私ヌルボが映画「ワンドゥギ」の原作小説を読んだのが2008年。とても気に入って、翌年始めた本ブログにも感想等を記した記事を載せました。→コチラ。
その小説が映画化されて昨2011年10月に韓国で公開。530万人動員の大ヒットとなり、DAUM映画のネチズンの評点も9.2の高ポイントで、ヌルボとしても日本での上映を心待ちにしていました。
ただ、1つ前の記事でも書いたように、映画化しても原作に及ばない場合が大半なので、それほどの期待ではなかったのですが、実際観てみると、原作に忠実で、多くの韓国人ブロガーが書いているように感動を新たにするほどのレベルだったので、ヌルボとしてもぜひ多くの皆さんに「強力推薦」したいと思います。※韓国語では「強推(강추.カンチュ)」という新語がふつうに用いられています。(反対語は「非推(비추.ピチュ)」。)
・・・ということで、「ワンドゥギ」を観る際参考となりそうな事柄をあれこれ列挙します。
韓国について興味をお持ちの方なら、ふつうにご存知というレベルからオタクっぽいレベルまで、雑多なネタで、知っていることや調べてわかったことをあらいざらい書きます。
ネタバレの記述はありませんので、未見の方も安心してお読み下さい。
①「ワンドゥギ(완득이)」という名前
ユ・アイン演じる主人公の少年の名前は<ト・ワンドゥク(도완득)>です。漢字で書くと、<都完得>あたりが自然なところです。しかし名前の漢字表記を気にするのは日本人だからで、韓国人は友人の名前の漢字表記などはどうでもいいことで、知らなくてふつうです。
このワンドゥクの通称が、ワンドゥギ。ワンドゥク(←クはkuでなくk)ように子音で終わる名前は이(i)をつけてワンドゥギとよびます。
「ワンドゥクよー」と呼びかける時には「아(a)」をつけて「완득아(ワンドガー)」となります。
②「トンジュ(동주)」と「糞トンジュ(똥주)」
そしてキム・ユンソク演じる先生の名がトンジュ(동주)。姓は不明ですが、詩人の尹東柱(운동주.ユン・ドンジュ)と同名です。このトンジュの「동(トン.dong)」を濃音にして「똥(ットン.ddong)」と発音すると「糞」という意味になってしまいます。字幕が「糞トンジュ」となっているのは「ットンジュ」と発音されている場合です。セリフを聞いてすぐ聴き分けられる人はたいしたものです。(私ヌルボは自信がありません。)
③オクタプパン(屋塔房.옥탑방)という住まい
ワンドゥギやトンジュ先生が住んでいるのは、建物の屋上に電気・水道・トイレ・台所等を備えたオクタプパンとよばれる本来的には違法建築の住居。家賃が安いのが取りえで、この地(城南市新興洞)のオクタプパン(ワンルーム)の物件情報を見たら「保証金200万ウォン・月額家賃25万ウォン」というのがありました。
SBSでこの3月から「屋根部屋の皇太子」というドラマを放映していますが、この原題が「옥탑방 왕세자(屋塔房 王世子)」。・・・ということで、これにもオクタプパンが登場しています。
④ドラマ撮影地・城南市新興洞(성남시신흥동)
映画のエンドロールの最後の方で「촬영장소(撮影場所)」が表示されます。その最初にあったのがこの地名。ソウル南郊の衛星都市です。新興洞一帯は狭い坂道の両側に昔からの小さい家々が建て込んでいる、いわゆる「タルトンネ(달동네.月の町)」です。※「月に近い」高台の低所得層の居住地域。草剛「月の街 山の街」のタイトルもこれに由来。
近年は「タルトンネ」も街の再開発で非常に少なくなり、イ・ハン監督もイメージに合った街としてここを探し出すのに3ヵ月もかかったそうです。ただ、この新興洞も2011年10月に再開発が決定したとのこと。関係記事(韓国語)→コチラ。日本人旅行者の記録と写真→コチラ。
⑤ドラマ撮影地・広門高等学校(광문고등학교.クァンムンコドゥンハッキョ)
城南市新興洞の次に書かれていた撮影場所がこの高校。ソウル市江東区の、地下鉄5号線コドク(高徳)駅近くにある私立高校です。昨年11月、韓流ファンと思しき日本人女性6人連れがどこからか情報を仕入れて訪れたとか! もちろん韓国の映画ファンも多数来て、校庭のワンドゥギとトンジュ先生が座っていた場所に座って写真を撮ったりしてたそうです。この学校で、イ・ハン監督が生徒たちを相手に昨年12月20日「文化特講」を開いて、この映画の裏話等を話したりしています。→コチラ(韓国語)。
