4月に「日本語訳 国連北朝鮮人権報告書」(ころから)が刊行されました。
2014年3月17日に北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)が国連人権理事会に提出した「北朝鮮における人権調査報告書」を翻訳したものです。
本ブログの過去記事(→コチラ)でも記した通り、この報告書は→コチラからダウンロードすることができますが、表記は英・仏・スペイン・露・中・アラビア語の6ヵ国語だけです。外務省のサイトには一応日本語訳がアップされています(→コチラ)が、認知度は低く、誤訳も散見され、またパソコン上で読むのもたいへんです。
そんな中、→コチラやコチラの記事に書かれているように木瀬貴吉さんという方がクラウドファンディングを提起し、今年1月目標額(60万円)を上回る支援を得て、木瀬さんご自身が設立した出版社「ころから」からの刊行が実現したというわけです。
ネックは8000円(+税)という値段なのですが、私ヌルボはより多くの皆さんにも読んでもらおうということも期待して図書館にリクエストしたところ、購入が決まって今日初めて手にすることができました。感謝感謝! 横浜市、それも図書館の近所に住まいしてホントによかったです。
さて、この本の内容を目次で見てみると・・・。
巻頭で「ころから編集部」が<刊行にあたって>という一文を置いています。その中で次のように記している点に私ヌルボは強い共感を覚えました。
本書に、ある種の溜飲を下げるための糾弾を期待することは目的違いとなる。
非道・無法国家としての北朝鮮像をより強固にするだけの目的にも応じかねる。
非道・無法国家としての北朝鮮像をより強固にするだけの目的にも応じかねる。
つまり、北朝鮮の人権問題を、人権問題そのものではなくなんらかの目的の材料・手段として用いようとする事例がしばしば見られるということです。
また、北朝鮮による「内政干渉である」「アメリカこそが人権侵害をやめていない」との反論については次のようにかかれています。
人権のための国際法は、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコーストを国際社会が防げなかったことへの反省から生まれた。「内政不干渉」の名の下、数百万の命を見殺しにした事実から、こと人権においては内政干渉する、という原理が築かれつつある。
人権侵害をおかしている国は北朝鮮一国でないことは、だれの目にも自明である。(日本も国連人種差別撤廃委員会から何度も勧告されている。)
その意味で、本書で報告される人権侵害は、日本を含む他国とも地続きであることは否めない。
第Ⅶ章「結論及び勧告」において、北朝鮮政府のみならず、国際社会にも責任を求めていることに、本報告書の存在意義があると考える。
人権侵害をおかしている国は北朝鮮一国でないことは、だれの目にも自明である。(日本も国連人種差別撤廃委員会から何度も勧告されている。)
その意味で、本書で報告される人権侵害は、日本を含む他国とも地続きであることは否めない。
第Ⅶ章「結論及び勧告」において、北朝鮮政府のみならず、国際社会にも責任を求めていることに、本報告書の存在意義があると考える。
報告書は、初めに調査の作業方法について記しています。
調査の大きな障害になったのは北朝鮮の非協力。調査委員会の入国を認めず、ソウル・ロンドン・ワシントンで開かれた公聴会への招待に対しても無返答。まあ、これは「想定内」でしょうが・・・。
したがって、調査の主な対象者(直接の証人)は約3万人の脱北者に限られましたが、北朝鮮による自身や家族への報復を恐れる人が多く、公聴会等では顔を隠したり匿名の人も相当数いたし、聞き取り調査も非公開を条件にしたケースが240件以上に及んだが、「こうした徹底した保護策をとっても報復の危険性は否定できない」。これも想定内ではありますが、日本でも顔を隠し本名を明かさない脱北者はわりとふつう(?)にいるということは、それだけ恐怖感が根強く、また実際に彼らに対する「北からの働きかけ」がそれなりに現実味を帯びていることをうかがわせます。
