自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆トクソウの落とし穴

2012年03月30日 | ⇒トピック往来

 大阪地検特捜部のフロッピーディスク(FD)改ざん事件を隠したとして、犯人隠避罪に問われた元特捜部長と元副部長の判決が30日午後、大阪地裁であった。裁判長は2人に懲役1年6ヵ月、執行猶予3年を言い渡した。2人は即日控訴した。

 政治家汚職、大型脱税、経済事件を独自に捜査するのが地検特捜部だ。東京地検特捜部が発足したのが1947年。10年後の1957年に大阪地検特捜部ができた。さらに39年後の1996年に名古屋地検にも特捜部が置かれ、「3特捜」の態勢となった。

 名古屋地検特捜部が発足した翌年、さっそく「手柄」を立てた。1997年10月、当時北國銀行(金沢市)の現役の頭取であった本陣靖司氏(2005年11月無罪確定)と石川県信用保証協会役員3人を背任行為で逮捕したのだった。容疑はこうだった。1993年、北國銀行が同県の機械メーカーに8000万円の融資をしていたが、このメーカーが倒産。信用保証協会は、担保不足などを理由に代位弁済(負債の肩代わり)をいったん拒否したが、後になって応じた。この背景には、頭取が協会に対し、「(信用保証協会への)拠出金の負担に応じない」などと圧力をかけた上で代位弁済をさせ、損害を与えたと特捜部は判断。信用保証協会に対する背任の共同正犯としたのだった。

 一審(金沢地裁)では、本陣氏と協会役員らに執行猶予付きの有罪判決。「役員と頭取が共犯関係になって信用保証協会に圧力をかけて不正に肩代わりさせ、8000万円もの損害を出した」と認定した。この判決に対して協会役員3人は有罪判決を受け入れたが、本陣氏のみが控訴した。二審(名古屋高裁)では、協会役員でなく、代位弁済にかかわれる存在でもなかった本陣氏が役員らと共謀する「身分なき共犯」が成り立つかどうかが争われた。判決は一審判決を支持して懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の有罪判決。本陣氏側はこの判決を不服として上告した。

 裁判の流れは最高裁で逆転する。2004年9月10日、最高裁第二小法廷は、事実誤認があるとして二審への差し戻した。当時の新聞報道によると、(1)石川県内の自治体や金融機関が応分の負担をするなかで、北国銀行だけが拠出金を出さないという態度を実際に取り得たのかどうか疑問がある、(2)協会役員は利害得失を総合的に判断して態度を決定する立場にあり、代位弁済が背任行為だったとは速断できない、(3)代位弁済を拒否するという事務担当者間の決定を役員交渉で覆したことを不当とはいえない―などと指摘。有罪とした二審判決について「事実を誤認し、法律の解釈適用を誤った疑いがある」と検察側が主張する事件の構図そのものに疑問を投げかけたのだった。

 2005年10月、差し戻し控訴審となる二審(名古屋高裁)では、「当時頭取が協会役員と背任の共謀を遂げたと認定するには合理的な疑いが残る」と判断して無罪判決を下した。一方、既に有罪判決が確定していた協会役員に対しては、背任罪が成り立つとした。同年11月、名古屋高検は「適法な上告理由を見出せなかった」として上告を断念、本陣氏の無罪が確定した。

 逮捕当時、メディアの論調はどうだったのか。「銀行の現職頭取が逮捕されるのは極めて異例のことで、大きな注目を集めたが、この事件は単なる銀行トップの不祥事にとどまらない。事件の背景には、地銀と信用保証協会の間の密接な関係がある…」などと最初から「地域の癒着」を匂わせる論調もあった。ただ、頭取の逮捕直後、名古屋の地検回りの知り合いの記者から「トクソウでは『ちょっと無理があったかも知れない』とささやかれている」との話を聞いた。さらに記者に尋ねると、当時は名古屋地検に特捜部が発足したばかりで、「東証一部の上場企業で、しかも現役の頭取なら大きな手柄になるので、功をあせったのではないか」との解説してくれた。

 単純な話だ。特捜部というセクションがあるから、配属された検事は手柄を挙げたいと職業意識をかきたてる。政治家汚職、高級官僚が介在する事件、大型脱税、経済事件…。メディアもこぞって注目する。そこで、特捜は分かりやすく、きれいな事件のストーリーや構図を描こうとする。ただ、現実をすべてストーリーや構図にあてはめようとすれば必ず無理が生じる。しかし、もう後戻りができない。そこで、そのギャップを埋めようと必死になり、大阪のようなFD改ざんや、名古屋のような「身分なき共犯」のこじつけ、となる。人間くさい話だが、構造的な落とし穴かもしれない。もちろん、この落とし穴は「特捜部廃止」で問題の解決などと言っているのではなく、取り調べの可視化(録画・録音)など多様な視点と改革を経なければ改善できないことは言うまでもない。

⇒30日(金)夜・金沢の天気  あめ

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