⑥レトルトご飯=「ヘッパン」
道を挟んだ2つのオクタプパンの間で、ワンドゥギとトンジュ先生がレトルトご飯をやり取りしています。日本の一般的な形とは違って円形で、商品名の「ヘッパン(햇반)」がそのまま一般名詞化しているのかな? 意味は「太陽飯」ってとこですかね。日本の標準200gより少し分量が多く210gです。
これについては、本ブログ過去記事で取り上げました。→コチラ。
⑦夜間自律学習=<ヤジャ(야자.夜自)>
韓国の高校生は勉強に追いまくられています。この映画にあるように、各高校では放課後も夜遅くまで教室を開放して生徒に「夜間自律学習」をしています。その略語が「ヤジャ」。
この言葉についても、過去記事で少し詳しく紹介しました。「自律学習」といっても、この映画にあるように強制になっている例も多いようで、トンジュ先生は、「ならば「夜間強制学習」=「夜強(야강.ヤガン)」と言え」と口をとがらせています。
この映画で、教室の黒板の横に時間割が掲示されていました。火・水曜が7校時、他の平日が6校時、(土曜が2校時)になっていたようです。しかし、その後も「補充授業」と称して実質9校時まで授業をやっている高校が大部分だそうです。
※「ヤジャ」の時間や、日本でも一部の高校でやっている0校時授業も含めて、なんと1日に15校時まである恐るべき韓国の高校の時間割については、<福岡発 コリアフリークなBlog>の記事(→コチラ)参照。
⑧学校での体罰、以前はふつうだったが・・・
教室でワンドゥギが体罰を受ける場面があります。「韓国の学校は厳しいなあ」と思う人が多いかもしれませんが、近年状況が変わってきて、教育行政の方針で体罰は禁止され、社会的にもそれが通年になりつつあるようです。その場面を生徒がこっそりケータイで撮影して通告もしくは公開するということもあるようで、映画でもそんな場面と、撮影に気づいた先生の言葉がありましたが、その言葉にも今の状況が反映されているようです。
⑨「ヤンマ~ッ、ト・ワンドゥク!」と「号」
トンジュ先生がワンドゥギを呼ぶ時、いつも「ヤンマ~ッ、ト・ワンドゥク!」と、アタマに「ヤンマー」と付けます。ハングルだと「얌마」。これは「야 이놈아(ヤー、イノマー)」の縮約で、「おい、こいつ」の意味。
いつも先生がこう呼ぶので、ワンドゥクは「<ヤンマ>が俺の号か!?」と一人ごちます。昔の知識人たちは号をつけるのがふつうでした。ワンドゥギも口にしていた独立運動の指導者金九(キム・グ)の号は白凡(ペクボム)で、これを「白凡 金九」のように名前の前において呼びます。「ヤンマ ト・ワンドゥク」もそれと同じようなものか、というわけです。
そういえばドラマ「トキメキ成均館スキャンダル」でユ・アインの演じていたムン・ジェシンの号は桀驁(コロ)でしたね。
⑩隣りのおじさんの罵倒語
映画では、しょっちゅう苦情をがなりちらしている隣りのおじさん役のキム・サンホがいい味を出してましたね。しゃべるたびに「シブルロム(씨불롬)」などを連発して・・・。 これはあの名作「息もできない」で多くの日本人の知るところとなった(?)「シバラマ」と同じ。訳すと「コンチクショー」です。これについても詳細は本ブログの過去記事<映画「息もできない」に頻出する韓国語のスラング等>をご覧ください。→コチラ。
⑪ワンドゥギのお父さんは障碍者
ワンドゥギのお父さんは、身体障碍者ということですが、具体的には低身長症(小人症)です。原作小説では「ナンジェンイ(난쟁이)ムという言葉を用いています。昨年この映画が公開された時に、演じる俳優がパク・スヨンということを知って疑問に思いました。
下の絵は、原作小説のものです。
パク・スヨンの身長を調べてみたら、165㎝でした。映画を観てみると、お父さんが登場する場面はほとんど足元を映さず、背が低く見えるように工夫しています。・・・が、それでもこの絵とはかなりの違いがあります。まあやむをえない、のかなー?
