エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

日本のワット・マハータート・・・川口市の興禅院

2011年05月10日 | 遺跡
タイ王国の地方都市「アユタヤ」といえば、山田長政の物語が思い起こされるけれど、木で抱えられた仏頭がすぐ浮かんでくる。
アユタヤ王朝のかつての首都であって、今なお敬虔な仏教の都でもある。



遺跡は、チャオプラヤー川とその支流であるパーサック川、ロップリー川に囲まれた中州に集中しているのである。
さて、ワット・マハータートにある仏頭である。



長い時間と敬虔な人々の祈りが育んだ仏教遺跡である。



数百年の思索の時を過ごしている。
静謐な時間を送っているのだ。

哲学的思惟に満ちた、穏やかなお顔である。

ワット・マハータートとはタイ語の単語で、仏塔のある仏教寺院のうち、マハータート(大いなる物質、つまり仏舎利ないし貴人の遺骨)のある物を言い、タイ全土各地にあるのだ。

今、語っているのはアユタヤのワット・マハータートである。
ワットとは寺院である。



ここが、興禅院であり、曹洞宗の寺院で瑞龍山観音寺興禅院と号し、鳩ヶ谷市大字里の法性寺の末寺である。
室町時代の天文15年(1546)の開創である。

川口市の名刹である。



時間が流れている。
無縁仏となった石塔の山である。



ぼくが勝手に「日本のワット・マハータート」と言っているのであるけれど・・・。

「抱き地蔵様」である。
この地蔵様は、文化が爛熟した元禄時代の地蔵であると言う。

地蔵様を抱きかかえているのは椎の巨木である。



時代の風雨が地蔵様のお顔を澄んだものにしている。



この寺院は、楓が多く植栽されている。
空を見上げるときの気分は格別である。



一画にシャガーの花が満開で咲き乱れていた。
日本のワット・マハータートは埼玉県川口市安行にある「興禅院」である・・・。

いかがであろうか・・・?




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