、元外交官の天木直人がブログでこう批判していた。
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日本政府関係者と言うのは山田記者と旧知の間柄であるというからおそらく官邸官僚だろう。
つまり安倍首相の北方領土交渉ははじめからうまくいかない事がわかっていたのだ。
わかっていながら経済協力を先行させていたのだ。
もちろん、その官邸官僚と「旧知の間柄」である山田孝男記者もその事を知っていた。
知っていながら、交渉が真っ最中の時は決して書こうとしなかった。
すべてが行き詰まってしまった今ごろになってこんな話を書いている。
しかもである。
この日本政府関係者の言葉の中にはごまかしがある。
それは、「国民的錯覚」という言葉を使って、その誤りを国民に押しつけているところだ。
認識が間違っていたのは国民ではない。
安倍首相と一体になった官邸官僚なのだ。
その官邸官僚が山田孝男記者に深いため息をついて北方領土交渉の実態をばらしたのだ。
しかし、このエピソードをばらしたけれど、山田孝男記者は決して安倍首相を批判しない。
国民の認識が誤りだという官邸官僚の言葉をそのまま使っている。
歯切れの悪い暴露記事である
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外交という国同士の交渉では、相手から自国に有利な回答を引き出すためには必ず「外交カード」を準備しておく。
日露間の「領土交渉」では、1990年のソ連経済壊滅と1991年12月のソ連崩壊により、ソ連・ロシア経済は困窮を極め、日本側ではますます領土返還への期待が上がり、外交カードは「経済支援」しかない、カネで領土は取り戻せるとの勘違いが、その後20年以上も呪縛となってしまい、回数だけは豊富な日露首脳会談を経ていざ「経済支援」というカードを先に切ってしまったのだが、既に消費期限切れのカードであったということを認識していなかった日本政府の大失態であったということであろう、とオジサンは思う。