⑫市場の客寄せ芸人のことなど
叔父さんも知的障碍者で、お父さんと2人で五日市(5の日に開く市場.韓国語は오일장)に商売に出向いたりしてます。バスの行先表示を見ると「영월(ヨンウォル)」とあります。漢字だと寧越。江原道です。映画「昼間から呑む」でも同方向の旌善(チョンソン)に1人バスで来た青年が有名な五日市を訪ねて行くと、市の日はもう過ぎていて・・・、という場面がありましたが、もしかしたらその旌善の五日市なのかも。芸をやって、その後靴の中敷きを売ってましたね。
この場面のように、日本のチンドン屋さんのような客寄せの芸人がいて、それを「カクソリ」といって、その代表的な出し物が「カクソリ打令(タリョン)」で・・・、といったことは、昨年アン・ソンギの若い頃の出演作「鯨とり ナドヤカンダ」を観た後に調べて書きました。→コチラ。
⑬目上の人と酒を飲む時には・・・
生徒に先生が酒を勧めるのは、もちろん韓国でもフツーじゃないですよね。で、ワンドゥギがトンジュ先生が注いだ酒(チャミスル)を飲む時、少し身体を横に向けます。韓国では、目上の人とお酒を飲むときは、横を向いて飲むのが礼儀。日本に来た韓国人青年と何度か飲む機会がありましたが、皆そうでした。そのたびに「ここは日本だから、日本式でいいですよ」と言いましたが・・・。
⑭出所した時には、豆腐を食べる(食べさせる)
韓国のヤクザ映画等でわりと見るシーンなのでご存知の方も多いかも・・・。私ヌルボは、大分以前に朴婉緒(パク・ワンソ)の随筆「豆腐(두부)」を読んで知りました。全斗煥が出所した時に食べたということについての話、だったかな?
で、この「ワンドゥギ」にも関連のシーンがあります。
この慣習の理由としては、「白い豆腐のように、まっさらな気持ちで出直せ」という意味とか、服役中不足していた栄養を高タンパクの豆腐で補うため」とか、「昔は監獄に行くことを俗語で「콩밥먹다」(豆飯を食う)と言ったが、大豆の加工品である豆腐を食べて、豆腐が豆には戻れないように2度と監獄に戻らないことを期した」等の諸説があるようです。
⑮原作と映画の大きな違いが2つ
小説の映画化作品の中には、原作とずいぶん違う内容のものがあります。(「そして誰もいなくなった」(1974年)には口あんぐりでした。) むしろそれなりに変えるのが一般的な中で、この映画は相当に原作に忠実な映画といえます。
ただ大きな違いが2つ。その1つは、ワンドゥギのお母さんが原作ではベトナム人だったのに対して、映画ではフィリピン人になっていること。もう1つは、隣のオジサンの妹でペンネームが月紅(월홍)という女性作家が、そもそも原作には登場しない人物であるということ。
しかし、どちらも作品自体のありようを変えるものではなく、韓国のネチズンの感想を見ても、後者に対して好意的な評は多いようで、目くじらを立てているような人はいないようです。(ヌルボもそう思います。)
⑯外国人女性との結婚について
なぜワンドゥギのお母さんを原作のベトナム人からフィリピン人にしたか? たぶん、「義兄弟」にも出演したイ・ジャスミンがこの役柄に合っている、と判断したからではないでしょうか? で彼女はフィリピン人(95年に韓国人男性と結婚して3年後帰化)だから、映画でもそうした、ということ(推定)。
近年韓国でも国際結婚が進んでいるのは日本同様。農家の嫁不足という状況にあって、東南アジアの花嫁が農村に増えて、という点も日本同様です。(日本から何年遅れくらいかなー?)
