松山櫨(はぜ)復活奮闘日記

失われてしまった松山櫨の景観を復活させようと奮闘していく日々の記録。

和ろうそくを灯す時 その1

2009-05-14 23:39:44 | 和ろうそくを灯す時
人間は合理的に生きようとするが、決して合理的には生きられない。

これは現在、私が思っていることです。

人間は合理的に黒と白の二者択一で人生を生きていくことはできません。目の前に厳然とした事実が横たわっているのに、どうしても認めたくない時があります。

その最たるものが「死」です。自分の死じゃなくて、身近な愛するものの死。

人との永遠の別れをスムーズに納得して前に進める人っているんでしょうか。もちろん、納得するしないにせよ、この世に残された人は、愛する者の死を、なんとか無理矢理自分をなだめて納得させ、思い込ませて、結局は前に進んでいくしかありません。

昔から、人間は身近な者の死に直面した時、どうやって自分をなだめてきたんでしょうか?どうやって死を受け入れてきたのでしょう?

イラク北部にあるシャニダール洞窟の中に、約6万年前と推定されているネアンデルタール人の骨が発見された時、その周辺には洞窟には見つかるはずのない花粉がありました。それは死者を弔うために花を死体の周りに添えたと解釈され、発見されている歴史上初めての葬儀跡だと言われています。

花を供える。香を焚く。お経を唱える。そして明かりを灯す。こうした行為は故人のためだけではなく、残された者が人の死をいかに心の中で受け止めて自分を納得させるか、それを助けてくれる儀式でもあります。昔から、人々はこうした儀式を行いながら死を受け入れてきました。

その儀式の一部である櫨蝋の手がけ和ろうそくは、蝋だれすることもなく美しく揺らめきながら燃えていきます。力強い炎は、まるでこの世とあの世をつなぐ明かりのようです。

身近な人が亡くなった時は、故人のために、そして残された者のために、ぜひ和ろうそくを灯してほしい。

和ろうそくのことを知ってから、私はそう強く思うようになりました。

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フローティング櫨キャンドル手作り体験

2009-05-14 01:07:27 | 櫨蝋でキャンドル
サロン・ド・井筒屋U店ではただいま「ひだまりCHIGGO 筑後展」を開催しています。今回、私はガラスの器で水に浮かべるフローティング櫨キャンドルの手作り体験を行っています。

ポスターはこれ。


ガラスの器は朝倉市秋月の太田潤手吹きガラス工房によるもの。こちらのガラスは廃瓶を使用されており、手作り独特の温かみがあります。

この器に水を張ってプカプカと櫨キャンドルが揺れると、明かりがガラスにキラキラと反射していきます。

福岡市での最後の井筒屋さんのイベントですので、どうぞいらしてくださいね!

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