奈良旅行中は、毎日奈良町 (ならまち) を歩き回っていました。歩いているうちに割と土地勘もつかめてきて、行きたい場所まで地図を見ずに歩けるようになりました。次に奈良を訪れるまでに忘れないようにしないと。
歩いていて まず気づいたのは、道が細いこと。昔の細い道が、区画整理を経ずにそのまま使われているのでしょう。戦争で焼け野原になることもなく、近代的な区画整理で大改造されてもいない町には、昔からの面影が漂います。
そんな細い奈良の道も、車社会の波に見事に飲み込まれていました。
高畑 (たかばたけ) から奈良町に向かう途中の交差点では、交差点の入り口で乗用車がすれ違い待ちをしていました。この交差点には大型車進入禁止の標識が出ていますが、普通車は一方通行にはなっていないようです。対向車が交差点まで出ないと進入できないほど道が細いのに対面通行とは、信じられません。他の都市なら一方通行になってもおかしくありません。
こんなに狭い道でも車で入りたがる日本人。車に依存しすぎです。
車幅ギリギリの道も多いです。そんな道に車が入ってくると、歩行者は道の端に縮こまって車の通過を待たなければなりません。
そこまでして車で走らなければならない理由は何でしょうか。街区の外に駐車場を設けて、街区内への車の乗り入れを規制すべきです。
話は車に限りません。近代文明によって生活は便利になりました。しかし、人間としての基本を忘れてはいないでしょうか。
奈良の町を歩いていて もうひとつ気づいたのは、土地が細長いこと。昔は家の間口に対して税金がかかったので、間口を狭くして奥行きを長くする、いわゆるうなぎの寝床が発達したそうです。その名残で、土地が細いのなんの。
土地の形がよく分かるのが空き地です。町なかにぽっかりと空いている土地はとにかく細く、奥に向かって長く長く延びています。
人それぞれに個性があるように、土地にも個性があるようです。
これだけ細長い土地は、現代の土地利用の考え方からすると かなり不利ですが、これも奈良町の個性。土地の個性を生かせたら素敵です。
奈良町歩きの目次は → こちら
「奈良のお土産」 ← 奈良町歩きの前の記事 (旅程順) はこちら。
歩いていて まず気づいたのは、道が細いこと。昔の細い道が、区画整理を経ずにそのまま使われているのでしょう。戦争で焼け野原になることもなく、近代的な区画整理で大改造されてもいない町には、昔からの面影が漂います。
そんな細い奈良の道も、車社会の波に見事に飲み込まれていました。
高畑 (たかばたけ) から奈良町に向かう途中の交差点では、交差点の入り口で乗用車がすれ違い待ちをしていました。この交差点には大型車進入禁止の標識が出ていますが、普通車は一方通行にはなっていないようです。対向車が交差点まで出ないと進入できないほど道が細いのに対面通行とは、信じられません。他の都市なら一方通行になってもおかしくありません。
こんなに狭い道でも車で入りたがる日本人。車に依存しすぎです。
車幅ギリギリの道も多いです。そんな道に車が入ってくると、歩行者は道の端に縮こまって車の通過を待たなければなりません。
そこまでして車で走らなければならない理由は何でしょうか。街区の外に駐車場を設けて、街区内への車の乗り入れを規制すべきです。
話は車に限りません。近代文明によって生活は便利になりました。しかし、人間としての基本を忘れてはいないでしょうか。
奈良の町を歩いていて もうひとつ気づいたのは、土地が細長いこと。昔は家の間口に対して税金がかかったので、間口を狭くして奥行きを長くする、いわゆるうなぎの寝床が発達したそうです。その名残で、土地が細いのなんの。
土地の形がよく分かるのが空き地です。町なかにぽっかりと空いている土地はとにかく細く、奥に向かって長く長く延びています。
人それぞれに個性があるように、土地にも個性があるようです。
これだけ細長い土地は、現代の土地利用の考え方からすると かなり不利ですが、これも奈良町の個性。土地の個性を生かせたら素敵です。
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