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相棒CBR1000RR (SC59)でのツーリングや色々
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1社目の繊維製品メーカーを思い出してみた。

2018年10月07日 | 繊維業界の転職
今回も僕が過去にいた繊維製品メーカーのことを書いてみようと思う。
もうかれこれ13年前になるだろうか、社会人になって1社目の会社である。
どんな会社かというと、ペット用品のメーカーである。特に犬用の洋服を先駆けて開発、販売して財を成した会社である。
犬の服を中心に、リード、首輪、介護用品、ベッド、おもちゃなどを製作していた。買い付けでフード類も扱っており、サロンやホテルも運営する総合メーカーである。
僕はパタンナーで洋服の型紙を作る仕事。

ファッションアパレルと同じく、女性が多い会社だった。全体で40人くらいだけど、本社には社長含め5人しかいない。企画には僕含め2人だけ。
企画部は微妙に仲が悪く、時折その場にいない人間の陰口が聞かれた。2人のお局により2つの派閥で別れていたのである。
Aは会社創業からアパレルのプロとして社長を支えた元カノ、、50代洋服デザイナー。
Bは何年か前に中途入社した30代の雑貨デザイナー。元大手出版社の出身。

パタンナーはAに、デザイナーはBに付いてるような派閥構成。しかし会社的にはBがチーフデザイナーなので、立場が上という。
表面上は、BがAを尊重するような態度なので、何とかうまく回っている状況。

とある休憩時間に、チーフパタンナーから、Bに嫌われると社長にチクられてクビになるよと言われた。、、まさかと思っていたけど、僕がいたわずか2年に中途デザイナーが2人辞めている。

1人は中途入社で入った元テキスタイルデザイナー。主要商品のレインコートの新柄や、社長発信のセレブ向けブランドを担当していた。
macはコア2duoの初代?imacが最新の時代である。イラレは11だっただろうか。デザイナー皆imacの中、12インチくらいのg4マックブックをあてがわれる。初日に、あの他のmac無いんですか?と周りに質問していた。それを聞いたAが、帰りに小言。新入社員なのに何を言って〜、、、。
今考えると、12インチの画面でバーバリーチェックを作ったり、マップや絵型を描いていたのは凄いと感じる。
内容は分からないが、イラレについてBの部下的な雑貨デザイナーによく質問していた。席が近かったからだと思う?
ある時、スタスタとBがやってきた。
〇〇さんは社長の仕事とかやっていて忙しいので、質問やめてもらえますか。知りたいことあるなら本読んで下さい!
、、、シーンとなる企画室。
遠くで社長の犬がぷりぷり〜う〇こしてる。。
席が目の前の僕はいたたまれないので、トイレ掃除へ。
しゅん、、となっているデザイナー。
社歴の長い服のメインデザイナーがその後の相談に乗り、とりあえずは回避。
パタンナーから見たら服のデザインは問題無かった。期待通りの仕事をしたのではないだろうか。しかし、社長の期待をよそにあまり売れなかった。半年いなかったと思う。突然辞めていった。

もう1人も服のデザイナーとして中途で入ってきた。その人は何故か仕入先を持ち込んできた。
小さなOEMメーカーである。
Bがどうこうの前に、それが良くなかった。
パタンナーに仕様書の質問電話、この〇〇って英語にすると、なんて書いたらいいですかね?みたいな内容である。60代に近いおじさんだった。
ちなみにそんな質問されたのは、キャリアの中でその1回だけである。
案の定、サンプルが上手く上がらない。サイズがめちゃくちゃだし、仕様もおかしい。
何度もサンプルを作り直す。
会社は通常メーカーとやり取りする生産管理がおらず、デザイナーが兼任。メーカーへの指示を理解させるのはデザイナーの仕事だった。