韓国人男性と結婚した外国人女性の国別は下の通り。
【この映画とは関係ないが、中国朝鮮族の人たちが大勢韓国に来ていることがわかります。】(「朝鮮日報」(日本語版)2012年4月17日の記事より)
原作でベトナム人に設定したのは、このグラフからわかるように東南アジアの中ではとくに多いから、でしょう。多い理由としては、今世紀に入ってベトナムでも韓流ブームが起こって韓国人男性がイメージアップした、とか、外見が韓国女性と最も似ている、とか(ホントかな?)、ベトナムも儒教文化圏だったので、韓国人男性の立場からは好ましい等々があげられています。
そういえば、ドラマ「黄金の新婦」がベトナム人花嫁の話だったですね。え、「ハノイの花嫁」というのもあるの? どちらも韓国人俳優が演じてますけど・・・。
※ベトナム人の妻についての詳しい記事は→コチラ。
そして、韓国人の父とアジア人の母との間に生まれた(ワンドゥギのような)子どもを指す言葉として코시안(コシアン.Kosian)という新語が登場しました。もちろんKoreanとAsianの合成語です。同じ意味で온누리안(オンヌリアン)という言葉もあります。韓国ウィキペディアによると、「現在コシアンは全人口の0.5%だが、2020年頃には30%に拡大するだろうと予想されている」とか!
また、このような国際結婚による家庭のことを指す「다문화가족(タムヌァカジョク.多文化家族)」という言葉もごくふつうに使われるようになっています。
⑰母親役のイ・ジャスミンが4月の総選挙で国会議員になったが・・・
ワンドゥギがお母さんに対して「お母さんらしく話して」という場面があります。韓国では日本以上に目上の人に対する話し方に留意する必要があります。逆もまたしかりで、ヌルボが数年前訪韓した時に、小学生の女の子にテキスト通りに「~요」をつけて話していたら、後でメールに「丁寧すぎてヘンです」と書かれてました。子どもに対しては「コマウォヨ」じゃなくて「コマウォ」ですよ。お母さんに対するワンドゥギの注文もそこらへんのことだと思います。
映画の中の母親は控えめな感じでしたが、意外なことに4月の総選挙(韓国では총선)で与党セヌリ党の比例代表で国会議員に当選したのです。
【映画とずいぶんイメージが違いますね。】
ところが、選挙前からの保守・革新間のメディア上の泥仕合は今も尾を引いていて、保守側の彼女に対しても(医学部中退という)「学歴偽造疑惑」(←誤認だったようだ)に続いて、目下新聞をにぎわしているのは、「ネット上で彼女への人種差別攻撃がひどい」という内容の「朝鮮日報」等の保守紙の記事に対して、進歩陣営の代表紙「ハンギョレ」は、世論調査機関に依頼した分析結果では差別反対の内容が大半で、「朝鮮日報」の記事は自作自演のデッチアゲだという記事を載せています。
彼女がなぜセヌリ党にしたのか、何をめざすのか、どんな人たちが支持したのか等々をきちんと報道するのが先決じゃないの? ・・・とヌルボは思うのですが・・・。
⑱辞書にはないけどフツーの言葉がいろいろ
政治・社会関係の事柄で、重たい内容になってきてしまいました。
韓国語関係の軽ネタに戻ります。
先述の「야자(ヤジャ)」はふつうの韓日辞典には載っていません。同様に、日常よく使われるのに辞書にない言葉が映画にはいろいろ出てきて勉強になります。「초딩(チョディング)みたい」というセリフがありましたね。초(チョ)は初等学生の初で、小学生のこと。쌤(セム)は선생님(ソンセンニム)=先生の略語。よく使われる뽀뽀(ポッポ)も辞書にはなし。키스(キス)のカワイイやつ、ね。
以上は、NAVER辞典にはありますよ。(本ブログ左にリンクあり。)
⑲サランバンを「愛の部屋」とはねー・・・
最後の方で、文化センター内に「愛の部屋」を設けた、とかいう話が出てきます。「サランバン」と言ってます。たしかにサラン(사랑)は愛、パン(방)は部屋てすが、本来韓国語でサランバン(사랑방)といえば「主人の居間を兼かねた客間」のことで、漢字では「舍廊房」と書きます。それを「愛の部屋」という意味にかけた、というわけです。
⑳この映画関係のオススメ動画2つ
・ユ・アインとキム・ユンソクの撮影風景やインタビュー→コチラ。
・撮影風景や各俳優の話など。→コチラ。ハングルのテロップがついていて、聴き取りが苦手の人(←ヌルボのような)にはよい。