Ⅲ章では北朝鮮の人権侵害の歴史的・政治的背景が前近代から現代に至るまで叙述されています。冒頭に「儒教的社会構造と日本の植民地支配下での抑圧が、今日の北朝鮮に広がる政治構造と政治意識の特徴を作りだした」と規定している点が注目されます。また日本の植民地支配の評価については「日本が最終的に挑戦の発展を助けたのかどうかの問題は、政治的また学問的両面で、いまだに多くの論議を残している」としています。戦後の党派抗争、朝鮮戦争、「金王朝への権力統合」(←報告書中の用語)についても、(ヌルボの目には)客観的で妥当な文章で略述されています。
Ⅳ章は「調査結果」。さまざまな自由・権利の侵害の実態が多くの証言者によって語られます。あるいは各種の具体的なデータが掲げられています。つまり、聞き取り等の微視的な資料と、巨視的な観点の両方からまとめられているということ。
たとえばこの地図。
<地方別重度の栄養失調の人の人口に占める割合>(左)と、WFP(国連世界食糧計画)の活動範囲(2012~13年)=白い部分が活動不能地域。本文では、支援のため現地に赴いた人道組織が直面した際の問題が具体的に記されています。
本書では、いくつもの差別のベースになっている要素として「成分」について詳しく記されています。本ブログの最近の記事<韓国の連座制&遡及法を考える③>(→コチラ)でも書きましたが、本人だけでなく家族や親戚の経歴によって仕事や進学、居住地まで決定づけられるという制度です。本書では韓国・統一研究院の資料により核心階層が人口の28%、基本階層が45%、複雑(動揺・敵対)階層が27%という数字を紹介しています。
政治犯収容所(北朝鮮では「管理所」という)や一般刑務所(北朝鮮では「教化所」という)、公開処刑、障碍者差別、移動や居住の自由がないこと等々、ぜひ多くの人に知ってほしい個別事例はたくさんありますが、ありすぎて書けません。
1つだけ、「越北者」の、残された家族が韓国で差別されたことに関連して。自分の意思で韓国から「北」に行った共産主義者等の脱北者の、残された子供が進学や就職で差別されたことは、これも<韓国の連座制&遡及法を考える②>(→コチラ)で書きました。ところが、そんな反共が国是だった当時の<パルゲンイ(アカ)>の家族だけではないのです。北朝鮮には帰還できずにいる数多くの朝鮮戦争時の韓国人捕虜や、戦争後北朝鮮に拘束・拉致されたままの韓国人が(公的には)516人もいるのですが、1990年代まではこのような拉致被害者の家族まで「高等教育と政府系の職業に就くことを拒否された」とのことです。ある拉致された漁師の娘である証人は、彼女が警察から目をつけられることを嫌った雇い主によって解雇されたとか。家族が拉致されても国は保護・支援をしたり返還に尽力してくれるどころか監視対象(!)にされてしまったとは・・・。また金大中大統領以降は「太陽政策」の一環(?)で拉致問題は「離散家族」問題の中に組み込まれたそうです。(~2008年。) 家族たちのロビー活動の結果、拉致被害者家族が申請すれば国から賠償されるという法律が成立したのはやっと2007年のことなのですね。
拉致関係では、韓国・日本以外にも中国人、レバノン人、タイ人、シンガポール人やマレーシア人、ルーマニア人等の事例が記されています。
以前にも書いたことですが、拉致被害者問題は日本人限定ではなく、よりグローバルかつ多角的な観点から取り組むべき問題だと思います。
Ⅴ章は「人道に対する罪」について。
上記の収容所等での人道に対する罪や、宗教信仰者に対する迫害、国外逃亡者に対する監禁・拷問等々。これもこの本に記されていることはあまりにも多い事例のごくごく一部にすぎません。ふつうの国であれば、たとえば1件でも拷問死があったり、飢えに瀕した子供たちを放置したことがあれば大きな問題とされるのに、それが北朝鮮のこととなると無関心だったり、事実を知らなかったり、知ったとしても「あの国ならそんなこともあるだろう」としか思わない人が日本に限らず多いのではないでしょうか?
先の<刊行にあたって>にも記されていたように、この報告書は「北朝鮮政府のみならず、国際社会にも責任を求めている」ということを、私たちも「国際社会の一員として」銘記すべきだと思います。
※ヌルボ同様、多くの皆さんがこの本を地元の図書館の蔵書に加えるようリクエストして下さることを期待しています。(もちろん自分で購入されてもいいですが・・・。)