エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

死を選択した老夫婦へ

2011年06月18日 | ポエム
ぼくは今、老夫婦の無理心中という深く暗い悲しみに沈潜している。
今日のニュースの最大の悲しみは、80代老夫婦の避難先での無理心中である。



気仙沼市の避難先は、親せき宅であった。
遺書も置かれ、親戚への感謝の言葉が書かれてあったとのことである。

遺書を認(したた)める気持ちは、辛い。



その報道に触れたとき、ぼくは胸が潰されるような痛みを感じた。
その痛みは、滂沱として涙を溢れさせた。

政府が無為無策だったとは言わない。
既に、発災から3ヶ月が過ぎ去ったからである。



被災者の心の痛みにどう向き合ったら良いのか。
どう寄り添ったら良いのか。

誰かを批判するのでは無く、ぼくの心が問われ始めている。
そう、もっと自分の問題として捉えることが今のテーゼであるのだ。

妻の首を括って息を止め、自らは自殺した。
その年老いた夫の怒りが、ぼくの胸を潰すのだ。



悲しみは怒りに容易に転化する。
怒りは絶望に容易に転化する。
絶望は死に容易に転化する。

死ぬることが安易に選択できてしまう。
それは辛く痛いのである。

この老夫婦は痛哭しただろうか?
いや、それを超える凄まじい疾風怒涛の中であったのだと思う。






        死ぬるべし


      絶望の淵は深かったのだ
      寄する波の底が
      海溝であればあるほど
      波は
      ゆったりと寄せてくる
      齢を重ねた人生に
      終止符を打つのも
      同様だ
      メトロノームが確実にリズムを刻むように
      二人の合意は穏やかで
      確実だったはずだ

      死ぬるべし

      合意の後も
      メトロノームは
      リズムを刻んでいたのだろうか
      刻んでいたとしたら
      それは
      実行を迫るリズムではなく
      豊かな人生の追憶を
      ゆったりと
      穏やかに
      確実に
      走馬燈を回すリズムであったに違いない

      死ぬるべし
      深い絶望が
      ゆったりと老夫婦を抱きすくめたのだろうか

      死ぬるべし
      二人は微笑んでいったと
      信じたい

      誰かを批判したり
      誰かを恨んだり
      誰かを揶揄するために
      二人は死を選択したのだと

      だから
      この出来事は
      あまりにも
      重い
      重すぎる

      老夫婦の選択が
      老夫婦の重く暗い選択が
      ぼくを苛む

      死ぬるべし
      しかして
      悠久の未来に生きるべし

      と・・・






ぼくは、嗚咽を重ねた。
胸が潰れ、声を押し殺した。



再び、この悲劇を繰り返してはならない。
管さんの居直りはこの悲劇の温床である、と言わざるをえない。
市民運動とはなんと身勝手なものなのだろうか、と戦慄するのである。
管さんの原点は、市民運動であった。

実は、ぼくも市民運動に共感した世代であるだけに、恐ろしい。
ナチズムが市民運動であったように・・・。



とまれ、老夫婦の安らかな眠りを祈念する。
来世での転生をも合わせ祈るのである。



ささやかな野辺の送りをしようと思う。



黙祷を捧げ、哀悼の誠を捧げる。

写真はお二人を追悼するために雨の中で探し歩いた。
悼む気持ちを表現出来ると良いと思う。


合 掌





にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へにほんブログ村
 荒野人