[おまけ]原作本を読みたい人は・・・
新宿武蔵野館から出て、職安通りのコリアプラザに行ったら、この映画の原作本が1部だけ棚にありました。あ、値段見なかったなー。ネット通販で購入希望の方は、本ブログの→コチラの記事をお読み下さい。
その小説が映画化されて昨2011年10月に韓国で公開。530万人動員の大ヒットとなり、DAUM映画のネチズンの評点も9.2の高ポイントで、ヌルボとしても日本での上映を心待ちにしていました。
ただ、1つ前の記事でも書いたように、映画化しても原作に及ばない場合が大半なので、それほどの期待ではなかったのですが、実際観てみると、原作に忠実で、多くの韓国人ブロガーが書いているように感動を新たにするほどのレベルだったので、ヌルボとしてもぜひ多くの皆さんに「強力推薦」したいと思います。※韓国語では「強推(강추.カンチュ)」という新語がふつうに用いられています。(反対語は「非推(비추.ピチュ)」。)
・・・ということで、「ワンドゥギ」を観る際参考となりそうな事柄をあれこれ列挙します。
韓国について興味をお持ちの方なら、ふつうにご存知というレベルからオタクっぽいレベルまで、雑多なネタで、知っていることや調べてわかったことをあらいざらい書きます。
ネタバレの記述はありませんので、未見の方も安心してお読み下さい。
①「ワンドゥギ(완득이)」という名前
ユ・アイン演じる主人公の少年の名前は<ト・ワンドゥク(도완득)>です。漢字で書くと、<都完得>あたりが自然なところです。しかし名前の漢字表記を気にするのは日本人だからで、韓国人は友人の名前の漢字表記などはどうでもいいことで、知らなくてふつうです。
このワンドゥクの通称が、ワンドゥギ。ワンドゥク(←クはkuでなくk)ように子音で終わる名前は이(i)をつけてワンドゥギとよびます。
「ワンドゥクよー」と呼びかける時には「아(a)」をつけて「완득아(ワンドガー)」となります。
②「トンジュ(동주)」と「糞トンジュ(똥주)」
そしてキム・ユンソク演じる先生の名がトンジュ(동주)。姓は不明ですが、詩人の尹東柱(운동주.ユン・ドンジュ)と同名です。このトンジュの「동(トン.dong)」を濃音にして「똥(ットン.ddong)」と発音すると「糞」という意味になってしまいます。字幕が「糞トンジュ」となっているのは「ットンジュ」と発音されている場合です。セリフを聞いてすぐ聴き分けられる人はたいしたものです。(私ヌルボは自信がありません。)
③オクタプパン(屋塔房.옥탑방)という住まい
ワンドゥギやトンジュ先生が住んでいるのは、建物の屋上に電気・水道・トイレ・台所等を備えたオクタプパンとよばれる本来的には違法建築の住居。家賃が安いのが取りえで、この地(城南市新興洞)のオクタプパン(ワンルーム)の物件情報を見たら「保証金200万ウォン・月額家賃25万ウォン」というのがありました。
SBSでこの3月から「屋根部屋の皇太子」というドラマを放映していますが、この原題が「옥탑방 왕세자(屋塔房 王世子)」。・・・ということで、これにもオクタプパンが登場しています。
④ドラマ撮影地・城南市新興洞(성남시신흥동)
映画のエンドロールの最後の方で「촬영장소(撮影場所)」が表示されます。その最初にあったのがこの地名。ソウル南郊の衛星都市です。新興洞一帯は狭い坂道の両側に昔からの小さい家々が建て込んでいる、いわゆる「タルトンネ(달동네.月の町)」です。※「月に近い」高台の低所得層の居住地域。草剛「月の街 山の街」のタイトルもこれに由来。
近年は「タルトンネ」も街の再開発で非常に少なくなり、イ・ハン監督もイメージに合った街としてここを探し出すのに3ヵ月もかかったそうです。ただ、この新興洞も2011年10月に再開発が決定したとのこと。関係記事(韓国語)→コチラ。日本人旅行者の記録と写真→コチラ。
⑤ドラマ撮影地・広門高等学校(광문고등학교.クァンムンコドゥンハッキョ)
城南市新興洞の次に書かれていた撮影場所がこの高校。ソウル市江東区の、地下鉄5号線コドク(高徳)駅近くにある私立高校です。昨年11月、韓流ファンと思しき日本人女性6人連れがどこからか情報を仕入れて訪れたとか! もちろん韓国の映画ファンも多数来て、校庭のワンドゥギとトンジュ先生が座っていた場所に座って写真を撮ったりしてたそうです。この学校で、イ・ハン監督が生徒たちを相手に昨年12月20日「文化特講」を開いて、この映画の裏話等を話したりしています。→コチラ(韓国語)。
