ピュアなのか,ボケなのか

2006年09月21日 | 歌っているのは?
 昼間,近所のスーパーへ買い物に出掛けたときのこと。

 入口付近の特価品コーナー(御菓子関係)で,何か良いモノはないかなー,などとあれこれ物色していると,売り場の奥の隅っこの方から少々不自然に騒がしい音声が聞こえた。すわ何事かと買い物の手をいったん休めてそちらの方に近寄ってみれば,そこでは店員と客とが何やら言い争いをしていた。店員の方はガッチリした体格の中年男,それに対して客の方は小柄で痩せ気味の初老の男だった。周囲には主としてオバサン連からなる客が数名ばかり,彼らを遠巻きにして,どちらかといえば店員の側に寄り添って,興味津々そのやりとりを見守っている。あれま。はや勝負は決したも同然か?

 やがてワタクシなりに事の経緯を理解したところによれば次のとおりである。何でも,その老人がドリンク類のコーナーで冷蔵ケース棚に陳列されている缶ビールの1本をその場で飲みほしてしまい,そのあと何と空になった缶を再び棚にチョコンと戻しておいたということで,それを目撃した客がパート女性店員にその事実を告げ,パート店員はさらに別方に応援を求め,呼ばれて奥から駆けつけた男の店員がその場で客を詰問しはじめた,ということらしい。

 後で払うつもりだったんだよぅ。早く飲みたかったし,他に買い物もあるし... とか何とか,初老の男は抗弁している。実際,手には買い物かごをぶら下げているのだが,その中身はカラッポ,言い訳のし方も消え入りそうで,いかにも敗色濃厚である。

 店員の方は逆に自信に満ちたシッカリした物言いで,そんな馬鹿な話がありますか!レジを通して買った後で飲むのが常識ってものでしょう!そもそも,飲んでから元の棚に戻すなんて,一体何を考えてるの! と,まるで介護施設でジーサンの粗相を叱責する厳しい看護士のごとき,あるいは交差点で堂々と信号無視して横断歩道をノロノロ渡るジーサンを強い調子で注意するオイコラ警官のごとき態度である。挙げ句の果てに,いいから,とりあえずこっち来なさい!と,初老男の腕をつかむようにして強引に事務室の方へと連行して行ってしまった。後に残るは店内のオバサン客の眉をひそめたヒソヒソ,ペチャクチャ話ばかりなりけり。さて,以上の出来事をオバサンたちは家に戻ったあとで亭主や子供や姑やらに何と報告することだろうか。

 それにしても,ああ,なんだかイヤな場面に遭遇してしまった。そのうちきっと夢に出てくることだろう。クワバラクワバラ。

 ところで改めて考えてみるに,この老人は果たしてピュア(無垢)なのか,ボケ(恍惚)なのか,あるいはズル(確信犯)なのか,ヤケ(無鉄砲)なのか。私の見るところ,恐らく第1案ないし第2案だろうと思う(ピュア≒ボケという考えも十分に成り立つので)。しかし世間の多くは当然ながら第3案ないし第4案を支持するに違いない。悲しいかな,今はそういう形で「ツッコミ」を入れる時代なのである。

 ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassensの初期の有名な歌に《悪い噂 La maivaise reputation》というのがある。パコ・イバニェスは嘗てそれをスペイン語で《ラ・マラ・レプタシオン》と陽気に力強く歌っていた。その三番の歌詞に,農民に追いかけられているリンゴ泥棒を助けてやるくだりがある。


  百姓に追いかけられている
  ドジな泥棒に出会った
  俺がちょいと足を出したら 地面にひっくり返った
  いや 追っかけてる百姓の方がネ

  べつに俺は誰に迷惑かけてる訳じゃない
  リンゴ泥棒を一寸逃がしてやっただけのことさ
  
  けれど 世のまっとうな連中は
  そんな俺が許せないとみえる
  みんなが寄ってたかって俺を足蹴にする
  もち論 ビッコの奴は別だが



 今にして思えば,あのとき単なる傍観者に過ぎなかった自分がすこぶるモドカシイ。あの場面で私に出来ることは一体何だったのだろうか。まさかオイコラ店員に足払をかけることではなかっただろう。などと,いつだって船が出た後になって悔やんでしまうのだ。航海先に発たず。いくつになってもサルはサル。去る者は日々に鬱陶しい。 Aujourd'hui vieillard, demain toi! 今日のジーサンは,明日のオマエだ!

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