自在コラム

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★岩城宏之と松井秀喜

2006年11月24日 | ⇒トピック往来

 先日このブログで、指揮者の故・岩城宏之さんのことを書いた。その続きである。

  東京生まれの岩城さんは読売ジャイアンツのファンだった。親友だった故・武満徹さんが阪神ファンで、岩城さんがある新聞のコラムで「テレビの画面と一緒に六甲おろしを大声で歌っていた」「あのくだらない応援歌を」と懐かしみを込めて書いていた。また、岩城さんはクラシックを野球でたとえ、04年と05年の大晦日、ベートーベンの1番から9番の交響曲を一人で指揮したときも、作曲家の三枝成彰さんとのステージトークで「ベートーベンのシンフォニーは9打数9安打、うち5番、7番、9番は場外ホームランだね」と述べていた。面白いたとえである。

  その岩城さんがことし6月13日に亡くなる前、ある野球プレイヤーに人生のエールを手紙にしたため送っていた。あて先はニューヨークヤンキースの松井秀喜選手である。松井選手はその時、故障で休場を余儀なくされた。

  「今回あなたの闘志あふれる守備のため、負傷したことは、誠に残念です。しかしながら、これからの活躍のための一時の休養であると考えていただき、(中略)一番都合の良い夢を見てすごしてください。(中略)私も30回に及ぶ手術を受けましたが、次のコンサートのポスターをはって、あのステージにたつんだと、気持ちを奮い立たせました。(中略)お互い、仕事の世界は違いますが、世界を相手に、そして観客の前でプレーすることには変わりはありません。私も頑張ってステージに戻ります。」(06年6月1日の岩城宏之さんの手紙から)

  岩城さんと松井選手の直接の接点はない。ただ、岩城さんは松井選手の故郷である石川県に拠点を置くオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督をしていた。そして常々、「このオーケストラを世界のプレイヤーにしたい」と語っていた。岩城さん自らも、20代後半にクラシックの本場ヨーロッパに渡り、武者修行をした経験がある。その後、NHK交響楽団(N響)などを率いてヨーロッパを回り、武満作品を精力的に演奏し、日本の現代曲がヨーロッパで評価される素地をつくった。

  岩城さんは挑戦者の気概を忘れなかった。2004年春、自らが指揮するOEKがベルリンやウイーンといった総本山のステージを飾ったときの気持ちを、「松井選手が初めてヤンキー・スタジアムにたったときのような喜び」とインタビューに答えた。クラシックのマエストロが、当時華々しくメジャーデビューを飾った松井選手の心境になぞらえたのである。

  これは後日談になるが、73歳のマエストロはメジャーの並みいるピッチャーを睨みつけ撃ち続ける松井選手の姿にほれこんだのだろう。今年に入ってからは、松井選手のために応援歌をつくろうと、自ら歌詞の公募や作曲家の人選などの準備を進めていたのである。その矢先の「松井故障」の報だった。くだんの手紙はそのような背景があってしたためられた。

  岩城さん自身、「私の元気のもとは手術」と言うくらい、後縦靭帯骨化症という職業病でもある難病を患い、その後も胃がんや咽頭がん、肺がんと数々の病と闘いながらも復帰を果たし、ステージに立った。手紙にある「これからの活躍のための一時の休養であると考えていただき、(中略)一番都合の良い夢を見てすごしてください。」とは、術後の養生の極意なのだろう。決して焦るな、と諭しているようにも解釈できる。

  おそらく直接話したこともない2人の心のやりとりを手紙という1点で結んで地元テレビ局のHAB北陸朝日放送がドキュメンタリー番組にして放送する。HABは、高校野球の取材を通じて松井選手をプロデビュー以前から知り尽くしている。そして、7年に及ぶOEKのモーツアルト全集(95年-01年、東京・朝日新聞浜離宮ホール)の放送や、04年と05年の大晦日のべートーベンチクルス(連続演奏)の収録を通じ岩城さんの傍でその人となりを見てきた。2人を知るテレビ局をだからこそ制作できたドキュメンタリー番組だ。

  それにしても、岩城さんが松井選手に手紙を送って、その2週間後に亡くなるとは・・・。死してなおエピソードを残した偉人だった。(写真は、06年1月1日、ベートーベン連続演奏を終えて乾杯する岩城さん=東京芸術劇場で)

 ※石川エリアでの放送日程  全国での放送日程

⇒24日(金)朝・金沢の天気  はれ


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