⑥レトルトご飯=「ヘッパン」
道を挟んだ2つのオクタプパンの間で、ワンドゥギとトンジュ先生がレトルトご飯をやり取りしています。日本の一般的な形とは違って円形で、商品名の「ヘッパン(햇반)」がそのまま一般名詞化しているのかな? 意味は「太陽飯」ってとこですかね。日本の標準200gより少し分量が多く210gです。
これについては、本ブログ過去記事で取り上げました。→コチラ。
⑦夜間自律学習=<ヤジャ(야자.夜自)>
韓国の高校生は勉強に追いまくられています。この映画にあるように、各高校では放課後も夜遅くまで教室を開放して生徒に「夜間自律学習」をしています。その略語が「ヤジャ」。
この言葉についても、過去記事で少し詳しく紹介しました。「自律学習」といっても、この映画にあるように強制になっている例も多いようで、トンジュ先生は、「ならば「夜間強制学習」=「夜強(야강.ヤガン)」と言え」と口をとがらせています。
この映画で、教室の黒板の横に時間割が掲示されていました。火・水曜が7校時、他の平日が6校時、(土曜が2校時)になっていたようです。しかし、その後も「補充授業」と称して実質9校時まで授業をやっている高校が大部分だそうです。
※「ヤジャ」の時間や、日本でも一部の高校でやっている0校時授業も含めて、なんと1日に15校時まである恐るべき韓国の高校の時間割については、<福岡発 コリアフリークなBlog>の記事(→コチラ)参照。
⑧学校での体罰、以前はふつうだったが・・・
教室でワンドゥギが体罰を受ける場面があります。「韓国の学校は厳しいなあ」と思う人が多いかもしれませんが、近年状況が変わってきて、教育行政の方針で体罰は禁止され、社会的にもそれが通年になりつつあるようです。その場面を生徒がこっそりケータイで撮影して通告もしくは公開するということもあるようで、映画でもそんな場面と、撮影に気づいた先生の言葉がありましたが、その言葉にも今の状況が反映されているようです。
⑨「ヤンマ~ッ、ト・ワンドゥク!」と「号」
トンジュ先生がワンドゥギを呼ぶ時、いつも「ヤンマ~ッ、ト・ワンドゥク!」と、アタマに「ヤンマー」と付けます。ハングルだと「얌마」。これは「야 이놈아(ヤー、イノマー)」の縮約で、「おい、こいつ」の意味。
いつも先生がこう呼ぶので、ワンドゥクは「<ヤンマ>が俺の号か!?」と一人ごちます。昔の知識人たちは号をつけるのがふつうでした。ワンドゥギも口にしていた独立運動の指導者金九(キム・グ)の号は白凡(ペクボム)で、これを「白凡 金九」のように名前の前において呼びます。「ヤンマ ト・ワンドゥク」もそれと同じようなものか、というわけです。
そういえばドラマ「トキメキ成均館スキャンダル」でユ・アインの演じていたムン・ジェシンの号は桀驁(コロ)でしたね。
⑩隣りのおじさんの罵倒語
映画では、しょっちゅう苦情をがなりちらしている隣りのおじさん役のキム・サンホがいい味を出してましたね。しゃべるたびに「シブルロム(씨불롬)」などを連発して・・・。 これはあの名作「息もできない」で多くの日本人の知るところとなった(?)「シバラマ」と同じ。訳すと「コンチクショー」です。これについても詳細は本ブログの過去記事<映画「息もできない」に頻出する韓国語のスラング等>をご覧ください。→コチラ。
⑪ワンドゥギのお父さんは障碍者
ワンドゥギのお父さんは、身体障碍者ということですが、具体的には低身長症(小人症)です。原作小説では「ナンジェンイ(난쟁이)ムという言葉を用いています。昨年この映画が公開された時に、演じる俳優がパク・スヨンということを知って疑問に思いました。
下の絵は、原作小説のものです。
【「ワンドゥギ」の登場人物。左端がワンドゥギ、その右が母。右から3人目が父、2人目が担任の<糞トンジュ>】
パク・スヨンの身長を調べてみたら、165㎝でした。映画を観てみると、お父さんが登場する場面はほとんど足元を映さず、背が低く見えるように工夫しています。・・・が、それでもこの絵とはかなりの違いがあります。まあやむをえない、のかなー?