デザイナーが書いた書類を見せてもらうと、B4用紙にびっしりと手書き文字が並ぶ。何度言っても直らない原因はこれかと思った。
〇〇は、〜なのでいいと思いますが、出来るだけ〜で、、、お願いします。みたいな、お手紙文章である。
絵型に矢印引っ張って、〇〇→NG、〜以上は納品不可。
こんな単純な文にしないと、伝わらない。日本人にも、海外にも。なにせ、出来ないメーカーである。多分全て書いてある通り、片言の英文に訳していたのではないかと思われる。
それをBからも、他のデザイナーからも突っ込まれていた。
僕はチーフパタンナーから、以前指導されたいた内容だった。最初なんて仕様書が付箋で埋まっており、全部書き直しだった。

しばらくして、量産へ。パタンナーとしては出来る限りのサポートをしたが、完全なサンプルが上がらないまま進行。
生産が上がり、納品前サンプルが届くと、ほぼ全滅。サイズがおかしい。一部は全キャンセル返品。一部はデザイナーとパタンナーが物流倉庫で検品。
犬の服とはいえ、サイズには厳しい。
人間も同じだけど、まず頭が入らないと完全に不良である。チワワやトイプードルサイズは、特に人気な為、数が多い。小さく上がるのは問題である。そして社長曰く、人間の1mmが犬の1cmだと。この言葉の元に、仮に1cm近い誤差が出ると社長ジャッジが必要になる。
今考えると裁断の時点で確実に0.5cmは差が出る。主要メーカーはそれ以内で抑える、実に優秀な工場だった。多分、全量検品を徹底していたのである。
新規のメーカーはそれが出来ていなかった。
人間の洋服なら、メーカーにより素材により違うけど、大体許容は2cm以内である。場所により1cm以内。 犬服には大き過ぎる基準だ。
これはデザイナーが、というより、生産管理がいないことが問題とも言える。メーカーに自社の縫製基準が伝わっていないのだから。
とはいえ、パタンナーからは口うるさく〜以内じゃないとNGとコメントはしたが。

その後、Bが社長と2人で何か話していた。そして社長に呼び出されるデザイナー。
辞めます〜とパタンナー室に挨拶に来た。
おそらく、解雇か退職勧奨だったと思われる。

そんな厳しいBだけども、実は僕はとくに何かされたなんてことはない。
どちらかと言えば、macとイラレを使えるようになったのはBのおかげである。
僕はパソコンが好きだと言ってたので、展示会の時にBに呼ばれてPOPを作ったりしていた。
最初は、あの忌まわしきg4マックブックである。使ってみて分かったのだけど、当時印刷業界基準だったosx 9が入っていた。先のデザイナーが他のmacを求めるのは当たり前である。タイガー以降のユーザーフレンドリーなインターフェイスは無く、使い辛い。僕はそもそもmacをちゃんと使うのは初めて。電源の切り方が分からない、Bに教えてもらった。
その時のやり取りがきっかけで、i book g4を自腹で買った。
それからi bookを持ち込んでデザイナーのPOP作成や高齢デザイナーのプリント図案、仕様書のフォーマットや検品書類なんかを作るようになった。

会社は僕が辞める前にかなり業績が悪化していたと思われる。一棟借りしていたビルは、買取で10億だったが、買えなかった。家賃を惜しみ、埼玉の物流倉庫が本社になった。これは退職後に製品のタグを見て知った。当時、倉庫に移るなら辞めるという人間が多数だった。目黒から埼玉である。考えてみたらかなり横暴な勤務地変更だ。おそらくかなりの人員が去ったと思われる。Bもすぐ辞めたと思う。
僕はと言うと、パタンナー全員で辞めようというチーフの案に乗った。業績も悪いし、人間の服をやりたかった。僕の順番はたしか3人目だった。
辞める前に総務部長と面談をしたところ、やはり連帯退職?を突っ込まれる。かなりもめた。
退職日、持ち帰る為に自分のノートとか製図道具とかをダンボールに入れる。会社を出る瞬間に社長に呼び止められる。指示を受けた部長が荷物チェック。社長は誰も信用しない人間だった。パタンナーが型紙を持ち出すことを恐れていたのだ。箱には何も無いけど頭に入ってますが、、とは言わなかった。

今考えると、勤務地変更するまで在籍して、会社都合退職を勝ち取るべきだったと感じる。
自己都合退職したその後の転職が一番大変だった。