僕はこのブログを、弟子や読者に対する啓蒙や教育の目的でも書いていますが、基本的にはブランクを意図的に設けて書いています。ブランクとは、読者が補完することで文章が成立する、あるいはコメントで書いて欲しいことを空白のままにしておくという意味です。要するに、僕の文章は読者がブランクを補完する事を前提としているのです。
文章は人を表し、霊格から人格までを一瞬にさらけ出してしまいます。だからこそ、短い和歌に存在理由があるのであって、短いコメントでも僕には人格が分かるのです。僕は鏡であり、コメントを書いた人の霊格に合わせて、こちらの書き方を変えています。ですから、僕に罵倒された人は、短いコメントの中に罵倒されるだけの理由があったのです。たとえば、前々回のコメントの中に自民批判の書き込みがありました。
この読者は、数十年前の安保運動の最中、共産主義や社会主義との対立軸で自民党が揺れていたとき、アメリカの仲立で自民党と統一協会が手を組んだ昔から、現状認識という面で全く進歩していないのです。安倍元総理の祝電にしても、秘書の一人が形式的に送っただけです。今の統一協会は民主党と手を組む団体だということは、ここの読者なら常識です。
この読者はまず、ありもしない「日中友好ムード」という妄想で書き込んできました。コミック『動物のお医者さん』なら、「だから、最初からそんなものありましたか?」と突っ込まれケースです。掲示板なら「空気嫁」と罵倒されます。しかも、以前のエントリーは読んでいないし、自分に都合の良いトピックだけを切り取っている愚かな読者だと分かります。この時点で、掲示板なら二度目の罵倒が行われています。すなわち「レッテル貼り乙」。
民主党支持者の多くが、「ジミンガー」と叫ぶことで、民主党議員の多くが前自民党だったことに触れません。自民の過去の犯罪的な政治の大半は、現民主党の小沢や田中真紀子を始めとする経世会の負の遺産なのです。それを認めようともせず、自民党の内部変化も見ようとせず、数十年前のイメージだけで「ジミンガー」を繰り返す様は哀れでしかありません。人間はここまで落ちたくないものです。
レッテル貼りとは、朝鮮人工作員や朝日新聞の工作員などが連呼する「ネトウヨ」で分かるように、レッテルを貼ることで負のイメージを定着させようというプロパガンダ (propaganda)の一種です。グリコ森永事件や、雪印や不二家のような事件も、負のイメージを定着させるという意味では同じです。グリコ森永事件や雪印事件では、在日企業のロッテが漁夫の利を得ましたが、レッテル貼りは朝鮮人に多く見られる行為みたいですね。
ロッテを不買しても、グリコなどの製品にも朝鮮半島のメーカー品が混じっていたら、グリコだから安心とは行きません。あくまでも箱の中身が大事なのであって、自民党の中から売国勢力が追い出されているように、中身の確認は常に必要なのです。民主党とは、自民党から追い出された腐った自民の成れの果てに過ぎません。自民が腐っていた頃、社会党に金が流れていたのは常識です。だから今、旧社会党と腐った旧自民が、利害が一致するので民主党で同居できるのです。
それから、政治というのは「敵の敵は友」という力関係で成立するので、自民と公明党の関係のように、気に食わない連中とも手を組まなくてはならないことがあります。ベストがダメならベター、ベターがダメなら現状維持という、最低限マイナスにならないように選択するのが政治です。平沼新党のように、理念だけで動けないのは愚でしかありません。かえって保守の足を引っ張るだけです。
国と国との間に友好などはあり得ないし、そんな甘い考えがあれば侵略されて滅びてしまいます。友好は本質的に民間レベルで行うもので、どちらかの政権が変わるたびに、便利なカードとしての友好が用いられるだけなのです。仮に国と国との友好があったとしても、王家という絶対的切り札を滅ぼす中国はサークルから除外されるだけです。王家は国にして個であり、王家と王家の関わりは外交のすべての条件を満たすからです。
エフライム工房 平御幸
文章は人を表し、霊格から人格までを一瞬にさらけ出してしまいます。だからこそ、短い和歌に存在理由があるのであって、短いコメントでも僕には人格が分かるのです。僕は鏡であり、コメントを書いた人の霊格に合わせて、こちらの書き方を変えています。ですから、僕に罵倒された人は、短いコメントの中に罵倒されるだけの理由があったのです。たとえば、前々回のコメントの中に自民批判の書き込みがありました。
この読者は、数十年前の安保運動の最中、共産主義や社会主義との対立軸で自民党が揺れていたとき、アメリカの仲立で自民党と統一協会が手を組んだ昔から、現状認識という面で全く進歩していないのです。安倍元総理の祝電にしても、秘書の一人が形式的に送っただけです。今の統一協会は民主党と手を組む団体だということは、ここの読者なら常識です。
この読者はまず、ありもしない「日中友好ムード」という妄想で書き込んできました。コミック『動物のお医者さん』なら、「だから、最初からそんなものありましたか?」と突っ込まれケースです。掲示板なら「空気嫁」と罵倒されます。しかも、以前のエントリーは読んでいないし、自分に都合の良いトピックだけを切り取っている愚かな読者だと分かります。この時点で、掲示板なら二度目の罵倒が行われています。すなわち「レッテル貼り乙」。
民主党支持者の多くが、「ジミンガー」と叫ぶことで、民主党議員の多くが前自民党だったことに触れません。自民の過去の犯罪的な政治の大半は、現民主党の小沢や田中真紀子を始めとする経世会の負の遺産なのです。それを認めようともせず、自民党の内部変化も見ようとせず、数十年前のイメージだけで「ジミンガー」を繰り返す様は哀れでしかありません。人間はここまで落ちたくないものです。
レッテル貼りとは、朝鮮人工作員や朝日新聞の工作員などが連呼する「ネトウヨ」で分かるように、レッテルを貼ることで負のイメージを定着させようというプロパガンダ (propaganda)の一種です。グリコ森永事件や、雪印や不二家のような事件も、負のイメージを定着させるという意味では同じです。グリコ森永事件や雪印事件では、在日企業のロッテが漁夫の利を得ましたが、レッテル貼りは朝鮮人に多く見られる行為みたいですね。
ロッテを不買しても、グリコなどの製品にも朝鮮半島のメーカー品が混じっていたら、グリコだから安心とは行きません。あくまでも箱の中身が大事なのであって、自民党の中から売国勢力が追い出されているように、中身の確認は常に必要なのです。民主党とは、自民党から追い出された腐った自民の成れの果てに過ぎません。自民が腐っていた頃、社会党に金が流れていたのは常識です。だから今、旧社会党と腐った旧自民が、利害が一致するので民主党で同居できるのです。
それから、政治というのは「敵の敵は友」という力関係で成立するので、自民と公明党の関係のように、気に食わない連中とも手を組まなくてはならないことがあります。ベストがダメならベター、ベターがダメなら現状維持という、最低限マイナスにならないように選択するのが政治です。平沼新党のように、理念だけで動けないのは愚でしかありません。かえって保守の足を引っ張るだけです。
国と国との間に友好などはあり得ないし、そんな甘い考えがあれば侵略されて滅びてしまいます。友好は本質的に民間レベルで行うもので、どちらかの政権が変わるたびに、便利なカードとしての友好が用いられるだけなのです。仮に国と国との友好があったとしても、王家という絶対的切り札を滅ぼす中国はサークルから除外されるだけです。王家は国にして個であり、王家と王家の関わりは外交のすべての条件を満たすからです。
エフライム工房 平御幸