⑫市場の客寄せ芸人のことなど
叔父さんも知的障碍者で、お父さんと2人で五日市(5の日に開く市場.韓国語は오일장)に商売に出向いたりしてます。バスの行先表示を見ると「영월(ヨンウォル)」とあります。漢字だと寧越。江原道です。映画「昼間から呑む」でも同方向の旌善(チョンソン)に1人バスで来た青年が有名な五日市を訪ねて行くと、市の日はもう過ぎていて・・・、という場面がありましたが、もしかしたらその旌善の五日市なのかも。芸をやって、その後靴の中敷きを売ってましたね。
この場面のように、日本のチンドン屋さんのような客寄せの芸人がいて、それを「カクソリ」といって、その代表的な出し物が「カクソリ打令(タリョン)」で・・・、といったことは、昨年アン・ソンギの若い頃の出演作「鯨とり ナドヤカンダ」を観た後に調べて書きました。→コチラ。
⑬目上の人と酒を飲む時には・・・
生徒に先生が酒を勧めるのは、もちろん韓国でもフツーじゃないですよね。で、ワンドゥギがトンジュ先生が注いだ酒(チャミスル)を飲む時、少し身体を横に向けます。韓国では、目上の人とお酒を飲むときは、横を向いて飲むのが礼儀。日本に来た韓国人青年と何度か飲む機会がありましたが、皆そうでした。そのたびに「ここは日本だから、日本式でいいですよ」と言いましたが・・・。
⑭出所した時には、豆腐を食べる(食べさせる)
韓国のヤクザ映画等でわりと見るシーンなのでご存知の方も多いかも・・・。私ヌルボは、大分以前に朴婉緒(パク・ワンソ)の随筆「豆腐(두부)」を読んで知りました。全斗煥が出所した時に食べたということについての話、だったかな?
で、この「ワンドゥギ」にも関連のシーンがあります。
この慣習の理由としては、「白い豆腐のように、まっさらな気持ちで出直せ」という意味とか、服役中不足していた栄養を高タンパクの豆腐で補うため」とか、「昔は監獄に行くことを俗語で「콩밥먹다」(豆飯を食う)と言ったが、大豆の加工品である豆腐を食べて、豆腐が豆には戻れないように2度と監獄に戻らないことを期した」等の諸説があるようです。
⑮原作と映画の大きな違いが2つ
小説の映画化作品の中には、原作とずいぶん違う内容のものがあります。(「そして誰もいなくなった」(1974年)には口あんぐりでした。) むしろそれなりに変えるのが一般的な中で、この映画は相当に原作に忠実な映画といえます。
ただ大きな違いが2つ。その1つは、ワンドゥギのお母さんが原作ではベトナム人だったのに対して、映画ではフィリピン人になっていること。もう1つは、隣のオジサンの妹でペンネームが月紅(월홍)という女性作家が、そもそも原作には登場しない人物であるということ。
しかし、どちらも作品自体のありようを変えるものではなく、韓国のネチズンの感想を見ても、後者に対して好意的な評は多いようで、目くじらを立てているような人はいないようです。(ヌルボもそう思います。)
⑯外国人女性との結婚について
なぜワンドゥギのお母さんを原作のベトナム人からフィリピン人にしたか? たぶん、「義兄弟」にも出演したイ・ジャスミンがこの役柄に合っている、と判断したからではないでしょうか? で彼女はフィリピン人(95年に韓国人男性と結婚して3年後帰化)だから、映画でもそうした、ということ(推定)。
近年韓国でも国際結婚が進んでいるのは日本同様。農家の嫁不足という状況にあって、東南アジアの花嫁が農村に増えて、という点も日本同様です。(日本から何年遅れくらいかなー?)
韓国人男性と結婚した外国人女性の国別は下の通り。
【この映画とは関係ないが、中国朝鮮族の人たちが大勢韓国に来ていることがわかります。】(「朝鮮日報」(日本語版)2012年4月17日の記事より)
原作でベトナム人に設定したのは、このグラフからわかるように東南アジアの中ではとくに多いから、でしょう。多い理由としては、今世紀に入ってベトナムでも韓流ブームが起こって韓国人男性がイメージアップした、とか、外見が韓国女性と最も似ている、とか(ホントかな?)、ベトナムも儒教文化圏だったので、韓国人男性の立場からは好ましい等々があげられています。
そういえば、ドラマ「黄金の新婦」がベトナム人花嫁の話だったですね。え、「ハノイの花嫁」というのもあるの? どちらも韓国人俳優が演じてますけど・・・。
※ベトナム人の妻についての詳しい記事は→コチラ。
そして、韓国人の父とアジア人の母との間に生まれた(ワンドゥギのような)子どもを指す言葉として코시안(コシアン.Kosian)という新語が登場しました。もちろんKoreanとAsianの合成語です。同じ意味で온누리안(オンヌリアン)という言葉もあります。韓国ウィキペディアによると、「現在コシアンは全人口の0.5%だが、2020年頃には30%に拡大するだろうと予想されている」とか!
また、このような国際結婚による家庭のことを指す「다문화가족(タムヌァカジョク.多文化家族)」という言葉もごくふつうに使われるようになっています。
⑰母親役のイ・ジャスミンが4月の総選挙で国会議員になったが・・・
ワンドゥギがお母さんに対して「お母さんらしく話して」という場面があります。韓国では日本以上に目上の人に対する話し方に留意する必要があります。逆もまたしかりで、ヌルボが数年前訪韓した時に、小学生の女の子にテキスト通りに「~요」をつけて話していたら、後でメールに「丁寧すぎてヘンです」と書かれてました。子どもに対しては「コマウォヨ」じゃなくて「コマウォ」ですよ。お母さんに対するワンドゥギの注文もそこらへんのことだと思います。
映画の中の母親は控えめな感じでしたが、意外なことに4月の総選挙(韓国では총선)で与党セヌリ党の比例代表で国会議員に当選したのです。
【映画とずいぶんイメージが違いますね。】
ところが、選挙前からの保守・革新間のメディア上の泥仕合は今も尾を引いていて、保守側の彼女に対しても(医学部中退という)「学歴偽造疑惑」(←誤認だったようだ)に続いて、目下新聞をにぎわしているのは、「ネット上で彼女への人種差別攻撃がひどい」という内容の「朝鮮日報」等の保守紙の記事に対して、進歩陣営の代表紙「ハンギョレ」は、世論調査機関に依頼した分析結果では差別反対の内容が大半で、「朝鮮日報」の記事は自作自演のデッチアゲだという記事を載せています。
彼女がなぜセヌリ党にしたのか、何をめざすのか、どんな人たちが支持したのか等々をきちんと報道するのが先決じゃないの? ・・・とヌルボは思うのですが・・・。
⑱辞書にはないけどフツーの言葉がいろいろ
政治・社会関係の事柄で、重たい内容になってきてしまいました。
韓国語関係の軽ネタに戻ります。
先述の「야자(ヤジャ)」はふつうの韓日辞典には載っていません。同様に、日常よく使われるのに辞書にない言葉が映画にはいろいろ出てきて勉強になります。「초딩(チョディング)みたい」というセリフがありましたね。초(チョ)は初等学生の初で、小学生のこと。쌤(セム)は선생님(ソンセンニム)=先生の略語。よく使われる뽀뽀(ポッポ)も辞書にはなし。키스(キス)のカワイイやつ、ね。
以上は、NAVER辞典にはありますよ。(本ブログ左にリンクあり。)
⑲サランバンを「愛の部屋」とはねー・・・
最後の方で、文化センター内に「愛の部屋」を設けた、とかいう話が出てきます。「サランバン」と言ってます。たしかにサラン(사랑)は愛、パン(방)は部屋てすが、本来韓国語でサランバン(사랑방)といえば「主人の居間を兼かねた客間」のことで、漢字では「舍廊房」と書きます。それを「愛の部屋」という意味にかけた、というわけです。
⑳この映画関係のオススメ動画2つ
・ユ・アインとキム・ユンソクの撮影風景やインタビュー→コチラ。
・撮影風景や各俳優の話など。→コチラ。ハングルのテロップがついていて、聴き取りが苦手の人(←ヌルボのような)にはよい。
[おまけ]原作本を読みたい人は・・・
新宿武蔵野館から出て、職安通りのコリアプラザに行ったら、この映画の原作本が1部だけ棚にありました。あ、値段見なかったなー。ネット通販で購入希望の方は、本ブログの→コチラの記事をお読み下さい。